思春期とあれば、子どもが反抗的になるのはよくあること。一般的にはそう思われていますが、じつは思春期に入っても親にまったく反抗せず、大きな変化が見られない子どももいます。
大人からすると聞き分けが良く、手がかからない「いい子」に思えるかもしれませんが、本当にそうでしょうか? 反抗しない子どもに見え隠れするリスクとは? そして、健全な親子関係とは?
奈良女子大学教授で心理学者の伊藤美奈子さんに、思春期でも反抗的な素振りを見せない子どもの保護者が知っておいたほうがいいことについて、お聞きしました。
- 教えてくれるのは…
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- 伊藤 美奈子さん
奈良女子大学 生活環境学部教授・臨床心理相談センター長。国語教諭として私立校に6年間勤務後、研究者の道へ。臨床心理士、公認心理師の資格を持ち、スクールカウンセラーも務める。文部科学省の不登校に関する調査研究協力者会議委員などを歴任。
[監修者] 伊藤美奈子さん:https://www.nara-wu.ac.jp/cpsoudan/staff.html
HP:https://www.nara-wu.ac.jp/cpsoudan/aboutus.html
思春期の親子関係は、「上下」から「横並び」へ

そもそも、思春期を迎えると、なぜ多くの子どもは親に反抗的になるのでしょう? 親子の衝突は親にとって厄介なのはもちろん、子ども自身にとっても楽しいことではありません。しかし、発達心理学的に見ると、思春期の反抗にはきちんと意味があるのです。
子どもが幼いころの親子関係を振り返ってみましょう。そこには、親が「上」、子どもが「下」という、絶対的な上下の関係性がはっきりと存在していたはずです。親は子どもを守り、育てる立場であるわけですから、これは当然のことでしょう。
ところが、子どもが思春期を迎えるころになると、「上下」だった親子関係に変化が生じます。大人とほぼ同じ体格に近づいてきた子どもの内面に、「上からものを言われたくない」「余計な口出しをされたくない」「親とは違う自分の意見を主張したい」といった自立の心が芽生えてくるからです。

口答えをする、親の痛いところを突く、親の言葉を無視するなど、思春期の子に多く見られる言動は、それまで「上」に見ていた親をなんとかして自分と同じ目線、横並びの位置にまで降ろしたいという心理の表れと解釈できます。
もちろん、穏やかな性格で反抗しない子もいますが、それはあくまで少数派。一般的に思春期は、子どもが親の庇護下から精神的な自立を試み、対等な関係性を築こうと試行錯誤する、親子の関係性を結び直す重要なステージなのです。
反抗しない「いい子」が増えている?
一方で、近年は「思春期になっても、わが子がまったく反抗的でない」ことに、逆に不安を覚える保護者も少なからずいます。
これは時代の変化とともに、子どもの人権に関する意識が高まったことと無関係ではないでしょう。かつては「体罰」「しつけ」の名の下に、親や教師が子どもに暴力を振るう風潮がありましたが、暴力は子どもの成長や発達に深刻な悪影響を与えます。日本でも2020年4月から児童虐待防止法が改正され、「児童のしつけに体罰を加えてはならない」と法で定められました。また、家庭内だけでなく、学校側もいじめやハラスメントの防止に取り組んでいます。
これらはもちろん望ましい変化であり、その影響によって「大人や社会に反抗する必要性を感じない子ども」が昔よりも増えた、とも考えられます。
「友達親子」に潜むリスク
もうひとつ、思春期でも反抗しない子どもが増えた原因として考えられるのは、「友達親子」の増加です。
友達親子とは、親と子が友達同士のように仲がいい関係を築いている親子のこと。この言葉自体は昔からありましたが、2000年代以降からは「友達親子」がよりポジティブな意味合いで使われる機会が増えてきました。
母娘で一緒に推し活を楽しんだり、趣味を共有したりすることで絆が深まった、というケースもよく見聞きします。学校などでトラブルが起きたときに、子どもが親に打ち明けやすいのも友達親子のメリットかもしれません。

