口の中をうるおす唾液に含まれる成分は、粘膜を通過し血管に入りこんで、実は私たちの全身にさまざまな影響を与えています。最近の研究では、腸内環境を整えたり、心の安定をキープしたり、心身の健康を促す効果があることもわかってきました。唾液の量には個人差があり、年齢を重ねると減少していきますが、日常生活を見直すことで唾液量を増やすこともできます。本記事では、唾液の知られざる健康パワーと、唾液量を増やすための習慣や対策について解説します。
心身を整えてくれる!? 唾液は健康のバロメーター
唾液は、口の中にいくつもある唾液腺でつくられていて、健康な人の1日の分泌量は1,000~1,500mlほどといわれています。唾液の大半は水分ですが、抗菌成分や成長因子など、私たちの体を守るために必要な有効成分が含まれています。そのため、唾液は口の中だけにとどまらず、全身にさまざまな影響を与えることがわかっており、唾液量の減少が体の不調につながることも少なくありません。「たかが口の乾燥」と軽く思わず、十分なうるおいがある理想的な状態をキープしていきましょう。
こんなに優秀! 唾液のうれしい効果
全身にさまざまな影響を与える唾液にはどのような働きや効果があるのか、詳しく見てみましょう。
食べ物をよりおいしくしてくれる
唾液には、かみ砕いて細かくなった食べ物を包み込むようにまとめる働きがあります。唾液があるから、私たちはスムーズに食べ物を飲み込むことができるのです。唾液量が少なくなると、細かくなった食べ物がまとまらなくなるので飲み込みにくくなり、食事を楽しめなくなってしまうことも。また、唾液には食べ物のうま味を感じるためのサポートをする働きもあるので、唾液量が少なくなると味を感じにくくなります。適度な量の唾液があるからこそ、食事はよりおいしく感じられるのです。
虫歯や歯周病を予防してくれる
日頃は中性を保っている口の中ですが、食事をすると酸性に傾きます。酸性になると歯のミネラル成分が溶け出しやすい状態となり虫歯のリスクが高まりますが、唾液には酸を中和して、ミネラル成分を歯の表面に戻す働きがあります。また、唾液は歯周病の原因菌や、さまざまな菌に対する殺菌効果も期待できるといわれています。
感染症にかかりにくくなる
唾液には、ラクトフェリンや免疫グロブリンといった抗菌成分が多く含まれています。口はウイルスや細菌などの病原体が侵入しやすいので、口の中の唾液によって洗い流す自浄作用により、病原体から体を守れる可能性もあります。もちろん、唾液に含まれる抗菌成分のみですべての感染症を予防できるわけではありませんが、唾液量が少ないと、肺炎などの感染症にかかりやすくなることもわかっています。
脳を活性化させる
唾液の中に含まれる「神経成長因子(NGF)」は、脳神経細胞の修復に役立つことがわかっています。口の粘膜から吸収された神経成長因子は脳を活性化させ、記憶や学習の能力をアップさせる効果も。唾液の分泌を促す対策は認知症予防につながるとも考えられています。
心の安定を促す
唾液には「脳由来神経栄養因子(BDNF)」という物質も含まれています。この因子は、安心感を高めてリラックス効果を発揮することが知られています。唾液の量が多い赤ちゃんはこの因子によって心を安定させているとの説もあり、ストレスが多い現代人にも必要な因子です。心が安定化することで気分の変調や不眠などの悩みも解決するかもしれません。
口の中が整うと腸内環境もよくなる
唾液には、抗菌作用のほか細菌のバランスを整える効果があります。口の中には、多くの細菌が存在していて、いわゆる「善玉菌」が多いのが理想的な状態です。口の中の細菌バランスが乱れがちな人は、潰瘍性大腸炎やクローン病など大腸の病気になりやすくなるとの報告もあり、唾液は全身にさまざまな影響をもたらすことがわかっています。
量も質も大切! 良い唾液を作り出す習慣
