喜び、悲しみ、怒り、不安など、私たちの心を動かす感情にはさまざまな種類があります。感情とはそもそも何なのでしょうか。そして、どんなときに私たちは不安な感情を抱くのでしょうか。感情、そして不安の正体を知り、上手につき合うための方法を解説します。
- 教えてくれるのは…
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- 高井 祐子先生
- 神戸心理療法センター代表
公認心理師。臨床心理士。アンガーマネジメントファシリテーター。2010 年より神戸心理療法センター代表。主に、認知行動療法、マインドフルネスを用いて完全予約制にて個人心理療法を行う。2020 年よりオンラインカウンセリングを開始。日本全国のみならず海外からも相談が寄せられている。著書に『認知行動療法で「なりたい自分」になる スッキリマインドのためのセルフケアワーク』(創元社)、『「自分の感情」の整えかた・切り替えかた モヤモヤがスッキリ!に変わるセルフケア 85』(大和出版)がある。
感情の正体をひもとく
喜んだり、悲しんだり、怒ったり……私たちはさまざまな感情を抱えながら、日々を過ごしています。「不安」も、そんな感情の一種。不安について考える前に、感情とは何かを知っておきましょう。
目の前の出来事が、命に関わるかどうかを判断する「原始的感情」
心理学では、何かを見たり聞いたりしたときに生じる脳の反応を「感情」と呼びます。
見聞きしたことに対して反応するとき、ヒトの脳はまず、「その出来事が自身の命に関わることであるかどうか」を瞬時に判断します。このとき、最初に感じる感情を「原始的感情」といいます。生まれたばかりの赤ちゃんも、原始的感情を感じています。
原始的感情には、「喜び」や「安心」といったポジティブな感情ももちろんありますが、どちらかというと危険に対するアラートとなる「不安」「痛い」「怖い」といったネガティブな感情を察知することが多いようです。
認知から生まれる感情とは
原始的感情が発展すると、人は体験や記憶を重ね、「認知」により「感情」をつくるようになります。認知とは、体験した刺激や出来事に対して、自分が行う意味づけのこと。
見聞きしたことをどのように自分が解釈するのかによって、感情は変わります。同じことを体験しても「悲しい」と感じる人もいれば、「許せない」と思う人もいます。こうした感情の違いがうまれるのは、人により出来事に付加する意味が異なるからです。
たとえば、大切な相手と遊びに行く約束をずいぶん前からしていたのに、相手に急な仕事が入ったため、直前にキャンセルされてしまいました。そのとき、あなたはまず、相手が自分との約束よりも仕事を優先したことに対して、寂しさを感じるのではないでしょうか。
しかしその後、「ずっと前から約束していたのに、ひどい!」というように、「怒り」を感じるかもしれません。怒りを感じる背景には、原始的感情である「寂しさ」「悲しさ」「悔しさ」などがじつは潜んでいるのです。
なぜ不安を感じるの? 感情と不安のメカニズム
原始的感情は、脳の「扁桃体」という場所で感じています。扁桃体には、見聞きした情報が自身の命に関わるものかどうかを、意識に上がる前に一瞬で評価する働きがあります。
受け取った情報を扁桃体が「危険」と判断すると、脳の「視床下部」からストレスホルモンが分泌されます。その結果、血圧や心拍数が上がったり、筋肉が緊張したりといった自律神経の反応のほか、交感神経の緊張が起こり、動悸や手足の震え、発汗、吐き気といった身体症状が現れることがあります。そして、その後に「恐怖」や「不安」などの感情が発生します。
不安を感じること自体は、自然なことです。不安を感じても、すぐに吹っ切れたり、気持ちを切り替えたりできているのなら、なんら問題はありません。しかし、不安の感情に埋もれてしまうようなことがある場合は、注意が必要かもしれません。
じつは、脳は現実と想像とを判別することができません。そのため、不安の感情が強くなると、すべてのことに不安を感じる「不安の世界」にとらわれてしまい、外に出かけることが難しくなったり、ひどくなると食べ物を口にすることすらできなくなってしまったりすることがあります。心身に影響が出ているような場合は、一人で抱え込まず、医療機関や専門家に相談することが大切です。
