寒さが厳しくなる冬は、体の「冷え」をより実感しやすく、つらさを感じる季節です。温めても思うように解消されないなど、さまざまな対策をしても症状が改善せずに悩んでいる人もいるのでは? そもそも「冷え」ってなんでしょうか? 冷えを正しく知り、つらい症状を解決するための基礎知識をお伝えします。
違いを知ってる?「冷え」と「冷え性」と「冷え症」
「冷え」とは、生きるためのサイン
生き物には至適温度(生命を維持するのに最適な体温)があります。ヒトの場合は通常、恒常性(ホメオスタシス)が働いて体内の温度が37℃程度に保たれるようになっています。体温が下がってしまうと酵素の活性が低下したり、内臓の働きが悪くなったりと、体をよいコンディションに保つことが難しくなり、さらに下がれば命の危険につながっていきます。
ですから、体温が奪われるような寒さを感じると、脳は「なんとかしろ!」と自分自身に司令を出します。寒い日に部屋を暖めたり、厚着をしたりするのはその証拠。こうした行動による体温調節(行動性体温調節)でも体温が維持できなくなると、まず甲状腺ホルモンを出し、脂肪内にある褐色脂肪組織で熱を作り、それでも寒ければ、筋肉をガタガタと震わせて熱をつくり出します。寒いと体が震えるのは、意思にかかわらず筋肉を収縮させることで熱を作り、体温の低下を防ごうとしているからなのです。
つまり「冷え」とは、客観的な体温の低下であり、体内や体外の環境温度などに左右されて誰にでも起こるもの。同時に、冷えを感じるのは、体調不良や命の危険を回避するために、「これ以上体温が下がらないよう行動すべき」と脳が体に知らせる、大切なサインでもあるのです。
「冷え症」は、冷えをつらいと感じる人
冷えが誰にでも起こる客観的な体温の低下である一方、「冷え症」は、その冷えを苦痛に感じる人、または苦痛になっている状態を指す言葉です。冷えによるつらさは主観的な自覚症状であるため、冷えていてもつらくない人は冷え症とはいいません。逆に、それほど冷えていなくても、冷えを辛く感じている人は、れっきとした「冷え症」と言えるのです。
とはいえ、冷えがさらに別の症状を引き起こしたり、持病を悪化させたりすることもあることから、やはり体にとって「冷えている状態」は好ましくないといえます。
「冷え性」と「冷え症」は違うもの?
ところで、漢字だと「冷え性」と「冷え症」という表記がありますよね。これらは、どう違うのでしょうか?
じつは「冷え性」も「冷え症」も、江戸時代にはなかった比較的新しい言葉。明治期に書かれた徳田秋声(とくだしゅうせい)という小説家の『新所帯』という作品のなかで初めて「冷え性の女」という言葉が記されたとされ、「凝り性」「飽き性」などと同じようなニュアンスで「冷え性」が登場。以来、一般社会のなかで「冷える、冷える」と冷えを訴える人=冷えに対する過敏な性格の人、というような意味合いで「冷え性」は使われてきたようです。
このように、一般の人の間で「冷え性」という言葉が使われても、西洋医学では「冷え性」自体は性格の問題で、病気と見なされなかったため、ごく最近まで治療の対象とされてこなかったのです。
一方、東洋医学では、古来より「冷え」を病気の前駆症状、いわゆる「未病」としてとらえ、診断・治療の対象としてきました。しかし、じつは「冷え性」も「冷え症」もこうした概念は日本特有のものなのです。漢方医学(日本の伝統的な医学)においても、「冷え症」という言葉が用いられるようになったのは、昭和の中頃からとされています。漢方が「症」の字を使うのは、冷えを治療すべき対象だととらえている証。「性」と「症」の違いには、こんな背景があったのです。
「冷え」が起こるメカニズムを知ろう
「冷え」と「冷え症」の関係がわかったところで、両者をさらに深く理解するために、冷えが起こるメカニズムをみていきましょう。冷えの原因には、体温を維持しようとする①熱の産生、②熱の運搬、③熱の放散という3つの体のメカニズム(熱出納といいます)が関係しています。
冷えの原因①「熱産生の低下 」:体がつくり出す熱の不足
体温の維持に必要な熱は、基礎代謝や食事の摂取、運動、ホルモンの作用などによって体内でつくり出されています。
摂取した食物の8割は熱エネルギーとして使われます。そのため、食事量が足りていなかったり、偏食があったり、胃腸の働きが悪く消化吸収が不十分だったりすると、熱をつくる燃料不足のため、体内で必要な熱の量を十分につくり出すことができず、冷えが起こります。
