いま「大人世代こそ性教育を学び直そう」という動きが広がっています。
性教育=子どもたちに「男女の体の違い」や「月経や射精」について教えるものと思っている大人は、少なくないかもしれません。しかし、いまの時代に必要なのは人間関係や性の多様性、暴力の防止、ジェンダー不平等をなくす方法、性を安全に楽しむ知識など、さらに幅広いテーマを学ぶ「包括的性教育」です。
「性」にはポジティブな面がもっとあってもいい。大人自身が価値観をアップデートすることで、周囲の大切な人や子どもと向き合うヒントが見つかるかもしれません。50年にわたり性教育に取り組んでいる村瀬幸浩さんの解説で、私たちが本当に学びたい性教育について考えてみませんか。
- 教えてくれるのは…
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- 村瀬 幸浩さん
東京教育大学(現・筑波大)卒業後、私立和光高等学校保健体育科教諭として25年間勤務。この間総合学習として「人間と性」を担当。1989年同校退職後は、25年間にわたり一橋大学、津田塾大学等でセクソロジーを講義した。現在一般社団法人“人間と性”教育研究協議会会員、日本思春期学会名誉会員。近著に『3万人の大学生が学んだ 恋愛で一番大切な“性”のはなし』、『おうち性教育はじめます 1・2巻』(ともにKADOKAWA)、『50歳からの性教育』(河出書房新社)などがある。
最近よく耳にする「包括的性教育」って何?
現代の子どもたちはスマホやSNSが身近にあり、性の情報に簡単につながることができる時代に生きています。子どもをターゲットにした性犯罪、若者の予期せぬ妊娠・出産や乳児遺棄事件のニュースも増えており、このままでは……と危惧している保護者や大人も少なくないでしょう。
そんななかで、注目してほしいのが「包括的性教育」という言葉です。これは性に関する知識やスキルだけでなく、人間関係や性の多様性、ジェンダー平等、暴力と安全確保、性的行動、健康といった幅広いテーマを含む「人権」を基盤とした性教育のこと。包括的とはすべてをまとめた概念のことをいいます。
包括的性教育は、ユネスコなどの国際機関が共同で2009年につくった『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』が指針となっており、世界の性教育のスタンダードという位置付けです。このガイダンスはまさに包括的な性教育を提唱するもので、子どもや若者が健康かつ安全で生産的な生活を送れるようにすることを目指しています。
国際基準の性教育は、いつからどんなことを学ぶの?
『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』では、以下の8つの基本課題(キーコンセプト)と具体的な実践のポイントが紹介され、5歳から18歳の子どもたちがキーコンセプトごとに年齢にあったトピックを繰り返し学んでいく構成になっています。国際基準では5歳が性教育のスタートです。
8つのキーコンセプト
- 人間関係
(家族や友情、恋愛関係、その土台となる尊重や寛容について) - 価値観、人権、文化、セクシュアリティ
(価値観や人権、文化や社会といった要素と、セクシュアリティの関係について) - ジェンダーの理解
(ジェンダーバイアスやジェンダーに基づく暴力が及ぼす影響など) - 暴力と安全確保
(同意、プライバシーの重要性、情報通信技術の安全な使い方について) - 健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル
(意思決定、コミュニケーションスキル、援助と支援を見つけるなど) - 人間のからだと発達
(性と生殖の解剖学と生理学、思春期、ボディイメージなど) - セクシュアリティと性的行動
(生涯にわたる性との向き合い方や性行動に対する認識や選択など) - 性と生殖に関する健康
(妊娠、避妊、性感染症に関する知識やリスクの理解など)
ざっと見ただけでも、学習内容はかなり幅広いことがわかります。
