最近、子どもがやけに反抗的な態度を取る。乱暴な言葉遣いが増えた。学校や友達のことを聞いても話してくれない。
これってやっぱり「思春期」だから?
体の成長は目覚ましいけれど、まだ幼さが残る思春期は、子どもと保護者、どちらにとっても難しいステージです。親子関係もギクシャクしてしまいがちなこの時期に、大人はどう向き合うべきでしょうか?
『思春期デコボコ相談室』などの著書で知られる精神科医の大下隆司先生に、思春期のメカニズムと、親子のコミュニケーションを円滑にする秘訣をアドバイスしていただきました。
- 教えてくれるのは…
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- 大下 隆司先生
- 精神科医
代々木の森診療所院長
1955年、鳥取県生まれ、立命館大学卒業後、数学教師等を経て29歳で医学生となり、91年神戸大学医学部卒業。神戸大学医学部付属病院、東京都立墨東病院、兵庫県中央児童相談所、東京女子医科大学児童思春期外来等の勤務を経て2012年より現職。診療のかたわら、思春期相談、学生相談、発達障害の小学生の相談等、子どもに関わる仕事に注力している。NPO法人メンタルケア協議会の副理事長。
思春期の脳はまだ“進化”の真っ最中
思春期は、体と心が大きく変化していく不安定な時期です。
医学的には、10代になると第二次性徴が始まり、性ホルモンの分泌が活発になります。男児は急激に身長が伸びる、ひげが生える、声が低くなるなどのわかりやすい変化が見られます。女児は体つきが丸みをおびてきて、月経が始まります。成長のスピードは人それぞれですが、こうした変化は18歳前後まで続き、体が大人へと近づいていきます。
性ホルモンは、体だけではなく、心、すなわち脳の成長にも影響を与えます。とりわけ大きな影響を受けるのは、脳の「扁桃体」です。
扁桃体が活性化すると、不安や恐怖を感じたり、怒りの感情が湧いたりします。不安や恐怖はネガティブ感情と思われがちですが、生存に関わるとっさの判断を下す大事な感情でもあります。思春期の子どもが怒りやすくなるのは、性ホルモンの影響などで扁桃体が活性化しやすくなるためです。
本来であれば、大脳皮質にある「前頭前野」が、扁桃体の反応を調整するブレーキ役となってくれるのですが、10代の脳はまだ発達途上のため、衝動や感情のコントロールが難しいとされています。思春期の子どもが怒りやすくなったりイライラしやすくなったりするのは、こうした脳の構造的な問題が関係しているのです。
思春期は、子どもが自立に向かって歩み始める大切な時期。未熟な心と体が急速に成長するのですから、不安定にゆらぐのは当たり前。そのことを、まずは私たち大人が認識しておきましょう。
親の観察力が試されるとき
思春期の変化の表れ方には個人差があります。同じ家庭で育ったきょうだいでも、「長子は親と激しく衝突したが、末っ子は反抗期がまったくなかった」というパターンも珍しくありません。
ただ、「うちの子は思春期になってもまったく変化がない」と保護者が感じているのであれば、少し立ち止まり、親子のコミュニケーションを振り返ってみたほうがいいかもしれません。
普段から、子どもが学校の出来事を話しやすい空気をつくれていますか? 子どもの話をちゃんと聞けている自信はありますか? 子どもが「物わかりのいい子」を演じている可能性はありませんか?