また、激しい運動や肉体労働をすると、筋肉の収縮によって多くの熱が生み出されます。つまり、筋肉が少ないことや運動不足も体内の熱の量が不足することにつながってしまいます。よくいわれるように、冷え症が女性に多い理由の一つには、男性に比べて筋肉量が少ないことも挙げられます。
そのほか、環境温度の低下などで交感神経が刺激されると、甲状腺ホルモンの分泌がうながされ脂肪に含まれる褐色脂肪組織で熱がつくられます。ただ、甲状腺の機能が低下する病気などでは、甲状腺ホルモンの分泌が不十分となり、熱がつくられにくくなります。
冷えの原因②「熱の輸送障害 」:熱の運搬に支障がある
体内でつくられた熱や体外から得た熱は、血管(血液)を介して全身に運ばれて体温の維持に役立てられます。そのため、血液を全身に送り出すポンプである心臓の機能が低下していたり、動脈硬化などで血管自体が狭くなっていたり、そもそも体を循環する血液の量が少なかったりすると、冷えの原因になるといえます。
また、体温調節の中枢である脳や、血管の収縮(拡張)をコントロールする自律神経(特に交感神経)になんらかの障害がある場合も、熱の運搬が阻害されて冷えが起こります。
私たちの日常会話でも「肩が凝っちゃって、血流も悪くって……」などと話すことがありますが、こうした筋肉の凝りも、静脈を圧迫し血流を低下させて熱の運搬を阻害するため、冷えの原因になります。
冷えの原因③「熱の過剰放散 」:熱の捨てすぎ
体温を一定に維持するためには、熱をつくるだけでなく、あまった熱があれば体外へ捨てることが必要です。熱が多すぎれば体温が過度に上昇し、命に関わるからです。たとえば、顔や手が赤くなるのは、皮膚近くの血管が拡張して血流量を増やし、熱を皮膚から外へ逃しているサイン。また、暑いときにたくさん汗をかくのは、汗の蒸発を利用して、皮膚表面から熱を逃しているのです。これらの熱を体外に逃がす働きは、自律神経によるものです。
そのため、自律神経のうち副交感神経(血管を拡張させる方向に働く神経)が優位な体質の人や、ストレスなどで自律神経のバランスが乱れている人では、血管がうまく収縮しないために必要な熱まで逃がしてしまい、その結果、冷えが起こりやすくなります。つまり、体内には熱が十分にあったとしても、捨てすぎると体が冷えてしまうわけです。
メカニズムがわかると対策もわかってくる
冷えと一口にいっても、その原因はさまざま。あなたの冷えは、どれか1つが原因かもしれないし、複数の原因が関係しているかもしれません。しかし、こうしたメカニズムがわかると、正しい対策が見えてくると思います。
たとえば、体内で十分な熱がつくられていないために冷えが起こっている人の手足を懸命に温めても、根本的な状態の改善には結びつきません。
冷えには原因に応じた対策が必要で、冷えなら何でも「とにかく温めればいい」わけではないことは、ぜひ覚えておきましょう!
「冷え」がつらいと感じたら
ここまでお伝えしてきたとおり、自分の冷えの原因を考えることが、冷え症対策の第一歩。原因に応じた対策を「冷え症タイプチェック」 の記事で紹介していますので、ぜひ参考にしてみてください。
なお、冷えの原因が病気であることも。代表的なものでは、「原因①」で挙げたように、甲状腺の機能が低下する病気(甲状腺機能低下症)や、「原因②」で挙げたように、動脈硬化性疾患(閉塞性動脈硬化症など)があります。また、精神科疾患によって冷えに対して過敏になっているケースも考えられます。これらは「冷え症」ではなく、れっきとした「病気による冷え」です。こうした際には、まずはその病気の治療が必要です。
対策を講じても思うように改善しない場合には、「たかが冷え」とあなどらず、かかりつけ医や「冷え症外来」を開設している医療機関などに相談してみましょう。
- 教えてくれたのは・・・
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- 伊藤 剛先生
- 北里大学客員教授
北里大学東洋医学総合研究所(漢方診療部・鍼灸診療部)
漢方専門医・消化器病専門医・内科認定医。日本東洋医学会指導医・代議員、日本自律神経学会評議委員、他。北里大学(医学部・薬学部・医療衛生学部)・浜松医科大学非常勤講師。1982年に浜松医科大学卒業。内科・消化器を専門とする西洋医学と漢方(湯液)と鍼灸を専門とする東洋医学の両面からさまざまな疾患に対する治療を行ってきた数少ない医師。「冷え症」研究と診療の第一人者。日本で最初に開設された東洋医学総合研究所の「冷え症外来」にても診療中。メディア出演多数、著書複数有。