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Eテレで「性教育」を伝えるアニメ『アイラブみー』からのメッセージ

「自分を大切にする」って、一体どういうこと?
どうすれば自分を大切にしていることになるんだろう?

NHK・Eテレで2022年から放送されている『アイラブみー』は、制作陣のそんな疑問からスタートした子ども向けアニメーション番組です。

主人公は5歳の「みー」。
「なんでパンツをはくの?」「おじさんがピンクって変じゃない?」など、みーが日常で抱くさまざまな疑問が描かれるストーリーは、みーと同じ年頃の子どもはもちろん、大人が観てもたくさんの発見に出合えます。

番組プロデューサーを務めるNHKエデュケーショナルの藤江千紘さんに、「自分を大切にする」という、包括的性教育のエッセンスを軸に据えた番組を制作する意図についてお聞きしました。

藤江 千紘さん

NHKエデュケーショナル チーフ・プロデューサー/NHK入局後、ディレクターとして『トップランナー』『プロフェッショナル 仕事の流儀』などのドキュメンタリーを制作。その後、『天才てれびくん』など子ども番組の制作を経て、『ねほりんぱほりん』の企画・演出などの番組開発を担当。現在は、NHKエデュケーショナルにて『アイラブみー』など番組事業のプロデュースを行う。

子どもも大人も自分を大切にしていけたら

―『アイラブみー』は包括的性教育を核にしたEテレ初の子ども向けアニメーション番組です。どのような経緯で制作されたのでしょうか。

藤江さん

企画の始まりは2020年です。当時は私も含めて未就学児の子育て中だったスタッフが多かったため、「子ども向けの性教育番組をつくれないか」と考えたんですね。
 
「どうして人はパンツをはく必要があるのか」
「人前でおちんちんを触るのがあまりよくないのはなぜか」
など、そんな性にまつわることを子どもたち、それから一緒に観るであろう子育て中の大人たちにも伝える番組をイメージして動き始めたのですが、よく考えたら私たち親世代だって十分な性教育を受けてきてはいませんよね。
 
ですので、まずは専門家に取材をすることにしました。性教育、教育学、発達心理学など、さまざまな分野の先生方のお話をうかがっていくなかで、「性のことって、性器や生殖だけの話じゃないんだ」と気づかされたんです。自分の心と体をよく知って、自分を大切にする。自分にそうするように、他者のことも大切にしていく。これは包括的性教育のコアでもあるのですが、こうしたことは子どもも大人もみんなが知っておくべきことだなと思えたので、この切り口でアニメ化していこうと考えました。

―主人公の「みー」を5歳に設定した意図は?

藤江さん

コロナ禍の前に、20歳前後の若者を取材する番組を担当していたのですが、自分に自信が持てない人、自己評価が低い人がとても多い印象を受けました。
 
SNSが普及したことで、自分と同世代の「すごい人」がたくさん可視化されるいまの時代は、自己肯定感が持ちづらいのかもしれません。日本人の自殺率の高さも、そういったことと無関係ではないといわれています。
 
そのあたりも取材で専門家の先生にお聞きしたところ、自己認識のあり方や、他者とのコミュニケーションを通じた関係構築の感覚のベースは、幼児期につくられるそうなんですね。それがその人の一生に大きな影響を与える。それならば未就学児に観てもらえるよう、ちょうど年長さんくらい5歳を主人公にして、エンタメとして親子で楽しんでもらえる番組にしよう、と番組の方向性が決まりました。

『アイラブみー』は「アニメーションで描く、こどものための、じぶん探求ファンタジー番組」

―「みー」の性別は女の子と男の子、どちらか明示されていませんね。みー、パパ、ママ、友達など、すべての声を俳優の満島ひかりさんが担当されているのも驚きです。

藤江さん

はい。あえてどちらにも見えるようなキャラクターにしています。企画当初は性教育であるならば男の子バージョンと女の子バージョンの両方が必要で、それぞれの性に即して伝えていくことが大事なのではと思い込んでいました。ですので、男の子の役と女の子の役、どちらも声で演じ分けることができるだろうと満島ひかりさんにお願いしました。でも、包括的性教育について学んでいくうちに「性別でエピソードを切り分けたり、演じ分けることで、どうしてもバイアスがかかり、観た人にむしろ先入観を与えてしまうのでは」と考えるようになりました。
 
成長過程で体の性別とは違う性別を自認することもあるし、性のあり方はグラデーションでもある。それならば、いろんな子たちが「これは自分のことだ」と受け入れられるようなキャラクター設定を心がけようと、世界観を徐々に広げていきました。

タブー視していたのは大人のほうだった

―アイラブみー=I love meは文法的には正しくないそうですが、あえてこのタイトルにした狙いは?