体と脳が目覚ましく成長している思春期に、まったく変化が起きないことはありえないといっても過言ではありません。親にはあえて言わないし、言えない。そんな悩みや変化を抱えているほうが、思春期は普通です。
そうした前提に立った上で、親は無理に聞き出そうとするのではなく、子どもをよく観察して、穏やかにコミュニケーションを取り続けていきましょう。
子どもと同じ土俵に立ってはいけない
とはいえ、ちょっと注意をするとすぐに逆ギレ。屁理屈や乱暴な言葉で悪態をつく。思春期の子のこうした態度にカッとなり、つい言い返して親子ゲンカがヒートアップ……。
親だって完璧な人間ではないのですから、そうした事態に陥ってしまうこともあるでしょう。しかし、思春期の子どもを相手にした場合は、同じレベルで感情をぶつけ合うべきではありません。キレた子どもに、親もキレ返して張り合う。そんなマウントの取り合いは無意味です。
思春期の子どもとの争いで一番よくないのは、親が完全勝利するパターン。子どもが一切反論できないほど、完膚なきまでに言い負かす。夫婦喧嘩と同じで、こうしたやり方はしこりを残すだけです。大人の理性を持って、せめて引き分けを目指してください。
大人びて見えても、思春期の脳はまだまだ未発達です。子どもが感情的になったときこそ、大人は一歩引き、できるだけ冷静に対応しましょう。「帰宅したらカバンはここに置いて、って言ったでしょう? どうして何回言ってもやらないの!」と叱るのではなく、どうすればその場所に毎日カバンを置けるようになるのか、一緒に解決策を探してください。もしかしたら、その場所にカバンを置く必要がないかもしれません。親のやり方を一方的に押しつけるのではなく、子どもに寄り添って考えることが大切です。
子どもの立場になって考えるということは、相手をひとりの人間として尊重することでもあります。その子の性格や特性を踏まえた上で、どんな方法ならできるか、どんなサポートがまだ必要なのかを考えていきましょう。
子ども本人の意思を尊重した上で、現実的な提案をする。
いつでも相談に乗るよ、という姿勢を示し続ける。
そうしたコミュニケーションの積み重ねによって、子どもからの信頼が得られるようになるはずです。
評価とコントロールをやめよう
もうひとつ、思春期の子どもとのコミュニケーションで大人側が気をつけておきたいポイントとして、「評価をしない」ことがあります。
とくに、体や外見の変化を揶揄したり、評価を下したりするような言動はできるだけ避けましょう。親としては子どもの変化をほほ笑ましく思う気持ちからかもしれませんが、子どもの立場で考えれば当然、いい気持ちはしないはずです。むしろ、コンプレックスに感じている部分を刺激されて、親への反発が強まることのほうが多いでしょう。
親子関係を円滑にしていきたいのであれば、その子のいいところを積極的に見つけて褒めてあげてください。「そういうことができるようになったんだ。成長したね!」「手伝ってくれてありがとう、うれしいな」のように、ポジティブな感情はどんどん子どもに伝えていきましょう。親に褒められてうれしくならない子はいません。これは大人になっても同じでしょう。
ただし、子どもを叱るときの伝え方は注意が必要です。親は腹が立ったり、悲しかったりするわけですが、その感情のままに伝えてしまっては、子どもは耳を塞いでしまうだけで本質が伝わりません。
たとえば、子どもが友だちと夜遅い時間帯に遊びたいと言い出したとき、「子どもだから許しません!」と頭ごなしに命令するのではなく、「未成年が遅い時間帯に歩いていると危ない目に遭うこともあるし、警察に補導されることもあるんだ。だから、時間帯を変えて友達と約束をし直してみたらどう?」と提案してみる。そんなふうにできるだけ対等な目線に立ちながら、社会のルールを教えていくことも大人の役割です。
幼児期のようなスキンシップが減ってくる思春期だからこそ、言葉のコミュニケーションでたくさん安心感を与えてあげてください。子どもがなんとなく距離を取りたがっているようであれば、大人もそれに合わせて少し距離を取る。子どもが助けを必要としてきたら、いつでもそれに応える。そんなスタンスを心がけておくとよいでしょう。
親の寂しい気持ち、どうすれば?
繰り返しますが、思春期は子どもが自立に向かって歩み始める大切な時期です。
一方で、赤ちゃんのころからお世話をしてきた保護者からしてみれば、突然の変化に心が追いつかず、寂しさを感じることもあるでしょう。成長を頼もしく思う一方で、「わが子が自分から離れていくようで寂しい」とも感じるのは、ごく当たり前の感情です。
ですが、悲観的になる必要はありません。なぜなら子どもは外の世界でつらいことがあったときは、再び安心を求めて親のもとへ戻ってくる日が必ず来るからです。
カルガモの親子で例えてみましょう。母親の後をよちよち歩いていたカルガモの子どもは、成長するとひとりでいろんなところへと歩き出すようになります。しかし、カラスが襲いかかってきそうな気配を感じたら、子カルガモはさっと母親のもとへと避難します。しばらくしてカラスが去り、「よし、大丈夫」と思ったら、子カルガモは再び外へと歩いて行くでしょう。
人間の子どもも同じです。大人になろうと成長する過程でも、つらさや不安を感じたときは、安心できる親元へ戻ってきてエネルギーを蓄え、再び旅立っていく。その繰り返しによって子どもは成長していきます。
だからこそ、親としては寂しさを受け止め、「またいつか戻って来るときがある」とおおらかに構えておきましょう。子どもがどれだけ成長しようとも、親と子はつながっているのですから。