甲状腺の病気は、20代から50代の女性に多いといわれています。なかでも「バセドウ病」や「橋本病」は、女性に圧倒的に多い要注意の甲状腺疾患です。甲状腺疾患によってあらわれる症状は、だるさ、無気力、むくみ、生理不順といったほかの病気でも起こるようなありふれたものなので、発病に気づかないケースも少なくありません。
一方で甲状腺の病気は、診断がつき、治療をきちんと受ければ元気になれるものでもあります。そこで今回は、知っておきたい甲状腺疾患の種類や症状の特徴、検査の受け方などについて、医師の山田惠美子先生に解説していただきました。
- 教えてくれるのは…
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- 山田 惠美子先生
- 金地病院 院長
日本内科学会総合認定医、日本甲状腺学会専門医。1975年、東京女子医科大学卒業後、同大学病院内分泌科入局。91年より現職。同院は2004年に日本甲状腺学会認定専門医施設、09年に内分泌・甲状腺外科専門医制度認定施設に認定。著書に『よくわかる甲状腺疾患のすべて』(永井書店)、『甲状腺の病気』(PHP研究所)などがある。
そもそも甲状腺って、どんな働きをするの?
甲状腺は、のどぼとけのすぐ下にあり、正面から見ると蝶が羽を広げたような形をしている臓器です。長さ4cm、厚さ1cmほどの小さなサイズですが、人が健やかに生きていくために欠かせない「甲状腺ホルモン」をつくる働きをしています。
甲状腺ホルモンは、簡単にいうと「体を元気にするホルモン」です。胎児や小児のうちから、体の発育や知的な発達にかかわり、大人になってからは、脳、心臓、消化管、骨、皮膚など全身の臓器や細胞などの新陳代謝を活発にするほか、交感神経を刺激して脈拍、体温、血圧を上げる働きもあります。
女性ホルモンの分泌は変動したり、更年期以降に減少したりしますが、甲状腺ホルモンは多すぎたり少なすぎたりしないように、生涯にわたり一定量が分泌され続けます。
通常、甲状腺は柔らかくて確認できませんが、病気になり腫れてくると外側から触ってわかるようになります。
長引く不調は、甲状腺ホルモンの分泌異常が原因かも
甲状腺は、海藻などに多く含まれる「ヨウ素」を材料にして、甲状腺ホルモンをつくります。その分泌量はだいたい一定に保たれていますが、病気になり甲状腺ホルモンのバランスが崩れるとさまざまな症状が発現します。
甲状腺ホルモンが多すぎる場合の症状:甲状腺機能亢進(こうしん)
- 暑がり/発汗増加、微熱が続く
- イライラ感、疲れやすい、頻脈、息切れ、不眠
- 甲状腺がびまん性に腫大、むくみ、皮膚のかゆみ
- 眼球が出てくる、手指が震える、口が渇く、髪の毛が抜ける、下痢、筋力の低下
- 生理不順、月経過少など
- 食欲増加または低下、体重減少(一部増加)など
甲状腺ホルモンが少なすぎる場合の症状:甲状腺機能低下
- 寒がり/発汗減少、まぶたのむくみ
- 動作緩慢、疲れやすい、眠い、無気力
- 体重増加、記憶力低下、筋力低下、便秘
- 甲状腺が腫れる、声枯れ、皮膚の乾燥、髪の毛が抜ける
- 無排卵、無月経、月経過多、不妊、流産など
甲状腺ホルモンの分泌異常が起こると全身に多種多様な症状が現れるため、「いつも調子が悪い」「不調が長引く」という状態になります。うつ病や自律神経失調症、女性の更年期症状と間違われることも珍しくありません。そのため、原因がわからずたくさんの診療科を渡り歩く「ドクターショッピング」を繰り返してしまうことも。
代表的な甲状腺の病気とその特徴
甲状腺の病気はたくさんの種類があり、子どもから高齢者まであらゆる年代の人に起こります。ただ総じて男性より女性に圧倒的に多く、それも20代から50代の女性にとても多いことがわかっています。
甲状腺の病気の種類は大きく次の3つに分けられます。
