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「生理」をきっかけに物語が動く、おすすめ小説3選

女性ならではの体の変化である「生理」。生理痛の濃淡も不調の現れ方も人によって千差万別で、それゆえに他人とは比較しづらい現象でもあります。そんな生理の不思議さや、ままならなさについて、フィクションの世界からとらえ直してみませんか?

自分以外の誰かの生理の実感が伝わってくる3作の小説を、文筆家で「COTOGOTOBOOKS(コトゴトブックス)」店主の木村綾子さんにセレクトしてもらいました。

木村 綾子さん

文筆家。下北沢の書店「B&B」の立ち上げ、蔦屋書店とのパートナー契約を経て、独自の特典とともに書籍を届けるオンライン書店「COTOGOTOBOOKS(コトゴトブックス)」を運営。
HP:https://cotogotobooks.stores.jp/

INDEX
『肉体のジェンダーを笑うな』 山崎ナオコーラ
『N/A』 年森瑛
『かか』 宇佐見りん
「生理を読む」ことで感情を解放する

『肉体のジェンダーを笑うな』 山崎ナオコーラ

男が生理を本当に「理解」できる日は来る?

『肉体のジェンダーを笑うな』 山崎ナオコーラ(集英社)

股から血が出る性別に属する者よ、かわいそうに。

(あらすじ)
男性は生理やPMS(月経前症候群)をどこまで「理解」できるのか?(「キラキラPMS(または、波乗り太郎)」)育児中のパパのおっぱいから母乳ならぬ「父乳」を出せるようになったら?(「父乳の夢」)
ユーモアと想像力で性別の境界線を溶かし、肉体の差異から生まれる違和感や思い込みを描いた短編集。著者自らがプロフィールで掲げている目標「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」の言葉どおりに、軽やかでユーモラスな読み口の全4話。

生理を「言葉」だけで伝えるのは難しい。だからこそ読んでほしい不思議な短編集

『肉体のジェンダーを笑うな』は、『人のセックスを笑うな』で作家デビューを果たした山崎ナオコーラさんの短編集です。どの短編も作者がずっと抱いてきたという肉体の性差や性別の役割、ルッキズム(容姿差別)などがテーマとして盛り込まれていますが、生理を直球で描いているのが「キラキラPMS(または、波乗り太郎)」。女性はもちろん、男性にも読んでほしい一作です。

名前のとおり、ひたすらフラットであろうと心がけて生きてきた主人公の平太郎(たいら・たろう)に、自分とは違う「かわいそうな性別」に属する恋人ができます。その恋人がこぼす生理やPMSの悩みに、太郎は「うんうん、わかるよ」「受け止めてあげるよ」と理解を示すのですが、それがことごとく失敗している感じが面白い(笑)。

自分には理解できないもの、当事者性がない事柄に対して、安易に「寄り添ってあげよう」という態度を見せた結果、逆に相手を腹立たしくさせてしまうことってありますよね。そうした失敗の形を批判的に描くのではなく、失敗すらも許容しながら関係性を進めていく。そんな試みがなされている作品だと思います。

男性が生理やPMSを本当の意味で理解することは、実際はなかなか難しいですよね。ただ、生理の体感を知らない男性に、「生理ってこうなんだよ」と女性側がフラットに伝えることも、じつは同じくらいに難しい。ちょっと喋りづらい部分があったり、変に同情を誘うようなニュアンスを出してしまったりと、わかってもらいたいけれども、それを言葉だけで伝えるのは難しい。

そのギャップを埋めるために、こうした物語をパートナーにポッと差し出すのもひとつの手です。「自分はここでこう思った」「私はこの感じはちょっと違うな」とお互いの感想を話し合ってもいいですよね。言葉を交わさなくても、同じ作品を読んだ共通体験を持ったことで、その後のふたりの関係性がいい方向に変わっていけることもあるかもしれません。

ちなみに、本作の短編は「男」「女」といった性別を表す単語を一切使わずに書かれています。作者の山崎ナオコーラさんは、ご自身の出産・育児体験や、一家の大黒柱であることなどをエッセイでも綴られていますが、プロフィールは「性別非公表」と表記しています。性別によって役割が割り振られてしまうことや、そこから生じる違和感を意識的に言葉で発信されている作家さんですので、今後もどんな作品を書かれていくのか楽しみにしています。

