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子どもと大人の矯正歯科治療。知っておくべきポイント

よい歯並びは、見た目の印象を良くするだけではなく、口腔内や全身の健康維持にも影響を与えます。しかし、生まれながらに完璧な歯並びや噛み合わせを持つ人はごくわずか。

歯並び改善のために「歯科矯正」を検討するものの、矯正歯科治療の方法や費用の面で、興味はあっても踏み出せない方も多いのではないでしょうか。

本記事では、歯科矯正の仕組みや費用、子どもと大人での注意点や違いなど、矯正歯科治療を始める前に知っておきたいことを解説します。

矯正歯科治療ってなに? 歯が動く仕組みと治療方法

矯正歯科治療とは、悪い歯並びや噛み合わせを整える歯科治療のことです。歯並びや噛み合わせを整えると、長い間自分の歯で過ごせるようになるなど、QOL(生活の質)が高まります。それゆえ、必要に応じて矯正歯科治療を行ったほうがいい場合があります。

歯が動く仕組み

歯科矯正は、装着した専用の矯正装置で力をかけて歯を動かしますが、そもそも、歯はどのような仕組みで動くのでしょうか。

カギとなるのは、歯の根っこ(歯根:しこん)と顎の骨の間にある、歯根膜(しこんまく)という弾力性がある薄い膜です。歯根膜が持つ、「一定の厚さを保とうとする性質」を利用して歯を動かします。

歯に力を加えると圧迫された側の歯根膜が縮み、厚さを保つために周りの顎の骨が歯根膜に吸収されます(イラスト1~3)。一方、反対側の歯根膜が伸びることで、骨と歯の間にはすき間ができ、それを埋めようと新しい骨が形成されます(イラスト3~4)。この一連の流れを繰り返すことで徐々に歯が移動し、きれいな歯並びや噛み合わせに整えられていきます。

歯科矯正の治療方法

続いて、歯科矯正の代表的な3つの治療方法をご紹介します。

1表側矯正(ラビアル矯正)

歯の表側にワイヤーを装着する、一般的によく知られた矯正方法です。ほぼすべての症例に対応可能で、細かい歯の動きをコントロールできます。汚れがついても確認・清掃をしやすいのも特長です。

ワイヤーが目立つことから敬遠されがちでしたが、近年では目立ちにくい色合いのものもあります。矯正歯科治療のなかでは比較的安価で、70万~80万円ほどにおさまることが多いです。

2マウスピース型矯正(アライナー矯正)

透明なマウスピース型矯正装置を、1週間~10日ごとに交換しながら、少しずつ歯を動かす方法です。目立ちにくい、取り外せるので歯のケアがしやすい、痛みや通院回数が少ない、金属アレルギーの人でも装着できるというメリットがあります。

ただし、食事と歯磨きのとき以外は基本的にマウスピースを装着する必要があり、歯並びの状態によっては適応できない症例もあります。費用は、使用するマウスピースの枚数によって差がありますが、50~90万円前後のことが多いです。

3裏側矯正(リンガル矯正)

歯の裏側にワイヤーを装着する方法です。目立たないため、歯科矯正をしていることを周囲に気づかれにくいのが最大の利点です。

ただし、慣れるまで発音がしづらかったり、装置が上下の歯に当たって外れたりするリスクがあります。また、表側矯正よりもワイヤーが短いため、引っ張る力が強くなる傾向があります。費用は3つの治療法のなかではもっとも高額で、120万円ほどかかります。

子どもの矯正では、このほかに「拡大床(かくだいしょう)」と呼ばれる、上顎や下顎を広げる装置を使ったり、永久歯だけを矯正する部分矯正を行ったり、寝るときにだけつけるマウスピースで噛み合わせを修正する装置を使ったりすることもあります。

治療方法はそれぞれ一長一短で、どれを選べば良いのか難しいと感じる人もいるでしょう。矯正装置の違いは、登山ルートの違いと考えるとわかりやすいかもしれません。山の頂上に登りたい(歯並びや噛み合わせを整えたい)というゴールは同じで、到達までのルートがそれぞれ異なるのです。どのルートが合っているのか、歯科医師と相談して決めるとよいでしょう。

