1

声優・日髙のり子さんに聞く「喉ケア」、体と声のつながり

咳が出るのは、空気の乾燥や風邪が原因だと思い込んでいませんか? じつは意外な病気が潜んでいるケースもあるのです。

『となりのトトロ』のサツキ役から、NHK「あさイチ」のナレーター、「ETCカードを挿入してください」の音声案内まで。日本で暮らす人なら誰もがどこかでその「声」を耳にしているはずのベテラン声優・日髙のり子さんもまた、咳がきっかけで思いがけない病気が見つかった一人。

仕事柄、自身の声と喉について、人一倍向き合いながらキャリアと年齢を重ねてきた日髙さんが、試行錯誤の末にたどり着いた喉ケア方法とは? 体と声のつながりを実感した出来事、そしてメンテナンスの重要性についてお聞きしました。

日髙のり子さん

声優、俳優、ラジオパーソナリティ。代表作は『タッチ』浅倉南、『となりのトトロ』草壁サツキ、他多数。「あさイチ」(NHK)、「ミライ☆モンスター」(フジテレビ)などのテレビ番組、CM、ETC車載器など幅広い分野でその声を届けている。2024年には声優デビュー40周年を迎え、完全新作アニメ『らんま1/2』で再びヒロイン天道あかねを演じた。
 
HP:https://norikohidaka.com/

「のど飴を舐めるくらい」 ケアに無頓着だった20代

―20代で声優デビューを果たして以来、『タッチ』の浅倉南役や『となりのトトロ』のサツキ役など、人気アニメに多数出演されてきた日髙さんですが、喉や声のケアはどんなことをされていましたか。

日髙さん

20代前半はヒロイン役を演じることが多かったのですが、じつは喉や声のケアはまったくしていませんでした。たくさん声を出して、喉がちょっと痛いなと感じたら、のど飴を舐めるくらいでしたね。
 
20代後半になって少年役を演じる機会が増えると、喉に負担がかかるようになり、不調なときだけ耳鼻咽喉科に通っていました。といっても特別な治療をするわけでもなく、そこで処方された喉の腫れを落ち着かせるお薬を飲んで、あとは自然に治るのを待つだけ。声優としての自覚が足りていなかった20代の頃は、ケアといってもその程度でしたね。

―ナレーションや洋画の吹き替えなど、活躍の幅が広がった30代以降はいかがでしたか。

日髙さん

喉の不調について本格的に考えるようになったのは30代からです。少年役の声の仕事が増えて、無理に声を出しすぎた結果、声帯結節(声帯の酷使によってしこりができる病気)を患ってしまったんです。
 
ところが、ちょうどその時期に出産のタイミングが重なったため、1か月ほどお仕事を休んだところ自然に治っていました。声を出さなかったことが、喉の休養につながったのだと思います。
 
そんな偶然が重なった結果、私は喉を守るケアよりも、声を出すためのトレーニングに頭を使うようになりました。ボイストレーナーの先生のもとに通い、「喉の筋肉だけでなく、体全体を楽器と考えて筋力をつけて」という指導を受けて発声トレーニングに力を入れ、さらに喉のメンテナンスには鍼灸がいいと聞いて鍼灸治療にも通うように。結果としては、そのおかげでどんどん声が出せる幅が広がっていきました。
 
声優は、立ち止まった状態で喜怒哀楽の声を表現することが仕事です。ノイズを出さないように体全体をほぼ停止させたまま、怒ったり泣いたり笑ったりといった感情を声で表す。そうすると、どうしても体のどこかに負荷がかかってしまうんです。私の場合はそれが肩、首周り、後頭部に出ていて、凝りがひどかった。そこをほぐしてもらえたおかげで、声を出しやすくなりました。
 
体が健康じゃないと、いい声も出せない。30代後半から40代は、そのことをあらためて自覚する時期でした。

咳がきっかけで、逆流性食道炎と診断

―声優としてのキャリアの前半戦は、ケアよりもトレーニングやメンテナンスで不調を乗り越えてこられたのですね。その後は、どんな風にご自身の声を守る工夫を?

日髙さん

還暦を迎える少し前に「逆流性食道炎」と診断されたことが、私にとって喉のケアに向き合う大きな転機になりました。
 
なんだか喉が渇きやすいし、咳も続く。声も枯れやすくなった。50代の終わり頃にそんな症状がしばらく続いたのですが、空気が乾燥している季節に喉が渇くのは当たり前だし、年齢的な不調もあるのだろうと私は勝手に思い込んでいたんですね。
 
それに、声優という仕事柄、「健康なときと同じように聞こえる声を出す方法」なども身につけていましたから、収録現場ではテクニックで補える部分も大きかったのです。
 
でも、いつまで経っても症状が良くならないため、専門医に一度診てもらおうと考えて受診したところ、喉にカメラを入れてすぐに「逆流性食道炎ですね」と診断されて驚きました。

日髙さん

そこで初めて、声帯まわりの筋肉までもが胃酸でただれていたことを知らされました。
 
私が、鎖骨と鎖骨の間を指して「このあたりが乾燥している」と先生に話したところ、「声帯があるのはもっと上、顎に近いところです。あなたが渇きを感じているのは食道ですね」と言われて驚きました。

―逆流性食道炎は、胃酸や消化途中の食べ物が食道に逆流して炎症を起こす病気です。胃酸が食道より上の喉の粘膜にまでせり上がっていたのですね。

日髙さん

たしかに、指摘されて思い当たることはいくつかありました。水を飲んだ後に、コポンと水が喉元に戻ってくるような感覚があったことも、逆流性食道炎の症状だったのだと思います。
 
ただ、痛みなどはまったくなかったので、そこまで深刻なものだとは思っていなかったんです。

―その後はどのような治療をされましたか?

