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自分と相手を尊重するための「性的同意」と「境界線」

「同意」という言葉を、最近よく耳にしませんか。セックスはもちろん、ハグ、キス、手をつなぐなどの行為にも、お互いがそれを望んでいるかの確認である「性的同意」をとる必要があります。2023年刑法改正によって施行された「不同意性交等罪」という性犯罪の加害者にならないためにも、同意の意味を正しく理解しましょう。

とはいえ、性的シーンにおいて同意をどうとるのかよくわからないという人も多いのでは。本記事では、性的同意の考え方や実践法、家庭ではどう教えるのかなどについて解説します。

教えてくれるのは…
櫻井 裕子さん
さくらい助産院 助産師・思春期保健相談士

大学病院産科や産婦人科医院などでキャリアを積み、助産院を開業、産前産後ケアや看護専門学校の非常勤講師なども務めるかたわら、小中学校や大学、保護者向けの性教育講演を年間100回以上行っている。また自身のブログでは、メールや電話番号を公開して思春期の子どもたちからの性の相談も受けている。近著に『10代のための性の世界の歩き方』(時事通信社)がある。
Blog:https://ameblo.jp/sannba-sakurai/

性的同意ってどういうこと?

性的同意とは、性的な行為に対するお互いの気持ちを確認し合うことをいいます。性的な行為とはキスやセックスだけでなく、体に触れる、手をつなぐ、ハグなどの身体接触や親密な触れ合いが含まれます。相手と触れ合いたいと思ったら自分の意思を伝え、相手はどう思っているのか気持ちを確かめて「同意」を得ることがとても大切です。

性的同意には大切な3つのポイントがあります。

非強制性:NOと言える環境が整っていますか?

脅されていたり、お酒に酔っていたりして抵抗できない状況にあるときや、驚いてフリーズしてしまったケースなどでは同意を示したことにはなりません。

対等性:対等な関係での同意ですか?

地位や力関係により相手がNOと言えない状況にありませんか。イヤなことをイヤと言える関係が対等な関係です。上の立場にいる人は十分な配慮が必要です。

非継続性:行為の一つひとつに同意が必要

相手が自宅に招いてくれたから触れてよい、キスに同意したからといってその先までOKということにはなりません。また、途中で気持ちが変わってもその気持ちは尊重されます。

「NO」を伝えることも大切

相手が親しみをもって行った行為だとしても、あなたがイヤだと思ったら「やめてほしい」と言ってもよく、不安や不快に思ったら「今日はその気分ではない」「そこまでは進みたくない」と伝えてもいい。「NO」を伝えることはとても大切です。また、同意のない性的言動は性暴力です。イヤと言えない状況で性暴力被害にあった場合、被害者に非はありません(*)

(*)2023年に刑法改正があり不同意性交等罪が新設されました。同意がない性交などは犯罪になり得ます。暴力・脅迫、アルコール・薬物摂取、拒絶するいとまを与えない、恐怖・驚がくさせる、虐待、地位利用などにより、被害者が同意を表明するのが困難な状態で性交するなどした場合は処罰対象になります。

櫻井さん

相手のことをよく知らないまま、SNSで知り合った人などと性的な行為に及ぶことは、とてもリスクが大きい行為です。お酒や薬物を利用した性犯罪も起きています。人を好きになるのは素敵なことですが、相手がどんな人かわかるようになるまでは性的関係に進むことを避けて、じっくり時間をかけてコミュニケーションをとってほしいと思います。

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自分や大切な人を守る!性犯罪に関する法律の最新事情

同意のベースにある考え方「からだの自己決定権」とは

私たちは誰でも「からだの自己決定権」を持っています。

自分の体を、いつ・どこで・誰に見せたり触らせたりするか、またはそうさせないかは、自分で決められるのです。イヤだと感じたらNOと言う権利があります。「空気を壊すから」「夫婦だから」「つき合っているのだからしょうがない」などと思う必要はありません。

性的行為を「したいか」「したくないか」は自分で決めていいし、相手にも決める権利があることを理解しましょう。

櫻井さん

性的同意の基本はコミュニケーションです。友達に『消しゴムを貸して』と言って、相手が何も言わないうちに奪って使うことはまずしませんよね。消しゴムを勝手に使っただけでは罪に問われないかもしれませんが、少なくとも相手の信頼を失ってしまうはず。人の体に触るならやはり『手続き』は必要なのだと意識しましょう。

「私のからだは私のもの」であると同様に「私の心は私のもの」です。「こう感じてはいけない」ということはありません。楽しい、うれしいだけでなく、悲しい、さびしい、腹が立つという気持ちも大切にしましょう。我慢せずに相手に伝えてみるようにしましょう。

性的同意のとり方は? どんなときに必要?