唾液は大きく分けて2種類のタイプがあります。水分が多い唾液と、抗菌成分などをはじめとしたタンパク質が多く含まれる唾液で、どちらも私たちにとって必要な唾液です。では、質の良い唾液の量を増やすにはどのようなことに注意すればよいのでしょうか。
ストレスを溜めない
ストレスは唾液の量が減ってしまう大きな原因のひとつ。十分な唾液量をキープするには、ストレスを溜めないことが大切です。現代社会でストレスを完全に排除するのは難しいですが、熱中できる趣味を持つ、十分な休息をとる……など、できることから始めてみましょう。
噛み応えのある食事を
食生活の変化によって、日本人の咀嚼回数は減少しています。唾液は咀嚼にともなって分泌されるため、咀嚼回数の低下はそのまま唾液量の低下につながります。日頃から意識的に、一口一口をよく噛んだり、噛みごたえのある食事を取り入れたりしてみましょう。
柑橘系の飲食物を
みかんやオレンジ、レモンなど柑橘類は唾液分泌を促します。また、梅干しや酢など和食独特の「すっぱさ」も唾液量を増やします。最近では、うま味成分が唾液量を増やすとの報告も。日頃から積極的に唾液分泌を促す食品を取り入れてみましょう。
薬の副作用に要注意
降圧薬(血圧を下げるための薬)や向精神薬(抗うつ薬や抗不安薬)、睡眠薬などの一部には、唾液量が減る副作用が生じるものがあります。特定の薬の服用を始めてから口の乾きが気になるようになった場合は、医師に相談しましょう。副作用が少ないお薬に変えてもらうこともできます。
唾液がじゅわ! 日常生活で心がけたいことは?
唾液の分泌を促すには、唾液腺マッサージなどさまざまな方法がありますが、継続するのはちょっと大変と感じる人もいるのではないでしょうか。適度な唾液量を保ち続けるには、日常生活の中で気軽にできる方法を取り入れることが大切です。ここでは、唾液の分泌を促すための簡単な方法をご紹介します。
笑顔を心がける
唾液を分泌する唾液腺は、口や顔周りの筋肉に支えられています。そのため、筋力が落ちると唾液腺への刺激が少なくなるので、唾液の量は減っていくことに。唾液量を増やすには、筋肉を鍛えることが大切です。
笑顔になると、人の口角は自然と上がります。口角を上げるときには、口周りの筋肉を使っているので唾液が出やすくなります。コロナ禍で長引くマスク生活によって、口周りをあまり動かさずにいると、口角も下がりがちに。日頃から笑顔を少しだけ意識してみることをおすすめします。
会話や歌唱などを楽しむ
人と話したり、歌ったりすることで口周りの筋肉が動き、唾液がよく出るようになります。また、人とコミュニケーションをとったり、カラオケなどの趣味を楽しんだりするのは、唾液量減少の大きな原因とも考えられるストレスが緩和されるといった、相乗効果も期待できます。
食事中の姿勢を正す
姿勢を正して食事をすると、顔や首周りの筋肉が鍛えられます。姿勢が乱れていると顔や首周りの筋肉が刺激されにくく、逆に衰えてしまう可能性も。食事のときは姿勢を正して、よく噛むように心がけてみるとよいでしょう。
日頃は唾液について意識することはあまりないかもしれませんが、実は私たちの健康を陰ながら支えてくれる大切な存在です。唾液の量と質をアップさせて、健やかな生活を送りましょう。
- 【唾液 関連記事】虫歯や口臭にもつながる「ドライマウス」の症状って?
-
ドライマウスは「口腔乾燥症」という、治療が必要な病気です。口の中が乾いた状態が続くと虫歯や口臭などのリスクが高まったり、食べ物の味がわかりにくくなったりする味覚障害が生じることも……。また高齢者の場合、放っておくと感染症などのリスクが高まることが知られています。口の中の乾きは、ただ水分を摂れば解決するわけではありません。この記事では、ドライマウスの原因と対策方法について解説します。https://helico.life/monthly/220910drysyndrome-mouth/
- 教えてくれたのは・・・
-
- 斎藤 一郎先生
ドライマウス研究会代表。鶴見大学歯学部 前教授、元附属病院長。