藤江さん

I love meはもともと2019年に別企画で挙がったタイトル案でした。でも当時は「I love meなんて、ちょっと口に出すのが恥ずかしいよね」「自分で自分のことをloveだなんて浮いちゃうよね」といった意見が出て、採用しないことになったんです。

藤江さん

そこから、3年ほど経って、今回の番組のタイトルに構成作家の竹村武司さんが「I love me」というタイトルがいいんじゃないか」と言ってくれたとき、私は一瞬「やっぱり恥ずかしいのでは…?」と戸惑いがあったのですが、私以外のスタッフたちが「そのタイトルいいよ」とすごく賛成してくれたんです。
 
そこからコロナ禍が到来して、これまでとは違うストレスにさらされて、行動変容を余儀なくされる期間を経て、社会全体の空気が少し変わったこともあるかもしれません。スタッフ間で話し合っていくうちに「今なら大丈夫なのかも?」と思えるようになったんです。
 
主人公のみーのことを好き。そして、自分(=me)を大切にしていこう。そうしたダブルミーニングを込めて、『アイラブみー』のタイトルにしました。

―「なんでパンツをはいているんだろう?」「みーのめはなんでちいさいんだろう?」「ふつうのパパってどんなパパ?」など、毎回さまざまなテーマが描かれますが、藤江さんが印象に残っている回は?

藤江さん

「なんでおねしょしちゃうんだろう?」の回です。子育て中のスタッフとの「うちの子、最近こんなことがあって」といった雑談からテーマが生まれることが多いのですが、ちょうど私の息子が4歳でおねしょに悩んでいた時期だったので、とりわけ印象に残っています。

おねしょをしてしまったみーとパパ

藤江さん

4歳ともなると、おねしょをしちゃう自分を「恥ずかしい」と感じる子もいますよね。子どもは自尊心が傷つくこともあるし、親も焦る。でも、体の成長のスピードは人それぞれに違います。すぐにはどうしようもできないこともあるけれど、いまの自分ができることひとつひとつ、これまでできたことひとつひとつに目を向けていこう。そんなメッセージを番組に込めつつ、制作を通じて親としての自分も救われていく。そうした経験がとてもたくさんありました。

―では視聴者からの反響が大きかった回は?

藤江さん

初回の「なんでパンツをはいているんだろう?」です。パンツについて描くとなると、パンツのなかにある性器についても避けては通れませんよね。女の人と男の人では性器が違っていて、女の人にはうんちの穴、おしっこの穴、それから赤ちゃんが出てくる穴がある。デリケートなテーマです。

3つの穴を説明するシーン

藤江さん

「赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくるんだよ」と教えている家庭やそのあたりは曖昧にしておきたい家庭にとっては、「幼児に余計なことを教えないでください」と当然なりますよね。テレビは能動的に観ようとしなくても情報が入ってくるメディアですから、どういうスタンスで何を伝えるべきか監修の先生方と慎重に議論を重ねていきました。
 
最終的には、ここに耳があって、こっちにはおへそがあるよね。同じように、うんちやおしっこの穴、赤ちゃんが出る穴もあるんだよ、とアニメーションで信号機のように〇を3つ並べて、科学的な事実をさらりと、フラットに伝えるという表現に行き着きました。

―放送後はどんな反響がありましたか。

藤江さん

思っていた以上に好意的な反応が多いことが驚きでした。もちろん、「幼児にそんなことを教えてくれるな」との声もありましたが、それ以上に「こうやって伝えればよかったんですね。ありがとう」「私が子どものころにもこんな番組があったらよかったのに」「子どもがさらっと受け止めている」などの肯定的な声のほうが圧倒的に多かった。
 
性器周りのことについて、「これ、言わないほうがいいんじゃないの??」とタブー視していたのは、結局私たち大人だったんですよね。一方で、保護者側の心の準備がまだできていないのであれば、「幼児のうちに性教育をしなきゃ!」などと焦る必要はないと思います。子どもが知りたいと思うタイミングには個人差がありますし、厳密に◯歳までに教えなきゃいけないとの決まりはありません。
 
「自分を大切にする」という一番大切な部分を、年齢に応じて何度も少しずつ伝えていけばいいのかなと私は思っています。

大人はどうやって学び直せばいい?

―番組のプロデューサー陣が専門家と語り合うポッドキャスト番組『おとなのためのアイラブみー』は、子育て中の親のリアルな本音にとても共感できます。大人向けのコンテンツも用意した理由は?