体に触れる前に、2人が「したい」と思っていることが同意のルールです。つまり、相手に触れたいと思ったら相手が積極的なYESを示しているかどうか、確認することが大事です。たとえば「家に誘ったらついて来た。セックスしていいってことだよね?」と決めつけないこと。相手は「キスはしたいと思ったけど、体には触られたくない」と考えているかもしれません。

自分の正直な気持ちを伝えること、相手の気持ちを聞くことの両方が大切です。相手は言葉で表現するのが苦手で、仕草や態度に現れていることもあるかもしれません。

相手が「NO」を言いやすいように時間を十分とったり、「どっちがいい?」「自分はしたいけどあなたはどう?」「いま決められなかったら保留にしようか」「今日はイヤならいいよ」と伝えることもコミュニケーションのひとつです。

櫻井さん

『イヤよイヤよも、好きのうち』なんて真っ赤な嘘です。私は『イヤよイヤよは、まじでイヤ』と講演で繰り返し伝えています。YESと言わないならすべて『NO』です。黙っているときも『NO』です。また、相手のお願いを断ると『空気を壊す』というのは思い込み。行為の途中でも、イヤならイヤといってもいいのです。

NOと言われても落ち込まないで。こんなふうに考えてみよう!

□自分がしたいことが相手もしたいとは限らない
□性的な触れ合いや会話が苦手な人もいる
□恋愛や性への興味がある人もいれば、ない人もいる
□多様な価値観がある、そこに良い悪いはない
□性のあり方は自由、その人が決めていい

国内で試験的に薬局での販売が始まった「緊急避妊薬」

性的同意をとらない性行為やパートナーが避妊に協力しないなどの性暴力によって、妊娠の心配があるとき、またコンドームの脱落や破損による「意図しない妊娠」を防ぎたいときに知っておくと役立つ知識があります。それは、妊娠を回避する手段である「緊急避妊薬(=アフターピル )」のこと。緊急避妊薬は性行為から72時間以内に服用すれば、妊娠を一定程度防ぐことができる薬剤です。しかも服用が早ければ早いほど妊娠阻止率が上がります。

日本では、医師の処方なしで緊急避妊薬を販売することは認められていません。しかし、海外には薬局で購入可能な国もあり、意図せぬ妊娠に対する選択肢の一つとして「緊急避妊薬へのアクセスを改善してほしい」という声が高まっていました。現在、医師の処方がなくても適正に利用できる仕組みを検討するため、一部の薬局で試験的に販売する調査研究が始まっています(令和6年1月時点で145薬局)。

▼販売している薬局について(日本薬剤師会)
https://www.pharmacy-ec-trial.jp

櫻井さんに聞く、性的同意こんなときどうする?

Q.あとからイヤだと言われても……それってルール違反じゃない?

櫻井さんの回答

学校の性教育講演に出向いて性的同意の話をすると、主に男子から『最初はOKと言ったのに、あとからイヤだったと言われたら、自分が加害者になってしまう。どうしたら防げますか?』という質問が出ます。

 
性的興奮を覚えてからのスピードには個人差があって、イヤだと思っても相手を止められなくなってしまうこともあるでしょう。とても難しい質問ですが、私の答えは『その都度、対話を重ねるしかない』です。性的な行為に入ってからでは聞きにくい、言いにくい状況もあり得ます。普段からコミュニケーションをとっておくようにするのが大切です。

 
カップルで話し合って『ムリって思ったらこうしよう』という合図やセーフワード(合言葉)を決めておくといいですね。相手が合図やセーフワードを出したら行為をやめるという約束事をしておくのです。ルールがあると安心でき、お互いにイヤな気分にならずに済むのではないでしょうか。

つき合っている人と話し合っておくとよいこと

  • つき合っていくうえで心配なことはある?
  • ハグしたい? キスしたい? セックスまでしたい?
  • お互いが望むペースが違うときはゆっくりなほうにペースを合わせよう
  • セックスをするなら、避妊法や性感染症について一緒に確認しよう

Q.「いちいち言葉で同意をとるなんて窮屈じゃない?」

櫻井さんの回答

私は助産師として、育児中の方の自宅に伺って赤ちゃんの体重を測ることがあります。赤ちゃんの衣服を脱がせることになったら『失礼します、脱がせますね』と声をかけるようにしています。相手が赤ちゃんで同意をとれないとしても、です。

誰に対しても、いつでも同意の手続きを踏むことが習慣になっていれば、性的な場面で同意をとることも煩わしいと感じなくなると思うのです。相手がどんな人であろうと、相手の体と心を尊重して接することが大切ですよね。

Q.「好きだからNOと言えない。イヤといったら嫌われるんじゃ……?」

櫻井さんの回答

『彼にオーラルセックスを求められるのが本当はイヤ。だけど、彼をつなぎとめるために、応じなくちゃいけないと思う』と複雑な胸中を話してくれる子もいます。また同性カップルの場合、異性カップルに比べると相手を見つけるのが簡単ではないので、恋人を失いたくないあまりに相手が好む性的行為を我慢して受け入れているという人もいます。

彼ら彼女らが悩みながらした選択を、他人が否定することはできません。でも私は、性的行為に積極的なほうが相手の『YES』をちゃんと聞きとるのが性的同意の大前提だと思います。2人にとって心地よいペースで進んでいくことが大切です。