『N/A(エヌエー)』 年森 瑛

生理に抗う切実な姿になぜだか救われる

『N/A(エヌエー)』 年森 瑛(文藝春秋)

死ぬわけでもないのに血を出すのは恥ずかしい。それで人から優しくされるのは、もっと恥ずかしい。

(あらすじ)
高校2年生のまどかは、生理の出血がどうしても嫌で、食事制限をして40kg以下の体重をずっと維持している。まどかにとって痩せることは生理を止めるための手段にすぎないのだが、大人から見れば「拒食症の女の子」としてラベルを貼られている。告白されてつき合い始めた「うみちゃん」との関係性も、世間から見ればやはり「LGBTの人」に見えるようだ。属性を貼りつけられ、カテゴライズされることへの違和感と苦しさに、まどかは静かに抗い続けようとするが……。

生理に対する「納得のいかなさ」を、私たちはもっとずっと持ったままでもいい

「思春期になったら女性の体には生理が来て、毎月、出血が起こります」

学校の保健体育の時間に、そうした体の仕組みを私たちは教わってきました。でも現実に、ある日突然、自分の体から血が流れ出て下着が汚れたとき、あなたはどう感じましたか?

私は、「納得がいかない」と強く思ったことを覚えています。「ああ、これで女であることから自分は逃れられなくなってしまったんだ」という反発心、「どうやったらこの状況をなかったことにできるだろう?」という混乱。中学2年生のとき、お腹が痛くなって駆け込んだトイレで下着に黒いシミがついているのを見た瞬間、そんな感情が頭のなかをぐるぐると駆け巡ったことをいまだに強烈に記憶しています。

そんな実体験を持つ私にとって、『N/A』の主人公・まどかが抱く抵抗感はとても共感できるものでした。女性という性別への違和感や嫌悪ではなく、「どうしようもなく自分は女性なのだ」という事実を突きつけられしまったことへのショック。カテゴライズされることへの抵抗感です。

だからこそ、まどかは未熟な思考なりに考えて、「低体重になれば生理が止まる」と知ったので食事制限を行い、その結果として「拒食症」というレッテルが貼られてしまう。

並行して、まどかは「かけがえのない他人」を求める気持ちから、年上の女性「うみちゃん」との交際を始めます。すると今度は「LGBTの人」にカテゴライズされてしまう。

そんなふうに、自分が何かを選んだ結果として、誰かに決めつけられてしまうことへの反抗や逃れられなさ。それでも何とかそこから逸脱しようとするエネルギーに打たれる小説です。

まどかが抱いているのは、女性という性への嫌悪ではありません。それよりもっと手前にある感情、〈ただ股から血が出るのが嫌なだけ〉〈嫌なものは嫌だ〉。本当にそれだけのことなのに、周囲には伝わらない。〈鼻をかむように、強くいきんで全ての血を出し切れたらいいのに〉と強く願うまどかの心情を想像すると、切なくなります。

もちろん、すべての女性が、まどかや私と同じように、生理に抵抗感を抱くとは思っていません。

例えば、私が仲良くしている友人の娘さんは、小学生のときに「生理、早く来てほしいな~!」と屈託なく打ち明けてくれました。私はあんなに嫌だったのに、楽しみに感じている女の子も存在するんだ、と驚いたことを覚えています。

ただ、生理への向き合い方がどうであろうとも、たぶん若ければ若いほど潔癖であるし、大人になるにつれてその潔癖さが薄まっていってしまう。「生理しんどいよね」と半笑いで友達と話したり、あきらめたりしていく。そのほうが楽だから。でも、この小説の主人公は、傷ついても懸命に違和感を抱え続けていきます。その切実な潔癖さは、泣きそうなくらいに美しい。もしかしたら私やあなたも、生理への「納得のいかなさ」を手放さなくてもよかったのでは? そんなことを考えさせられます。

10代の頃にこの小説に出合えていたら、あの頃の自分はちょっと救われたかもしれない。学校の図書館にぜひ置いてほしい一冊です。

『かか』 宇佐見りん

生理の向こう側にある「性」の生々しさ

『かか』 宇佐見りん(河出書房新社)