目的や期間。子どもと大人の歯科矯正の違いとは

矯正歯科治療は何歳からでも始められますが、子どもと大人では目的や推奨する治療方法が異なります。まずは子どもと大人の矯正歯科治療の違いについて知っておきましょう。

子どもの矯正歯科治療は「土台づくり」

子どもの矯正歯科治療は、1期(乳歯から永久歯へ生え変わる6~10歳)と、2期(永久歯に生え変わり終わった13歳ごろ~)とに大きく分けられます。各期には以下のような役割があります。

1期(乳歯から永久歯へ生え変わる6~10歳)

顎のバランスを整え、永久歯が生えそろったときにきれいな歯並びになることを考えた「土台づくり」を主な目的としています。

例えば、骨格の問題で上顎が大きく出っ張りすぎたり、上顎よりも下顎が前に出たりして噛み合わせがよくない場合には、顎の骨の成長を矯正装置でコントロールします。また、顎の幅が狭い場合には顎を広げる治療を行います。

顎の骨の成長をコントロールできるのは、1期のみです。この年齢の子どもは、骨がやわらかく、顎の骨を広げる矯正歯科治療を行っても痛みが少なく済みます。顎の骨を矯正しておくと、顔のバランスが整ったり、永久歯がスムーズに生えそろいやすくなったりします。

また、2期も続けて矯正歯科治療を行う場合には、2期の治療期間が短くなる手助けにもなります。このほか、舌の使い方や口の周りの筋肉トレーニングなども行って、口の環境全体を整えていくのが、1期の主な矯正歯科治療です。

2期(永久歯に生え変わり終わった13歳ごろ~)

2期では、子どもたちの歯は基本的にすべて永久歯に生え変わっています。そのため、大人と同じく、歯を動かして歯並びと噛み合わせを整える治療を行います。

ただし、成長期を過ぎていないと顎が大きく発達して、治療後に噛み合わせが変わる可能性があります。場合によっては手をレントゲン撮影し、今後の骨の成長度合いを確認したうえで治療するケースもあります。

大人の矯正歯科治療は「歯並びの修正」

成長期を過ぎた大人の場合、矯正装置を装着して歯を少しずつ動かし、歯並びや噛み合わせを整えるのが主な目的です。

矯正歯科治療をすると、歯並びが改善できるだけでなく、食べ物をよく噛めず、消化器官に負担をかけるのを防ぐことにもつながります。また、見た目が改善されて心理的な余裕も生まれるでしょう。

このように子どもと大人の歯科矯正には、主に体の発達の影響による違いが多少あります。しかし、目指すゴールは「歯並びや噛み合わせを整えて、歯を適切に使えるようにし、健康に過ごすこと」で、どちらも同じです。健康な歯や体を長く維持するためにも、必要に応じて矯正歯科治療を検討してみるとよいでしょう。

矯正歯科治療のメリット・デメリット

矯正歯科治療には、メリットがある一方で、デメリットもあります。治療を始める前にそれらを正しく知っておけば、治療開始後に戸惑うことが少なくなるでしょう。

矯正歯科治療のメリット

矯正歯科治療で歯並びや噛み合わせを改善すると、以下のようなメリットがあるといわれています。

虫歯や歯周病の予防

整った歯列になると、歯ブラシが隅々まで届きやすくなり、歯を清潔に保ちやすく、虫歯や歯周病の予防につながります。その結果、歯を長持ちさせることができ、自分の歯で長く食事ができる可能性が高まります。

よく噛めるようになる

歯の噛み合わせがよくなるので、食べものをしっかりと噛めるようになります。よく噛むと唾液が出て、食べたものの消化吸収をよくする効果も。また、食事のスピードがゆっくりになり、食べ過ぎ防止にもつながります。さらに、噛む際に使われる顎、首筋、胸、背中にある12個の筋肉が連動して鍛えられ、上半身の姿勢が自然とよくなったり、目のピント調整をする筋肉の老化を間接的に予防したりする効果もあるといわれます。