日髙さん

逆流性食道炎の治療薬のほかに、喉の潤いを保つ漢方薬の「麦門冬湯(バクモンドウトウ)」も処方されました。あとは、こまめな水分補給。大量にガブガブ飲むのではなく、喉の渇きを感じたときに少量ずつコクコク飲むようになりました。水分補給以外にも、喉の状態を良くするために、はちみつを入れた紅茶を飲んだり、トローチを舐めたりするように意識しましたね。
 
それから生理食塩水の吸入を1日に数回行うように、とも医師から勧められました。
 
とくに私のような声を使う仕事をしている人は、「1日に5~6回は生理食塩水を吸入して、喉を潤してください」と言われたので実践したところ、驚くほど効き目があり、声の出が断然よくなりましたね。

日髙さん

最初は処方された生理食塩水を使っていましたが、治療が終わったときに「あとは水道水に自然塩を1%濃度で入れたものをペットボトルに入れてご自分でつくってOKですよ」と教えてもらったので、自宅でつくって吸入しています。
 
おかげで逆流性食道炎はしばらくすると完治しましたが、この経験が自分の体と声を見直すいいきっかけになりました。
 
なぜなら、喉に潤いが戻ってからは、とても自然に声が出せるようになったからです。それまでは「もう自分の体は古い道具なのだから、工夫しなきゃ」と思っていましたが、素直に声を出せるようになってからは、いままでは無理に声を出すために変な発声のクセをつけていたことがわかったんですね。だから調子がよくなったことで、むしろそのクセを直すのに苦労しました。

治療のその後のメンテナンスが大事

―心身のコンディションを整えることで、声という表現手段の魅力が最大化されるのですね。最近は自然に声を出すために、どんなことをされていますか。

日髙さん

最近は調子が悪くなってからではなく、普段の生活のなかでも体を整えることを常に心がけています。ボイストレーニングと並行して、いまは鍼灸、マッサージ、漢方薬を日常に取り入れるようになりました。
 
ボイストレーナーの先生がマッサージもお上手な方で、練習中に肩をちょっとほぐしてもらうだけで声がバーンと出るようになるんですね。私にとってはそれだけでも十分だと思ったのですが、「あなたの凝りは何層にもなっているから、もっとじっくりほぐさないとダメ。ちゃんと専門のところに通いなさい」と言われたため、鍼灸院にも通っています。
 
また、麦門冬湯とは違うのですが、オーダーメイド処方してもらった漢方薬を飲み始めてからは、自分でも驚くくらい心身が変わったんですよ。
 
それまではとにかく疲れやすかったし、ちょっとしたことでもすぐ落ち込むタイプだったのですが、いまはそういうことが本当に少なくなりましたね。胃の調子が良くなったおかげで、食欲もきちんと湧いてくるようになった。寝付きが良くなり、冷え性も改善されました。体が元気になったおかげで、性格もポジティブに変わった気がします。

日髙さん

漢方による体質改善ですから、変化が出るまで数か月ほどかかりますが、「年齢や更年期のせいだから不調は仕方ない」と諦めている人は、自分に合う方法を探してみるといいかもしれません。私の場合はたまたま鍼灸や漢方薬でしたが、ビタミン剤やサプリで変化が現れる人もいるかもしないですね。
 
そのあたりは人それぞれの不調によって違ってくるものなので、やはり専門のお医者様に相談するのがいいと思います。

元気になると、幸せ指数も上がります

―悪化してからの対症療法ではなく、長期的な視点で自分の体のメンテナンスを行うことが重要なのかもしれませんね。

日髙さん

本当にそうですね。私が若い頃は、「風邪を引いた? 気合いで治せ!」と先輩に叱られる時代でしたから(笑)。
 
それも一概に間違いではなくて、「この現場だけ気を張って頑張れば、なんとか乗り切れる」という場面はたしかにあるんですよ。ただ、それはやっぱり一時しのぎであって、治療やケアにはならないんですよね。一時的にしのいだ後に、ちゃんと自分の体に目を向けないと。
 
疲れやすくなった、食欲がない、冷えが悪化している。そういう自分の心身で起きている小さな変化を見落とさずに、向き合っていく。年齢を重ねてきたからこそ、そうすることの大切さがわかるようになった気がします。

―大人になっていくほどに、自分の疲れや痛みに鈍感になってしまうことはありますからね。

日髙さん

そうそう、首や肩が岩のようにガチガチに凝って鍼が通らないほどだったのに、自分では「これが普通」と思い込んでいた過去の私のような例は珍しくありませんから。
 
だから、まずはきちんと病院などで治療する。それからリハビリやメンテナンスを続けていく。この両方をセットで継続することが大事なんだと思います。
 
私は元気になれたことで、「私の体、まだまだ頑張れるんだ!」と自信を取り戻せましたし、幸せ指数が確実に上がった気がしています。

CREDIT
取材・文:阿部花恵 写真:栃久保誠 編集:HELiCO編集部+ノオト
1

この記事をシェアする

関連キーワード

HELiCOとは?

『HELiCO』の運営は、アイセイ薬局が行っています。

健康を描くのに必要なのは「薬」だけではありません。だから、わたしたちは、調剤薬局企業でありながら、健康情報発信も積極的に行っています。

HELiCOをもっと知る

Member

HELiCOの最新トピックや新着記事、お得なキャンペーンの情報について、いち早くメールマガジンでお届けします。
また、お気に入り記事をストックすることもできます。

メンバー登録する

Official SNS

新着記事のお知らせだけでなく、各SNS限定コンテンツも配信!