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不安に飲み込まれないための「情報」との向き合い方

インターネットが普及し、いつでもどこでもあらゆる情報を収集することができる現代社会。国内外で起きているニュースからカジュアルなSNS投稿まで、さまざまな情報を受け取ることは、ごく一般的で容易になりました。しかし、それは大量の情報に触れ続けることにもなるため、疲れを感じたり、不安を覚えたりした経験がある人も少なくないのでは。

こうした状況に飲み込まれないためにも、私たちは「情報」とどのように向き合えばいいのでしょうか? そして、大量の情報のなかから、いまの自分にとって必要かつ適切な情報を、どのようにして見極め、取得すればよいのでしょうか? 現代社会ならではのこの悩みに向き合うためのヒントを、心の専門家にお伺いしました。

教えてくれるのは…
山口 豊さん

東京情報大学大学院教授。日本精神保健社会学会会長、臨床心理士、公認心理師。研究分野は、臨床心理学、ヘルスカウンセリング学、精神保健学など。心理療法、ストレスマネジメント、認知行動療法などを研究テーマとしている。

たくさんの情報を前にして「疲れ」や「不安」を感じるのは、なぜ?

日々流れてくるニュースやSNS投稿などを目にして、「情報が多すぎてなんだか疲れる、不安になる……」と感じるのはなぜなのでしょうか。もちろん、情報そのものの質や正しさに問題のあるケースもあるため、それらの信頼性と妥当性をしっかりと検討する姿勢も大切です。しかし、普段はごくふつうに取り入れている情報でも、ときに強い疲れや不安を感じる日があります。これは情報そのものの質に加えて、自分自身のストレス対処能力にも問題が生じている場合もあると考えられます。

そもそも、「ストレス=悪いもの」というイメージを持っている人は多いですが、じつはすべてのストレスが悪いというわけではありません。ストレスには、心地よい刺激や緊張感をもたらし、心身の成長を促してくれる「良いストレス」と、過度なプレッシャーとなり、心身の健康を損なうことにつながる「悪いストレス」のふたつがあります。

このふたつのストレスの違いは、外部からやってくる情報に対処する能力が、自分自身に備わっているかどうかで決まります。たとえば、同じ情報を前にしても「この情報を使って困難を乗り越え、自分を成長させることができる」と考える人もいれば、「こんな大きなハードルは乗り越えられない、もうダメだ」と思う人もいます。

外部からやってくる情報が、自分のストレス対処能力を超えている場合、脳がその処理に多くのエネルギーを使ってしまい、精神葛藤が慢性的に生じ、本来私たちが日常生活を送るために使っている判断能力が低下してしまうことがあります。その結果、気持ちが落ち込んだり、不安を感じたりして、未来を見通すことが難しくなることがあるのです。これが、悪いストレスです。

ストレスという言葉を初めて医学用語として使用したカナダの生理学者ハンス・セリエが、「ストレスは人生のスパイスだ」という言葉を残しているように、ストレスが、人生に適度な刺激を与えてくれるスパイスになりうることもあるのです。与えられた情報が、良いストレスになるか悪いストレスになるかは、自分自身のストレス対処能力によって決まるともいえるでしょう。

情報によって「悪いストレス」と感じてしまう心の状態とは?

では、自分に十分なストレス対処能力があるかどうかは、どのように判断すればいいのでしょうか。その判断の鍵になるのが、私たちの「生き方」です。

私たちの生き方は、大きく分けて「自己報酬型生き方」と「他者報酬型生き方」の2種類に分けることができます。「自己報酬型生き方」とは、自分のあるがままの素直な心に従って、「自分らしくやりたいことを実現していく」生き方 です。 「他者報酬型生き方」とは、周囲の人たちが自分をどう見ているか、ばかりに気をとられ、他人からの評価に自分をあわせている生き方です。

「他者報酬型生き方」をしている人は、「テストの点数を親に褒められたいから勉強する」「誰もが知っている有名大学に入ろうと努力する」など、周囲に認められたり、社会的評価を得たりして承認欲求を満たすことで、自分の心を満たそうとします。

自分の行動を選択するときの評価軸が他人にあると、自分自身がその行動に心の底から満足するとは限りません。なぜなら、他人がいつも自分を都合よく評価してくれるとは限らないからです。このような生き方を続けていると、人の目ばかりを気にして行動するようになり、高ストレス状態となりやすく、自己肯定感の低下やメンタルヘルスの悪化を招く可能性があります。

この「自己報酬型」と「他者報酬型」という2種類の生き方は、新しい情報を前にしたときの姿勢にも表れます。「自己報酬型生き方」をしている人は、「このニュース記事を読むことは自分のためになる」「自分の心の成長につながる」などと意識するので、情報が人生を豊かにしてくれます。

しかし、「他者報酬型生き方」をしている人は、「周りの人もみんな読んでいる記事だから読んでおこう」「流行についていくためにこの情報も知っておかなければ」と、他者からの評価を軸にして、情報の取捨選択をしてしまうため、自分の心の素直な喜びと離れてしまい、不安が生じやすくなります。その結果、「自分は何をしてもダメだ」とつい考えてしまったり、「人はこうあるべき」という思考が強すぎてメンタルヘルスが悪化したり、ストレス対処能力が低下してしまい、情報に振り回されるようになってしまうのです。

自分はどのような「生き方」をしているのか、どういった行動をとりがちなのか、まずは振り返って考えてみることが大切です。

不必要だとわかっている情報までつい追ってしまうのは、なぜ?