そのほか

唾液に含まれるペルオキシダーゼという酵素は、発がん性物質をつくり出す活性酵素を分解するため、がんの発生防止につながる可能性があります。また、噛むことで脳の血管が拡張し、脳や内臓の老化を防止する、パロチンというホルモンの分泌が促進されて、認知症の予防になるともいわれています。

矯正歯科治療のデメリット

矯正歯科治療の主なデメリットは、以下の通りです。

痛みが生じる

矯正歯科治療の痛みは、歯を動かすために力を加えることで、歯根膜が圧迫されるのが原因です。ただし、現在は痛みが少なくなるように柔らかく細いワイヤーを用いるなどの工夫がされています。そのため、治療開始から数か月たつと、痛みをほとんど感じなくなることが多いです。

治療期間が長い

歯を動かすには、時間をかけて少しずつ移動させるしかありません。したがって、治療期間が年単位でかかるケースがほとんどです。その間、継続的に矯正装置を装着するうえ、メンテナンスのため、1~2か月間隔で通院する必要もあります。

金銭的負担が大きい

歯科矯正に高額な費用がかかる理由は、大きく二つあります。一つは、治療が個々の症例に合わせたオーダーメイドであること、もう一つは、ほとんどのケースが健康保険の効かない自由診療であることです。健康保険が効かないと医療費が全額自己負担になるので、先述のとおり、総額で80~120万円の支払いになるのが一般的です。難しい症例、あるいは長期間の治療を要する症例では、さらに費用がかさむ場合もあります。

 
そのほか、歯を動かすときに、歯根吸収といって歯根が短くなる場合があったり、矯正装置の装着によって歯のケアが不十分になり、歯周病の発症や悪化リスクが高まったりすることがあります。また、噛み合わせの改善途中で顎関節症が生じる可能性や、まれですが矯正装置でのケガ、材料の一部でのアレルギーが生じることも考えられます。場合によっては、歯並び、噛み合わせを整えるために歯を抜くケースも少なくありません。

デメリットを気にして、「歯科矯正をしない」決断をするのも一つの選択肢です。ただし、その選択によって、悩みやコンプレックスを抱えたまま過ごすという、別のデメリットが生まれることもあるでしょう。歯科矯正を行うかどうかは長い目で見て考えることが重要です。

思い立ったタイミングが矯正の始めどき

矯正歯科治療は、幼いうちに始めると歯だけではなく顎の骨も矯正できます。そのため、「早く始めたほうがいいのだろうか」と焦ったり、「大人になってしまったら、もう矯正をしても意味がない」と、あきらめたりするかもしれません。

しかし、矯正歯科治療を始めるのに、早い・遅いはありません。矯正装置の装着が可能ならば、いつからでも歯並び、噛み合わせの改善は可能です。「思い立ったタイミングが、矯正の始めどき」と考えてよいでしょう。

なお、矯正歯科治療は、専門性の高い医療行為であるので、「矯正歯科」を標榜する歯科医院や、矯正歯科の専門医資格を持つ歯科医師がいる医療機関で相談することが大切です。長いつき合いになるからこそ、歯科医師との相性も重視して、実際に会い、話して、相談して、自分に合った矯正歯科医院を見つけましょう。

教えてくれたのは…
市川 雄大先生
宮崎台おとなこども矯正歯科 院長

歯学博士、日本矯正歯科学会認定医、インビザライン認定ドクター、裏側矯正ハーモニー認定ドクター。2007年に昭和大学歯学部卒業後、2008年に同大学歯科矯正学講座に入局。同大学大学院の卒業と博士号の取得および歯科矯正学講座助教を経て、2021年6月に宮崎台おとなこども矯正歯科を開院。院長として日々、患者さんの診療に取り組んでいる。

CREDIT
取材・文:HELiCO編集部+ノオト イラスト:おかべりんご
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