森林を散策し、心身の安らぎを得る「森林浴」。林野庁の調査でも、都市環境と比べて森林環境にいるほうが、不安や緊張が解消されやすく、よりリラックスした状態になるといわれています。
なぜ、森林浴は人をリラックスさせるのでしょうか? 心の平穏を保つためには、どのように日常へ取り入れると良いのでしょうか? そんな疑問を解消するため、森林浴の専門家として活動する一般社団法人 森と未来の代表理事・小野なぎささんに、都内の公園で森林浴の楽しみ方を教えてもらいました。
- 教えてくれるのは・・・
-
- 小野なぎささん
- 一般社団法人 森と未来 代表理事、森林セラピスト、認定産業カウンセラー
大学卒業後、働く人の心の健康対策、健康リゾートホテル事業、海外のメンタルヘルス事業の立ち上げを経験。森林を活用した研修プログラムの開発や観光プランづくり、人材育成も行う。2015年に一般社団法人 森と未来を設立、代表理事に就任。著書に『あたらしい森林浴 地域とつくる!健康・人材育成プログラム』(学芸出版社)、共著に『森ではたらく! 27人の27の仕事』(学芸出版社)がある。
公式サイト:一般社団法人 森と未来
Twitter:@ONONagisa
Instagram:@nagisa_ono
- INDEX
- なぜ森林浴は体に良いの?自然がもたらす科学的な効果とは
- 森じゃなくても大丈夫? 身近でできる森林浴の方法
- 葉の色、形を観察し、視覚で森林を楽しむ
- 目をつぶって鳥の鳴き声に耳を澄ませる
- 太陽の暖かさ、木の質感を楽しむ
- 木の実や土の香りに癒やされる
- 知識が増えてきたら、味覚でも森林を感じてみて
- 自然に身を委ね、日々の緊張感から解放されよう
なぜ森林浴は体に良いの?自然がもたらす科学的な効果とは
―森林浴は心身のリラックスに効果的といわれていますが、なぜでしょうか?
小野:大きく2つの理由があります。ひとつは、「フィトンチッド」という物質によるもの。フィトンチッドとは、害虫などから自分の身を守るために木が放出する揮発性(きはつせい)物質のことです。
木々は自分で動くことができません。しかし、フィトンチッドを発することによって、害虫や有害な微生物に侵されることなく生長できるのです。
―フィトンチッド、はじめて聞きました。
小野:フィトンチッドはロシア語を語源としていて、直訳すると「植物が(フィトン)殺す(チッド)」。なんとも殺伐とした意味ですが、森林全体に対しては、消臭や空気清浄の効果があり、さらに人に対しては、癒やしの効果をもたらしてくれるのです。
科学的な効果も実証されています。日本医科大学の研究によると、フィトンチッドにはがん細胞やウィルスを攻撃するNK(ナチュラル・キラー)細胞を活性化させる効果や、ストレスホルモンを減少させる効果があるとわかっています。
―森林浴の効果は、科学的にも実証されているんですね。
小野:さらに、その効果には持続性があり、約40分の森林浴で1ヶ月ほど続くといわれているんです。
―それはお得感がありますね。では、森林浴が心身のリラックスに効果的といわれているもうひとつの理由も教えてください。
小野:もうひとつは、森に触れることで五感が刺激されるから。これにより、交感神経と副交感神経のバランスが整いやすくなり、ストレスの緩和につながるんです。
森じゃなくても大丈夫? 身近でできる森林浴の方法
―奥深い森へ行かなくても、近場の公園でも森林浴の効果は得られるのでしょうか?
小野:森林の深さはそこまで関係がありません。ただ、そこで循環が生まれている環境のほうが効果を得やすいですね。例えば、木の葉が地面に落ち、微生物によって分解され、土に還り、木の栄養になる。そういった生態系の循環が生まれている場所のほうが、木々ものびのびと生長していますし、五感への刺激もたっぷりと味わうことができます。
小野:また五感の観点からいうと、たとえ木が2、3本しかない場所でも、心地よさを感じられる場所であればリラックス効果を得ることはできます。木が生えている近くの公園などで、お気に入りの場所を探してみてはいかがでしょうか?