甲状腺機能亢進症(代表例:バセドウ病)
自分の甲状腺を異物とみなす甲状腺自己抗体ができて甲状腺ホルモンの分泌量が増え、全身の代謝が過剰に活発になる。バセドウ病は10代後半から40歳くらいの女性に多い。
甲状腺機能低下症(代表例:橋本病、慢性甲状腺炎)
甲状腺自己抗体が甲状腺の組織を破壊していき、甲状腺に慢性的な炎症が起こり、甲状腺ホルモンが不足した状態が続く。全身の代謝が悪くなり活力や元気がなくなるのが特徴。
※橋本病のすべてが甲状腺機能低下症になるわけではありません。甲状腺機能が正常で、甲状腺の腫れ以外には自覚症状がない場合も多くあります。
男女比はバセドウ病が1:3~5、橋本病が1:20と性差が大きいことも特徴的です。なかでも橋本病は、自覚症状がない人も含めると成人女性の10人から20人に1人、男性の40人の1人と意外に身近な病気なのです。
結節性甲状腺腫
甲状腺に結節(しこり)や腫瘍ができる病気で、腫瘍はがん(悪性)とがんでないもの(良性)に分けられる。健康診断で偶然見つかることや、人間ドック等で受けた胸部のCT検査、PET検査で発見されることがある。
このほか、甲状腺に急な炎症が起こる病気として、出産後2か月から4か月ころに発病することが多い「無痛性甲状腺炎」や、ウイルス感染によってかぜのような症状(発熱やのどの痛み)が起こる「亜急性甲状腺炎」があります。どちらも甲状腺ホルモンが一時的に高めになり症状が現れますが、その後甲状腺機能低下の時期を経て、数か月で自然に正常域に戻ることが多いです。
早めに気づいて! 治療で見違えるほどよくなる
甲状腺の病気はいずれもゆっくり進行し、症状もいわゆる不定愁訴=不調と似ているために気づきにくいのが特徴です。しかし、診断がついて治療をきちんと受ければ、見違えるほど元気になり、仕事、運動、食事、妊娠など健康な人と同じように何でもできるようになります。
一般的な健康診断には、甲状腺に関わる検査項目は含まれていませんが、血液検査のオプション追加で数値を調べてもらうことができます。
妊娠を考えるなら、甲状腺ホルモンチェックは必須!
一般的な不妊治療の外来や妊婦健診では、甲状腺に異常がないか採血して調べることになっています。なぜなら、妊娠中に胎児が正常に成長し発達するためには、甲状腺ホルモンの働きが欠かせないからです。甲状腺ホルモンの分泌に過不足があると不妊、流産、早産、高血圧(妊娠中毒症)の原因になるほか、胎児の成長に影響が及ぶことがあります。
妊娠してから甲状腺の病気がわかった場合でも、治療を続けながら妊娠・出産は可能です。甲状腺機能低下症の状態で出産すると、赤ちゃんの発達に影響を及ぼす場合があります。治療が必要な場合は医師と相談しながら進めていきましょう。
甲状腺機能異常の治療は服薬が中心
甲状腺の病気は、その人の自覚症状や甲状腺の腫れ、血液検査で甲状腺ホルモンの分泌量(正常・亢進・低下)や抗体の有無を調べたり、超音波検査(エコー)を用いたりしながら診断します。
バセドウ病の治療は、薬、アイソトープ治療(放射性ヨウ素入りのカプセル)、甲状腺摘出術(手術)があり、初期治療は主に薬での治療を選択し、甲状腺ホルモンの産生を抑える抗甲状腺薬を内服します。自己抗体の低値が数か月続けば治療終了となりますが、再発もあるのでかかりつけ医と相談しながら治療を進めます。
甲状腺機能低下症や橋本病では、必要であれば不足している量の甲状腺ホルモンを補う薬物療法を行います。その場合、基本的には甲状腺ホルモン剤を一生飲み続ける必要があるのですが、治る場合もあり内服は必要なくなることもあります。
甲状腺の病気は女性にとって身近なものですが、とくに更年期になると、ちょっとした不調を年齢や女性ホルモンのせいにしがちになり、甲状腺の病気を見逃すこともあるので、注意が必要です。気になる症状があれば甲状腺ホルモンの検査を受けてみてください。