あわせて知りたいバウンダリー(境界線)のこと

バウンダリーとは「境界線」を意味する言葉。目には見えないけれど、人それぞれが感じている「大丈夫」と「大丈夫でない」の境界線のことです。透明なバリアのようなもので、どんなに仲のよい間柄でも勝手に超えることはできません。親子でも境界線を確認する必要があります。

初めて会った人とのハグを抵抗なくできる人もいれば、不快に思う人もいます。勝手に自分の持ち物を触られたり、スマホを見られたりしてイヤな気持ちになることもあります。食事のとき隣に座りたいか、対面で座りたいかなどを含めて、どこまでがOKでどこからNGかは人それぞれであり、その人なりの安心や安全と考える線引きがあることを意識しましょう。境界線を意識することは、自分のことも相手のことも尊重して大切にすることです。

個人の安心や安全を守るための境界線は大きく3つに分けられます。

体や持ち物を守る境界線

体や持ち物、パーソナルスペース(人との距離感)なども含まれます。特にプライベートゾーンは勝手に触っていいところではありません。個室も他人が勝手に入ってはいけないスペースです。体型や外見のことをあれこれ言うのも、境界線を踏み越えています。

心を守る境界線

自分の気持ちや考え方の境界線です。イヤだと言ったのに聞いてもらえなかったり、価値観を押しつけられたりするとモヤっとしたり、不快に感じたりします。その気持ちを大事にしましょう。

社会で守る境界線

みんなが守ることで安心・安全が守られるマナーや交通ルール、スポーツのルールや法律なども境界線の一種です。

境界線(バウンダリー)は他人からは見えないからこそ、「手をつないでいい?」「貸してもらえる?」「一緒に〇〇しない?」などと相手に聞いてから行動する必要があります。逆に、境界線を超えられてイヤだなと思ったときは、相手に気持ちを伝えてみましょう。イヤだと言い出しにくいときはその場を離れたり距離を置いたりするのもひとつの方法です。

「好きなら応じて当たり前」は「デートDV」かも

デートDVは恋人間で起こる暴力のこと。相手の束縛を愛情と勘違いしてしまうこともありますが、恋人の行動をチェックしたり、好みに合わせるように強要したり、交友関係を制限したりすることは「暴力」です。心、考え方、行動すべてがその人自身のものであり、デートDVは境界線が守られていない状況です。

家庭での同意教育、どうしたらいい?

この行為はYESなのか、NOなのか――。それがわかるためには、「子どもがまず家庭のなかで、心地よい触れ合いとは何かを知ることが大切」と櫻井さん。

櫻井さん

子ども時代に自分の気持ちを置いてけぼりにしてしまう経験を重ねていると、拒絶することはおろか、自分の気持ちを言語化するのが苦手になってしまう傾向があるという研究もあるそうです。NOを言ったり、怒ったりすることができないと誰かの悪意につけ込まれてしまうかもしれません。感情的になることを我慢せずに、すべての感情は持ってよく、表現してもいいのだと知ることが大切です。そうなれるように大人も気をつけていきたいですね。

 
たとえば、家族での外出に誘うときには『今日は行きたい? 行きたくない?』と聞くことなど、練習の機会は日常のなかにたくさんあります。

友達やきょうだい間でおもちゃの取り合いが起きたときも同意を教えるチャンス。「ダメよ、譲ってあげなさい」と叱ってしまいがちですが、大人がジャッジするのではなく、2人の間で同意をとり合う練習ができるとベター。

「おもちゃを貸して?」に対して「貸したくない」でも「貸すけど10数えたら返して」でも「貸すよ」でも、どんな選択でもよいことや、自分の希望を伝えることが許され尊重されることを体験することが大切です。一方、NOと言われたほうは、自分の望んだ結果にならないことも当然あるという経験を積み重ねていくことです。

櫻井さん

親子間は感情がぶつかりやすいので、お互いイライラしている状況で丁寧に接するのは難しいかもしれません。普段の何気ない生活のなかで同意をとることを経験し練習し、当たり前のようにできるようになっていくと理想的です。

 
もちろん、大人も失敗することがありますから、そんな時は『ごめん、いま、同意をとらなかったね』と謝るのも重要だと思います。大人のその態度は子どもたちにとって『安心』だし『救い』です。安心は同意の大切な条件です。気持ちを話しても叱られたりしない、受け入れられると信じられる環境があることが重要です。

 
親や上のきょうだいの発言は絶対だから、言うことを聞かないといけないというような状況では、同意を学ぶのは難しくなります。感情を押し殺すことなく、YESもNOも安心して言い合える環境になっているかどうか、考えてみましょう。

参考文献

『私の心は私のもの私のからだは私のもの「同意」を考えよう』(汐文社)
『10代のための性の世界の歩き方』(時事通信社)

CREDIT
取材・文:及川夕子 編集:HELiCO編集部+ノオト イラスト:星野ちいこ
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