藤江さん

先ほどタイトルを決める過程で「I love meとかちょっと恥ずかしい」と戸惑いの気持ちが当初はあったとお話しましたが、「じゃあそれってなぜだろう?」と考えたとき、やっぱり私たち自身がそう教わってこなかったことが大きいと感じたんです。
 
いまの大人たちは「人に優しく」「迷惑をかけないように」とは教わってきたけれども、自分を大切にする方法は教わってこなかったはず。I love meというと、「ナルシスト」だったり「自己中心的」といったワードを連想してしまう人もいるかもしれません。子どもたちに「自分を大切にしよう」と伝えることは大事だけれども、じゃあいまさら幼児に戻れない大人はどうしたらいいんだろう? そうした戸惑いが制作陣にもずっとありました。
 
また、『アイラブみー』はわずか10分のアニメ番組ですから、基本的に伝えるメッセージはひとつだけと決めています。あとはお話としてどう面白く見せられるかを大事にしています。
 
ただ、そうすると派生した知識や理由など、取りこぼされるものもたくさん出てしまいます。それならば、アニメでは伝えきれない疑問や学びをポッドキャストで大人の皆さんと共有しながら、大人がどうしたら自分を大切にすることができるのか、探っていくヒントのようなコンテンツをつくりたいと思い、『おとなのためのアイラブみー』につながりました。

『おとなのためのアイラブみー』では、番組を監修している専門家を招いて大人目線のリアルなトークや相談が展開されている

―2023年夏には、ポッドキャスト番組のリスナーを集めての交流会が開催されたそうですね。

藤江さん

はい。お茶会のようなカジュアルな感覚で、22歳の学生さんから50代の方まで、全国津々浦々から参加してくださったリスナーの皆さんと直接お話できる、貴重な機会となりました。
 
そのときに印象に残ったのは「自分を大切にするって大事なことだと思いますけど、普段こういう話ができる相手がいないんです」と話されていた方が多かったこと。「自分も4人目の出演者の気持ちで聞いています」と感想を寄せてくださった方もいました。
 
たしかに、仲がいい友達や家族が相手であっても、わざわざする話でもないというか、踏み込みづらいテーマなのかもしれませんね。そんなふうに感じていた方々にとって、『アイラブみー』やポッドキャストのコンテンツが日々のお守りとまではいかなくても、少しでも支えやよすがになれたのであれば、とてもうれしく思います。
 
誰かに話し、聞いてもらうことは、ひとつの解決策でもありますよね。そのほうが絶対にいいとまでは言えませんが、誰かと共有することで、違う視点からの気づきは生まれやすくなる。そういう意味でも、お茶会は豊かな時間、場だったなとしみじみ思います。

体、心、私、みんなについて考えよう

―子育て経験の有無に関係なく、ポッドキャストを入り口に『アイラブみー』を知る大人も多そうです。それにしても教育、ジェンダー、人権、幸福など、包括的性教育がカバーしている領域の広さをあらためて感じます。

藤江さん

本当にそうなんです。体、心、私、みんな。それってもう世界の「すべて」なんじゃないかな、と思ってしまいますね。どこまでも広がっていけるテーマだからこそ、軸はやっぱり「自分を大切にするってどういうことだろう?」です。毎回のエピソードでも、必ずそこの出発点に立ち戻りながら、世の中を見ていく手法を取るようにしています。
 
3月には『アイラブみー』の新作を公開する予定です。テーマは非常に難しかったのですが、性加害に関わりのある事柄について、子どものうちから知っておいてほしい大事なことを詰め込みました。
 
あとは「誕生」の切り口から、なぜ自分は大切な存在なのか、ということを伝える回も近々公開するつもりです。あなたがここにいること、この世に誕生したことは、それだけで本当に本当にすごいことなんだよ、と子どもたち一人ひとりに伝えたいですね。人権の意識にもつながっていくテーマでもあると思っています。

―番組制作を通じて、藤江さんご自身も「自分を大切にすること」に対する理解が深まった部分はありますか。

藤江さん

そこは……「はい」と言いたいところですが、たくさん番組をつくっていても正直、まだまだ理解は道半ばですし、なかなか実践できていないというのが本音です。
 
そこはもう一生をかけて、少しずつ試行錯誤しながら学んでいくしかないのかもしれません。
 
でも、みんなが手探りで少しずつ「自分を大切に」できるようになっていけば、社会はよい方向へと変わっていくはずです。自分を大切にすることは、本来、誰も傷つけない行為です。みんながそれを実践できるようになれば、心に余裕ができて、他者を大切にすることもできていくのではないでしょうか。今後も『アイラブみー』という番組を軸に、いろんな分野の方々と手を取り合って一緒に考えていけたらと思っています。

『アイラブみー』番組情報

Eテレで全国放送中
毎週 水曜15:45~15:55
毎月 第4・5週 火曜日 8:25~8:35 (同週 木曜日 7:20~7:30)

  • 3月26日(火)8:25~8:35「うまれたことが なんですごいの?」
  • 3月26日(火)9:40~9:50「としうえだし、そんなこといえないよ」
  • 3月28日(木)7:20~7:30「よくわかんないけど、なんかヘン…?」

※番組編成などの都合により、放送日時が変更する可能性があります。
※最新情報は、番組HP https://www.nhk.jp/p/iloveme/ をご確認ください。

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CREDIT
取材・文:阿部花恵 写真:小野奈那子 編集:HELiCO編集部+ノオト
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