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健診で着る「検診衣」。歴史とこだわりを聞いてきた!

こんにちは。ライターの井上マサキです。40代も半ばを過ぎ、健康が気になるお年頃の筆者。家族もいるし、目を背けてばかりもいられないと、人間ドックは毎年受けております。

ところで、健康診断や人間ドックを受けるとき、健診用の服に着替えますよね。 半袖で、ゆったりしていて、お腹の部分だけペロッとめくれたりする、あの服。採血やレントゲンなど、各検査を効率良く行うために着替える「検診衣」です。

何気なく袖を通している検診衣にも、歴史があり、デザインをしている人がいます。検診衣に込められた工夫や秘密を知れば、健康診断がもっと楽しくなるはず……!

そこで、国内トップシェアの医療用白衣メーカー・ナガイレーベン株式会社でデザイナーを務める渡井哲夫さんに、検診衣についてお話をうかがいました。

渡井 哲夫さん

ナガイレーベン株式会社 商品企画室 室長 チーフデザイナー。ファッションアパレル業界でデザイナーを経験したのち、2009年に入社。これまでデザインしたメディカルウェアは約550点にのぼる。

検診衣はどうやって「あの形」になったのか?

デザイナーの渡井さん

―今日はナガイレーベンさんの検診衣をたくさん用意してくださり、ありがとうございます。僕が人間ドックのときに着たものもあって、少々興奮しています。

渡井さん

それはよかったです(笑)。検診衣についてこうやってお話しする機会は、じつは初めてなんですよ。よろしくお願いします。

ライター・井上が着たことがある検診衣はこちら。さっとめくりあげられるデザイン

―僕が着たのは、この検診衣でした。

渡井さん

着用いただいたのは以前の検診衣から、より一般的な衣服のデザインに近づけたタイプですね。頭を通しやすいように、ボートネックみたいな感じで、襟元を大きく開いたデザインになっています。

―そうなんですね。デザインについては、のちほどたっぷり聞かせてください。ナガイレーベンさんは1915年に創業され、100年以上にわたり白衣や検診衣などのメディカルウェアをつくり続けています。検診衣は現在の形になるまで、どのような変遷をたどってきたのでしょうか?

渡井さん

当初はいわゆる「検診衣」というものはなく、入院患者の方が着る「患者衣」を健診に使っていたと聞いています。検診衣をつくり始めたのは2000年ごろですね。当時、国が生活習慣病の予防に力を入れ始めたこともあり、健康診断を受ける機会が増えたことから、弊社としても「健診専用のものを」と着手しました。
 
当初、健診に使っていた患者衣は、浴衣や甚平のような和式のものが基本でした。ただ和式の場合、前を合わせて紐で結ぶので、とくに女性は「検査中に、はだけてしまうのでは」と不安を感じることが多かったんですね。

―たしかに、胃のレントゲン検査では、バリウムを飲んだあとに検査台の上をゴロゴロ転がったりしますから……。

渡井さん

その不安を解消するために、プルオーバータイプのものをつくりました。トレーナーのように、かぶって着るタイプのものです。

渡井さん

これなら検査を受ける側の不安は軽減されるのですが……。今度は検査がやりにくくなってしまったんですね。胸や腹部を出すために前をたくし上げようとすると、後ろもまとめて上げないといけない。検査をする側からは「乳がん検診(マンモグラフィ)が非常にやりにくい」というお声もいただきました。
 
そこで、「検査がしやすい」という和式の良さと、「はだける不安がない」というプルオーバーの良さを融合させて最初につくったのが、こちらの形です。

渡井さん

浴衣のような襟元のプルオーバーで、胸から下の部分だけが開くようになっています。井上さんが着用されたタイプも、このデザインをブラッシュアップさせたものです。

―なるほど、「検査を受ける側」と「検査をする側」の、両方の声に応えて生まれたデザインなんですね。

渡井さん

そうですね。これはナガイレーベンのすべての商品にいえるのですが、商品開発ではお客さまの声を何よりも大切にしています。営業担当が医療機関や健診センターでご意見をうかがい、それを我々デザイナーが形にしていくスタイルなんです。検診衣についても同様で、改善を繰り返す作業をずっと続けています。
 