たとえば、キーコンセプト1では「世界中にたくさんの異なる家族の形があること」や「成長するということは自分と他人に責任を持つようになること」「人間関係には友達との愛情、親との愛情、恋愛パートナーとの愛情などさまざまな種類の愛情が含まれ、愛情はたくさんのさまざまな方法で表現されること」などを、年齢や成長にあわせて段階的に学んでいきます。
科学的根拠(エビデンス)に基づき、ジェンダー平等や多くの国際人権条約にのっとりながら、性についてポジティブなイメージを持てるように構成されており、主に「生殖の性」や「産むための性」の部分を断片的に学ぶ日本の教育とは大きく異なります。
包括的性教育から学べる、人生で大切なこと
村瀬さんは、「性教育は性の知性と教養を深めること。性について学ぶことは人間関係の土台をつくる力になる。包括的性教育は、1.科学性 2.関係性 3.多様性という3つの柱で理解するといい」とアドバイス。ここからは、包括的性教育を大人が学ぶ意義について考えていきましょう。
1科学性:科学に基づいた性の知識が思い込みや偏見をなくす
性にまつわることは恥ずべき・隠すべきと感じてきた大人世代は少なくないのでは? その理由のひとつは「性を科学的に学ぶ機会」がなかったからかもしれません。
海外には、学校の授業で人間の体や性について科学的に教えている国があります。たとえばオランダでは、生物や理科の教科書で人間の生殖を扱い、思春期に起こる体の変化とともに、性への関心が高まりセックスすることもあり得ること、またバースコントロール(※)としての避妊も扱います。国際セクシュアリティ教育ガイダンスでは、性交や避妊法を9歳から12歳の学習内容に位置づけています。
(※)バースコントロールとは……妊娠と出産のタイミングを自分の意思で決めること
一方、日本の小中学校の教科書では人間に関する記述が少なく、性交や避妊は扱われません。
科学的に正しい性の知識を得る機会がなく、多くの子どもが(大人世代も!)友人や交際相手、AVやアダルトサイト、SNSにあふれるポルノコンテンツから学ばざるを得なくなっています。そこには暴力的・支配的な表現も少なくありません。「性的欲求や性行動を肯定的に捉えるための学びがない現状は問題だ」と村瀬さんは言います。
科学に基づいて知ることが大切な理由
事実、適切なカリキュラムに基づく包括的性教育プログラムによって「初交年齢が遅くなる」「避妊具の使用が増える」「リスクの高い行為が減る」など、むしろ性行動に慎重になることが科学的に証明されています。
性と同様に、出産についても科学的に捉える必要があります。出産方法には経腟分娩もあれば帝王切開もありますが、どちらがすぐれているということではありません。経腟分娩は痛い思いをするから感動する=愛情が深まるなどと語ることは間違っています。
包括的性教育では、私たちには性を十分に楽しむ権利があることも学びます。それは欲求のまま身勝手に行動していいということではありません。誰もが持つ権利を保障するには、自分と他者の安全・安心を守る方法を知っておく必要があります。性的トラブルを避け対処できるようになることや、互いの性を大切にするために必要な学び、それが本当の意味での性教育であるべきでしょう。
2関係性:大人が変われば、子どもの意識も変わる
包括的性教育では、人間関係を第一のキーコンセプトにおいています。子どもは、大人を見ながら友情や恋愛関係、夫婦や家庭のイメージをつくっていきます。楽しそうで、笑いあって、冗談を言ったりするような関係かどうか。見て体験したことが、将来パートナーができたときの関係づくりのベースになっていきます。
家族のなかで自分の気持ちと相手の気持ち、自分と相手の要望を確認し合意のうえで行動しているでしょうか。家族といえども相手が「嫌」と言ったら引かなければいけない。それが相手を尊重するということです。性差別をしていたり、夫が妻に暴力を振るっていたりすれば、子どもは「そうしていい」のだと学習します。性が汚らわしいものと言われて育つとそういう価値観を身につけてしまいます。
大人がものの見方やふれあいを変えていくことで、子どもの性に対する考え方も変わっていくでしょう。まずは大人がアップデートしていくことが大切です。
性的行動においても、相手の存在をきちんと学んではじめて、人間らしい関係を築くことができるのです。「性的同意」や「YES・NOを安心して言える関係づくり」「からだの自己決定権」「SRHR」などは、大人世代が初めて聞く言葉かもしれませんが、どれも人間関係に関わる大切なキーワードです。