ズボンのきついゴムに指をもぐらしてわずかに隙間をあけると、むわりと血のにおいがして、生理でした。そいつはいつも唐突にはじまります。

(あらすじ)
19歳の浪人生うーちゃんは、母(かか)のことで悩んでいる。うーちゃんが小学生のときに、父(とと)は浮気が原因で家を出て行った。以来、少しずつおかしくなっていく「かか」のことを、うーちゃんは徐々に疎ましく感じ始める。母娘は生理の周期も同じで、かかが自傷行為をすれば、うーちゃんも同じ箇所に痛みを感じる。だが、心を病んだかかを抱えきれなくなったうーちゃんは旅に出る。第二作の『推し、燃ゆ』が芥川賞を受賞した気鋭の若手作家による鮮烈デビュー作。

血の色と匂いが行間から立ち昇る、性の生々しさと痛み

私が「生理」というものを知るよりもずっと前。ある夏の日、帰宅した母の白いズボンのお尻の部分が、真っ赤な血で染まっていたことがありました。母はまだそのことに気づいていないけれども、幼かった私はそのことが猛烈に恥ずかしくて、いたたまれなくて、胸が苦しかった。

真っ白なパンツに浮かび上がった、真っ赤な血の色。
夏の日の室内に立ち込めた、むんとした特有の匂い。

「これは絶対に、言っちゃいけないことだ」
「私が『血が出てるよ』と言ったら、お母さんはきっとすごく恥ずかしくなってしまうに違いない」
「私が気づいていることを、お母さんに気づかれませんように!」

そう思った私は、必死にテレビを見ているふりをしていました。しばらくすると、お母さんはお手洗いに行き、戻ってきたときには服を着替えていました。

宇佐見りんさんのデビュー作『かか』を読んだとき、そんな幼い日の記憶がまざまざと蘇りました。生理って、いまさら言うまでもありませんが、すごく生々しい現象ですよね。体の内側から血が流れ出ること、その血から立ち昇る匂い。『かか』という物語の軸には、私の記憶とも共鳴する生理の生々しさが確かに描かれています。

主人公の「うーちゃん」は19歳の浪人生。小学生のときに父が家を出てしまって以来、うーちゃんは母親である「かか」の痛みを、自分ごとのようにダイレクトに引き受けてしまう娘へと成長してしまいます。

けれども、いつまでもこのままじゃいけないとも、うーちゃんは気づいている。何とか自分と母親を切り離したい。そうすれば、母親はきっと幸せになれるはずだ。そう考えたうーちゃんが、祈りを抱えて熊野へと旅する姿が描かれます。

この小説が興味深いのは、うーちゃんが何か行動を起こすたびに、生理や性に近いエピソードをぽっと挟み込んでくるところ。かかのことを思うと、生理が来るうーちゃん。湯船に浮かんだ経血の塊を、金魚みたいだと無邪気に掬おうとする幼いうーちゃん。〈うまれるということは、ひとりの血に濡れた女の股からうまれおちるということは、ひとりの処女を傷つけるということなのでした〉と唐突に気づくうーちゃん。

経血の匂いって、突き詰めると「性」の匂いですよね。そして生理の向こう側には、誰もが母親から生まれてきた存在であるという生々しさが隠されている。だからこそ、あの夏の日、幼い私は母の生理の血の色や、そこから発される性の匂いを動物的な本能として嗅ぎとり、激しく動揺してしまったのだと思います。

大人になり、ふと自分の体からもあの血の匂いが立ち込めていることに気づいたとき、「生理からの逃れられなさ」を痛感しました。そうした性の痛々しさを、傷と傷を擦り合わせるかのような形で描いたのが『かか』という小説のすごさだと思います。

「生理を読む」ことで感情を解放する

今回、ご紹介した3作は、それぞれに異なる角度から、生理や性のしんどさをほんの少しだけ軽くしてくれる小説だと私は思っています。

それぞれの物語の主人公たちは、生理や性にまつわる痛みに、それぞれのやり方で向き合おうとして動いている。その姿に、わずかにでも救いを感じる人はきっと少なくないはずです。

生理にどう向き合うか。その問いに対する絶対の正解はありません。小説のなかに答えが描かれているわけでもない。ただ、物語のなかで描かれる生理のありようをどう受け取っていくか、自分が体験した痛みと重ねたり、比べたりすることで、見えてくるものは必ずあるはず。小説を読むという行為は、自分の素直な感情を解放していい場でもありますから。

できたら、パートナーや友人と同じ小説を読んでみて、その感想を語り合ってみてください。そこで生まれる驚きや発見によって、作品をより一層深く味わえるはずです。

CREDIT
取材・文:阿部花恵 写真:小野奈那子 編集:HELiCO編集部+ノオト
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