感情をコントロールする、前頭前野を鍛えよう
不安を感じすぎると心がつらくなってしまいますが、反対に感じなさすぎても命の危険に気づけず、安全に生きられなくなってしまいます。そこで大切になってくるのが、感情のコントロールです。強い不安を感じても、感情をコントロールできれば過剰に心配する必要はなくなります。
感情をコントロールするのは、脳の「前頭前野」の役割です。前頭前野はおでこの裏あたりにある部位で、理性的で客観的な思考をつかさどっています。不安や緊張を感じる扁桃体をうまくコントロールして、冷静な判断ができるのは、前頭前野が働いているからです。
この前頭前野を鍛えるためにおすすめなのが、思考をノートに書き出す方法です。頭のなかで考えているだけでは、考えが堂々巡りになったり、想像が膨らんだりして不安が強くなってしまいがち。
そこで、書き出して客観視することで前頭前野が刺激され、不安などのネガティブな感情を適度に抑えやすくなります。続けていくうちに、自分の考え方のクセにも気づけるというメリットもあります。
受け入れる、変える、心の声を聞く……不安と上手につき合う方法
ノートに書き出す以外に、感情をコントロールして不安と上手につき合うための方法を、いくつかご紹介します。
不安な感情もありのままに受け入れ、心を落ち着ける「マインドフルネス」
マインドフルネスとは、自分の感情や心の動き、体の感覚を受け入れて、心を落ち着けることです。
もし不安が湧き上がってきても、その感情を消そうとせず、ありのままに受け入れ、瞑想などをして考えを深めます。すると前頭前野が活性化し、不安な気持ちが徐々に落ち着いていきます。
たとえば、仕事で異動があり、「新しい部署でうまくやっていけるだろうか」と不安な気持ちになっているとき、不安という感情がいま抱く感情として正しいか間違っているかをジャッジせず、「まずはその感情をありのまま受け入れましょう」というのが、マインドフルネスの考え方です。
楽な姿勢で目を閉じて、自分の内側に意識を集中させます。これら一連の流れを何度か繰り返すと、心の平穏を徐々に取り戻せるでしょう。
心の動きに気づき、考えを変える「認知行動療法」
認知行動療法とは、自分の心の動きを知り、考えを変える方法のことです。
目の前の感情にフォーカスしすぎず、広い視野で自分自身を俯瞰して、状態の確認や整理、言語化をしていくと自分の置かれている状況がわかり、行動や考え方を変えようとすることができます。
先ほどの例と同じく、仕事の異動により不安を感じているとき、「上司は自分を評価して、新たなチャレンジをさせてくれているのかも」と違った視点の考え方をしてみたり、「一人で不安を抱えず、同僚に相談しよう」と新しい方向性を取り入れてみたり、自分のいまの考えを意識(認知)したうえで変えようとするのが、認知行動療法のポイントです。
マインドフルネスと認知行動療法、どちらのアプローチが不安の解消に役立つのかは人それぞれです。まずは両方やってみて、自分がしっくりくるほうを選ぶとよいでしょう。
「心のなかの独り言」に耳を傾けて
「自分との対話」も有効です。不安の原因についてとことん考え、心のなかの独り言に耳を傾ける=自分と向き合うと、いま気になっているネガティブな感情を軽くできる方法にふと気づけることがあるかもしれません。もしも不安を軽減できたら、そのアイデアをきちんとメモしておきましょう。再び同じような状況に陥ったとき、参考にすることができます。
また、感情にのまれやすい人は、「不安ちゃん」や「心配くん」のように、感情に名前をつけて擬人化する方法もおすすめです。感情を自分と切り離して捉えやすくなります。そうすると、不安な気持ちが強くなってきたときにも、「不安ちゃんがまたやってきたぞ」と、客観的に感情と向き合うことができ、のまれにくくなります。
そして、意外に重要なのが「よいイメージを持つこと」。先述のとおり、脳は現実と自分の想像を判別することができません。そのため、よいイメージを持つと脳が安心し、不安をかき立てていた感情がおさまりやすくなるのです。このこともぜひ覚えておいてください。
脳は複雑な処理ができる一方、その特性を知ればコントロールできる器官でもあります。あふれ出す感情におぼれたり、すぐに決めつけたりせず、上手にコントロールをすることで、不安とつき合っていきましょう。