包括的性教育については書籍や動画もたくさん出ているので、自分が学んだ(と思い込んでいた)性教育と照らし合わせながら学んでいくのも一案です。自分のなかの思い込みや相手の性への無意識の偏見に気づくことが、大人の学び直しの出発点です。
3多様性:いま必要な多様性の視点を学べる
大人世代は、家庭科も月経の授業も、男女別々に分けられ教えられてきた人もいるでしょう。男は、女はこうあるべきという視点に囚われていないか、立ち止まって考える機会を持ちたいものです。最近では、子どもたちのランドセルもカラフルになり、出席番号は男女混合、多様性に配慮したジェンダーレス制服という学校も増えてきています。
また、セクシュアリティ(性のあり方)はヘテロセクシャル(異性愛者)だけではありません。性のあり方は多様で個々に異なり、性的欲求を自覚しない人もいます。人は一人ひとり同じではない、多様な存在です。
親子のコミュニケーションで心がけたいこと
教育とは「教える」と「育てる」の両方。親は、子ども自身が自分の力で世界を広げていけるように手助けをする存在になりましょう。つまり育てるほうを意識することです。子どもに質問されたとき「正解を答えなければダメだ」とは思わないことが大事です。たとえば「僕はどこから生まれてきたの?」と聞かれたら、「どこからだと思う?」と聞き返してみましょう。ごまかさず、嘘をつかず、決めつけず、真摯に言葉のキャッチボールを続けることを心がけるのです。
家庭でも性教育をと考えるなら、これだけは知っておいてほしいことがあります。精通・初経を境に学習目標を変えるということです。生殖の知識は思春期(精通・初経年齢)までに教えておきましょう。それまでに自分という人間がどうやってできて育ってきたかを知ることが大切です。汚い、恥ずかしいといった言葉を使わないように。
そして月経・精通があったら、それ以降は「これから自分はどう生きるのか」が重要な学習テーマになります。妊娠できる体や妊娠させることができる体になった自分は、自分の性のあり方も含めて、どう生きていったらいいのかを自分自身で学び考える時期に入ります。〇〇してはいけないという教えではなく、子どもが自分の力で学んでいけるように手助けをしましょう。
自分の尊厳と健康を守る権利 ~SRHRとは~
包括的性教育とともに知っておきたいのが「SRHR」という言葉です。正式には「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(Sexual Reproductive Health and Rights)」といって、「性と生殖に関する健康と権利」のことを指します。
SRHRとは、単に病気や暴力、差別がないという状態ではなく、誰もが身体面にも精神面にも、そして社会においてもウェルビーイング(※)が満たされている状態でいられること。また、ジェンダーやセクシュアリティに関わらず、すべての人がその人らしく生きられること、さらには子どもを産むか産まないか、産むとしたらいつ、何人産むかを自分で決められることなどが含まれます。
そのためには避妊法や不妊治療、⽣殖器のがんや感染症の予防と治療について知る権利も含まれます。つまり包括的性教育を受けることも、私たちの権利なのです。SRHRはこれらすべてを大切にする理念です。
(※)ウェルビーイングとは……幸福、健康な状態のこと
では、日本の現状はSRHRが十分守られているでしょうか。現実には包括的性教育が浸透していない、男性主体の避妊法が主流、LGBTQへの差別がある、性暴力やジェンダー不平等の問題、産後うつやプレコンセプションケア(※)の浸透度の低さなど、さまざまな課題が残っています。
(※)プレコンセプションケアとは……若い世代が将来のライフプランを意識して取り組む体のケアや健康管理のこと
包括的性教育やSRHRに関してはたくさんの書籍や動画、公的機関の情報からも得ることができます。あなたも自ら学び考える機会を持ってみませんか。
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