また、スマホが身近なあまり、「ついついSNSを見すぎてしまう」「友達や家族とこまめに連絡をとり続けていないと不安」という悩みを持つ人もいるでしょう。

その心理的背景には、「ひとりでいたくない」という願望が隠れている可能性があります。近隣や職場の人との関わりが薄くなりやすい現代社会においては、孤独になりやすく、つねに誰かとつながっていないと不安を抱える人は多いものです。その不安解消のため、「いいね」という形で他人から承認をもらえるSNSに心の居場所を求め、つねにオンラインで誰かとつながっていることで安心感を得ている人もいます。

ところで、喜びや幸福感を人に与えてくれる「幸せホルモン」と呼ばれる「オキシトシン」があります。オキシトシンは、人とのスキンシップや、親愛な心の交流によって分泌されることが知られています。電話で友達の声を聞いたり、SNSで言葉を送り合ったりすることで幸せを感じるのは、オキシトシンが関わっていると考えられ、そのような行為は人間としてとても自然なことともいえます。

しかし、幸福感を得たいがために、つねにスマホを持って情報を確認したり、必要もないのに頻繁にSNSを見てしまったりすることがあります。これは、程よい状態を超えて脳が一種の依存状態(たとえば、スマホ依存)に陥っている可能性も考えられます。そのようなケースでは、目の前の情報が自分にとって本当に必要かどうか、脳が適切な判断をする前に、衝動的に手が動いてしまい、情報への依存が進んでしまっている可能性があります。通常の情報量では満足できず、つねに情報不足を感じ、「これでもか」というくらい情報を追い求めてしまいます。こうなると、もはや安定したメンタルヘルスは期待できず、ストレス対処能力もますます下がってしまうでしょう。

その結果、新しい情報が目に入るたびに振り回されて、ネットショッピングで不必要なものを買って散財してしまったり、動画サイトやSNSを延々と見続けてしまったり……といった悪循環に陥り、人生の質を低下させてしまうことにもなりかねないのです。

自分にとって必要な情報を見極められるようになるために

いまの自分にとって必要な情報をしっかりと見極めて取り入れられるようになるためには、ふたつのポイントがあります。

ひとつは、与えられた情報をただ鵜呑みにするのではなく、その情報が自分にとって、本当に必要なのか、情報自体の信頼性と妥当性を吟味する姿勢をつねに持っておくことです。

そしてもうひとつは、前段でも説明したとおり、他者評価を軸にした生き方や「周りから認められなければ」と考えすぎてしまう心のクセを少しずつ手放していくことです。言い換えれば、あるがままの素直な自分の心の声にこたえていく、自分らしい生き方を探求していくことです。そのことで、心の底から満足する生き方につながり、自己肯定感も高まり、メンタルヘルスを良好に保つことができます。当然、ストレス対処能力も高まり、多くの情報に囲まれても、振り回されることなく、必要な情報の見極めもできるようになります。

また、手軽にできるメンタルヘルスを良好に保つアクションがありますので、ぜひ実践してみてください。

朝起きて太陽の光を浴びる

太陽の光には、私たちの脳内の状態をリセットし、副交感神経優位(リラックスしたお休み状態)から交感神経優位(活動的な状態)に切り替えてくれる効果があります。さらに、太陽の光を浴びると、セロトニンという心を安定させる作用のある物質が分泌されるため、自己肯定感が上がることも考えられます。ふだんはぐっすり眠るために遮光カーテンを使用している人も、朝はカーテンを開け、たっぷりと陽の光を浴びるようにしてみてください。

1日の始まりにシャワーを浴びる

朝、ぬるめのお湯でシャワーを浴びることは、交感神経を優位にするとともに、心身をリフレッシュさせ、すっきりとした感覚で1日をスタートさせるあと押しをしてくれます。すっきりした感覚は、ストレス反応を低下させ、情報処理能力も上げてくれます。

ヨガやストレッチを取り入れる

ヨガやストレッチのように、呼吸をしながらゆっくりとした動きでできる運動を習慣づけることもおすすめです。特にヨガは、乱れがちな自律神経のバランスを整えて、感情の波を穏やかにしてくれる効果もあります。1日に5〜10分ほどでもよいので、ヒーリング音楽などを聴きながらヨガやストレッチをする時間を設けることは、メンタルヘルスを良好にしてくれます。

意識的にスマホと距離を置く

心理学には「行動療法」という効果的な方法があります。気がつけばSNSを見てしまうなど、スマホ依存気味になっている人は、スマホから離れる時間を意識的にとることも重要になってきます。つねにスマホを触っていないと不安になってしまう人は、1日のうち数十分から数時間でもよいので、電源を切り、スマホを見ない時間帯をつくってみましょう。はじめのうちは、スマホに触りたい気持ちを我慢できなくなってしまうかもしれませんが、そういった時間を意識的に設けることで、「スマホに依存している自分」を客観的に見つめられるようになります。

スマホを見ていない間に友達や家族からの連絡がないか気になってしまう人は、周囲の人たちにあらかじめ「この時間帯はスマホを見ないようにしています」と宣言しておくこともおすすめです。

 
メンタルヘルスを整え、他者ではなく自分を軸にした判断をおこなうようにし、できるだけスマホに依存せずに生活する。こういった姿勢を心がけていれば、目の前の情報が自分にとって必要なものかどうか、脳が自然と適切に判断してくれます。次々と現れる情報にただ振り回されるのではなく、情報は自分自身が主体的にコントロールするもの、という意識を持っておくことが大切です。

CREDIT
取材・文:HELiCO編集部+ノオト イラスト:マコカワイ
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