たとえば、素材も大きく変わっていますね。患者衣は綿混の織物が一般的でしたが、いまつくられている検診衣はポリエステルがメインのニット素材が多いです。シワになりにくく、織物に比べて通気性も良いので、着心地が改善されています。最近では、患者衣もニットでつくる動きがありますね。

優しい肌触りのポリエルテル100%のニット素材

ニット素材のガウンを試着させてもらったライター・井上「着心地がいいです!」

―検診衣も時代とともに変わり続けている、と。

渡井さん

ちなみに、和式タイプもまだラインナップには残しているんですよ。ご高齢の方などは、腕を上げること自体が大変なケースもあり、和式を好まれる方もいらっしゃいます。さまざまな世代の方が検査を受けられますので、その「声」も多様です。我々としても、できるだけ多くのニーズに応えられたらと思っています。

より高級感を出すために「オーダーメイド」をすることも

―いま検診衣を見ていて気になったんですが、この赤い印はなんですか? 裾の部分と、襟元の後ろにもついていますよね。

渡井さん

これはサイズを見分けるための印ですね。赤がS、オレンジがM、というように色で見分けられるようになっています。複数の箇所についているのは、畳まれていてもサイズがわかるようにするため。健診センターではたくさんの検診衣を扱うので、いちいち襟元でサイズを確かめるのは非効率なんです。ボトムも、上と下の2か所にこの印がついていますよ。

―ほかにも、健診という用途だからこそついているものはありますか?

渡井さん

袖口に小さいポケットがついているものがあります、これはクリップ型の番号札を留めたり、バリウムの下剤を入れたりするためのものです。

渡井さん

ただ、ポケットは「あるほうがいい」という方と、「ないほうがいい」という方が両方いらっしゃるんです。
 
最近は皆さんスマホを持って健診を受けられるので、健診を受ける人はポケットがほしい。でも、検診衣を洗濯する業者の方は、忘れ物やゴミが入っているかもしれないので、ポケットがないほうがいい。なので、ポケットがあるタイプとないタイプの両方を用意しています。

―携帯電話やスマホが普及したからこそ、「ポケットがほしい」という声も大きくなってきたのでしょうね。

渡井さん

そうですね。時代とともに変化したものでいえば、2000年以降は健診センターの数も増え、競争がより激しくなりました。ほかと差別化を図るために、内装を落ち着いた雰囲気にする健診センターも出てきたので、そうした雰囲気と調和するようなモデルも生まれています。たとえばこれは、千鳥格子で高級感を狙ったものですね。

渡井さん

こちらは上がケープ、下がスカートになっていて、婦人科系の検査も着たまま受診可能なものです。検査の不安も和らげられたらと開発しました。

―ネイビーとブラウンの色合いも、高級感があって素敵ですね……!

渡井さん

健診センターによっては、「もっと高級感がほしい」とオリジナルのものを要望されることもあります。色使いを変えたり、刺繍を入れたりなどを提案することが多いですが、よりオリジナル感を求められる場合は形から考えることもあります。
 
たとえば、こちらは袖口にスリットを入れたものです。動きやすさにもつながりますし、縫製に手がかかるぶん、見た目の高級感も生まれます。こうしたデザインは、実際にお客さまの施設にうかがって、その内装に調和するものを提案するようにしています。