では、すべての親子が「友達親子」を目指すべきかというと、決してそうではありません。親子が友達のように横並びの関係性になり、子どもが親に一切反抗しないことにはリスクも潜んでいるからです。
友達親子に潜むリスク、それは「すべての事柄において、親が子どもと同じ目線になってしまう」ことです。
対等な目線で自分の意見を述べ合い、お互いを尊重し合える友人関係は、大人同士であれば望ましい理想的な形といえるでしょう。けれども、まだ大人になりきっていない子どもに、親が「友達のように」同化してしまうと子どもの成長を妨げることにも繋がってしまいます。
たとえば、「今日、友達とこんなトラブルがあったんだけど、ひどいよね!?」と子どもが家に帰って打ち明けたとしましょう。それに対して、親が子どもとまったく同じ目線で「ひどいね、最悪!」と感情的に反応したり、本人以上にパニックになったりすると、トラブルが余計に炎上しかねません。
もちろん、子どもの感情を受け止めるのも大事ですが、場合によっては「なるほど、でもこんな事情もあったのかもしれないよ」とゆっくり諭したり、冷静に解決策を話し合ったりすることも親としての務めではないでしょうか。
伊藤さんはこれまでスクールカウンセラーとして活動するなかで、
「親があまりにも自分に寄り添ってくれるので心配をかけたくない」
「自分がいじめられていると知ったら、親は悲しむし大騒ぎするに決まっているから絶対に言えない」
と打ち明けてくれる子どもたちをたくさん見てきたといいます。親が完全な「友達」になってしまうと、子どもの心に負担をかけてしまうこともあるのです。
「うちの子は思春期でもまったく反抗しません」という家庭は、親が子どもに同調しすぎて、「反抗」という成長の機会を子どもから奪っていないか、一度振り返ってみましょう。
親が高圧的で反抗できないケースも
また、親が普段から子どもに対して高圧的に振る舞っていると、外からは「反抗期がない子ども」のように見えてしまうケースもあります。これは子どもが親の顔色を伺い、自分の気持ちを抑え込んだ結果、反抗ができない心理状態になっているにすぎません。
このような状態が長く続くと、子どもの心身にストレスが蓄積され、健康に悪影響を及ぼす可能性もあります。子ども自身が友達付き合いや部活、夢中になれる趣味などでストレスを解消できていればいいのですが、それができていない場合は青年期になってからストレスが爆発し、不登校や学校を辞めるなどの極端な行動に出てしまうこともあります。
子どもに自分の価値観を一方的に押しつけていないか、厳しく抑え込んでいないかを見直してみてください。

そこまで深刻ではなくとも、
「中学生になった子どもがまったく学校の話をしなくなった」
「反抗的とまでは言わないが、自分の部屋にこもってろくに会話をしなくなった」
というパターンも非常に多く見られます。
親としてはもちろん心配かもしれませんが、学校に通い、部活や友達との交流が見え隠れするなど、全方位に閉じている状態でなければ、そこまで不安になる必要はありません。これも自立への一歩だと捉えて、子どもには「何か学校で困ったことがあったら相談してね」とさらりと声がけしつつ、適度な距離を保って見守ることを心がけましょう。力ずくで無理やりこじ開けようとするのは逆効果です。
どうしても心配なのであれば、子ども本人にしつこく聞くのではなく、担任の先生や子どもの友達の保護者などに、「うちの子、最近どんな感じか知っている?」と様子を探ってみるくらいがおすすめです。そもそも、思春期の子どもに関するすべての情報を、親が知っておく必要性はないのですから。
また、子どもによっては、「母親には話すけれど、父親には話したがらない」「この話題は父親とはするけど、母親とはしない」など、相手によって話題を振り分けていることもあります。この場合も、「どうしてパパには話してくれないんだ?」と聞き出そうとするのではなく、子ども自身の意思と判断を尊重してあげてください。
反抗期は親子の関係を「結び直す」ための関所
思春期の反抗は、子どもが大人になるために通る「関所」のようなものです。この関所を通り抜けるまでには、親も子も互いに傷ついたり傷つけたりと、紆余曲折がたくさん待ち受けているでしょう。これまでは「上と下」だった縦の関係性を、同じ目線の「横」に結び直す作業なのですから、どちらにとっても大変なのは当たり前です。
反抗の表れ方は家庭の状況や子どもの性質によってさまざまですが、「思春期は厄介だ」「面倒だな」とネガティブに考えるのではなく、「この子自身もいま、一生懸命にもがいているのだな」とおおらかに受け止めてあげてください。この関所を親子で無事に通り抜け、横並びの対等な関係性が再構築できることは、親と子のどちらにとっても喜ばしいことなのです。