メディカルウェアに「最近のトレンド」を含めない理由

―現在、渡井さんのチームでは何名の方がデザインに関わっているのでしょうか。

渡井さん

デザイナーは僕を入れて4名で、それとは別にパタンナー(※)も4名います。同規模の一般的なファッションアパレルに比べると、数は多いのではないでしょうか。

※デザイナーが描いたデザイン画をもとに、服にするための型紙(パターン)をおこす職種

―ひとつのデザインが完成するまでに、どれくらい手間をかけるのでしょうか。

渡井さん

ひとつの素材を開発するのに、3年以上かかることも少なくありません。デザインに関しても、長いものでは構想から3年ほどかけていますね。お客さまの声を元にデザイン画をたくさん描いて、「これは形にしてみようか」というものが出てきたら、サンプルをつくってテストをするんです。
 
たとえば、弊社の場合、サンプルに対して必ず「洗濯試験」を行います。たとえいい形ができても、洗濯してぐちゃぐちゃになったら意味がないですよね。弊社は工業洗濯の自社基準を定めており、これをクリアできるまで改善を繰り返します。ものによりますが、最低5回はサンプルをつくり直している感じですね。

―かなり時間をかけられるんですね……。洗濯以外に、クリアしなくてはならないハードルには、どのようなものがありますか?

渡井さん

新しい機能を盛り込んだときは、フィールドリサーチを実施しています。健診センターのスタッフの方にご協力いただいて、実際にサンプルを着て検査を受けてもらうんです。「ここが良かった」「これはこうした方がいい」という現場のご意見をいただいて、また改善する。ですので、新機能を考えるときは、つくり直しの回数がもっと増えますね。

―そういえば先ほど、デザインについて「長いものでは3年かかる」とおっしゃっていました。ということは、最近のトレンドをデザインに含めてしまうと、それが3年後に出てしまうのでは……?

渡井さん

そのとおりです。検診衣などのメディカルウェアは、基本的にトレンドに左右されないものをつくるようにしています。何年か経ったら古くなるようなものは避けていますね。それもあって、うちのカタログには10年以上販売を続けている商品も多いんです。それこそ、僕が生まれる前から変わっていないものもあるくらいですから(笑)。

着る人の尊厳が守られるデザインであること

―渡井さんがメディカルウェアをつくる際に、意識されていること、こだわられていることはありますか?

渡井さん

審美性や機能性などたくさんありますが……ひとつ挙げるとすれば、「着る人の尊厳を守ること」が大きなポイントになると思います。
 
患者さんが着るものであれば、シワなどができたり、よれたりして、弱々しさが強調されることがないようにすること。医療従事者の方が着るものであれば、患者さんを不安にさせないように、きちんとした形を保てること。こうした意識を持つことが、着る人の尊厳を守ることにつながると考えています。

―この先、「こんな検診衣があったら」と考えているものはありますか?

渡井さん

健診センターの方から「レントゲンを撮るときに映らないものがほしい」と、よく言われるんですよ。縫い合わせたところが厚くなっていたりすると、レントゲン機器によっては検診衣が映り込むことがあるんです。素材や縫い方を工夫して、どのような機器であっても、「レントゲンにまったく映らない検診衣」ができたらいいですね。

―まだまだ改善は終わりそうにありませんね……!

渡井さん

そうですね。やはりこの仕事の一番のモチベーションは、「人の役に立てるものをつくる」ということだと思うんです。
 
前職では、ファッションアパレルを長くやっていました。それなりにモチベーション高く取り組んでいたのですが、ファッションアパレルの場合、自分がつくった服を街で見かけることってほぼないんですね。
 
一方で白衣などのメディカルウェアは、病院や健診センターに行けば、自分がつくったものをたくさんの人が着てくれている。その光景を見られるだけでうれしいですし、誰かの役に立てているんだと実感できるんです。
 
メディカルウェアは、人が生まれるときや、永遠の眠りにつくとき、そこに寄り添う人たちが着るもの。その姿がより良く見えるように、これからもデザインを続けられたらと思います。

渡井さん、広報の園田さん、ありがとうございました!

CREDIT
取材・文:井上マサキ 写真:小野奈那子 編集:HELiCO編集部+ノオト
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