―森林浴の時間はどのくらいが効果的ですか。
小野:のんびりと時間を取れたほうがいいですが、40分でサクッと済ませても大丈夫。ただし、森林浴をしているときはなるべくスマートフォンなどに触れず、五感をしっかり使いながら、森を感じることがポイントです。
葉の色、形を観察し、視覚で森林を楽しむ
―「森を感じる」とは、具体的にどんな方法があるのでしょうか。
小野:何も考えずに座っているだけでも十分ですが、過ごし方に迷う場合は五感(視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚)を意識してみてください。
たとえば、視覚。周りにある葉っぱはどんな形をしていますか?
小野:よく見ると、いろいろな形があることがわかりますね。では、色はどうでしょう?
一見するとグリーン1色に見えますが、目を凝らすと、緑色の濃い葉っぱ、薄い葉っぱ、透けて明るい葉っぱ、暗い葉っぱなど、濃淡があることに気づきます。
―葉ごとに異なる色が見つけられるんですね。
小野:そうです。また、葉っぱだけでなく、地面に注目してみるのもおすすめ。晴れの日には木漏れ日がキラキラと降り注ぐ様子が見られます。この木漏れ日のゆらぎを眺めることも、精神的な癒やしにつながることがわかっています。
小野:このように、気になったものをじっくり観察してみたり、きれいだなと思うものをぼーっと眺めたり。「見なければ」と頑張りすぎず、自然と心惹かれるものに目を向けてみましょう。
目をつぶって鳥の鳴き声に耳を澄ませる
小野:次は、目をつぶってみてください。何羽の鳥の鳴き声が聞こえますか?
―1羽、2羽、向こうから3羽目がやってきて、少し遠くにも何羽かいるようです……。
小野:視覚だけでは捉えにくい鳥も、聴覚に集中してみると、たくさんの鳥がいることがわかりますね。
人間は五感の約8割を視覚に使っています。そのため、このように目をつぶり、視覚を休めるだけで、ほかの感覚が一気に働き始めるんです。
太陽の暖かさ、木の質感を楽しむ
小野:続いて、触覚を使います。目をつぶった状態で手を高くあげてください。
小野:太陽はどこにありますか? 見つけたら指を差して、目をあけてみましょう。
小野:指を差した方向に太陽はありましたか? 太陽を感じたとき、手のひらに暖かさがじわっと広がったのではないでしょうか。それもまた、触覚なんですよね。
さらに、木の幹の温度、苔や葉っぱの質感、土の硬さなども触れて感じてみましょう。いろいろな植物の種類や生えている場所で比べてみることで、違いがわかるはずです。
小野:落ちている木の枝があったら、地面を少し掘ってみて、土の硬さや温度を比べてみてください。
木の実や土の香りに癒やされる
―同じ土でも、少し場所が違うだけで触感が変わるんですね。
小野:枯れ葉や落ち葉が分解されてできる腐葉土は、場所によってそこに住む微生物の種類や数が異なるので、少し離れただけでもにおいや温度、硬さが変わるんです。
触った葉っぱや土のにおいを嗅いでみましょう。嗅ぎ分けると、それぞれが微妙に違うことがわかります。
小野:森の香りは、私たちに癒やしを与えてくれます。たとえば、このヒノキボックリ。少し潰してみると、木の芳香がフワッと広がるんですよ。
拾ったら持ち帰って、お茶のパックに包んで枕元に置いておくのもおすすめ。眠るときにも森を感じられ、リラックス感を得られるはずです。
小野:また、香りは記憶と結びつきやすいもの。たとえば土のにおいを嗅いで「カブトムシのにおいだ」と連想すると、子どもの頃の懐かしい思い出もよみがえります。自然のなかで楽しく過ごした昔の記憶が思い出されれば、気分転換にもなるでしょう。
知識が増えてきたら、味覚でも森林を感じてみて
小野:少し上級者向けになりますが、森林のなかでは食べられる植物がたくさん見つけられます。ここには山椒の木がありますね。
小野:少しだけ葉っぱをいただいて、それを手のひらでパンと叩いてみてください。すると、山椒のいい香りがします。
小野:ちなみに山椒の葉っぱは食べても大丈夫。舌がピリリと痺れて、まさに山椒の味。森林浴ではこのように味覚を使って楽しむこともできるんですよ。
自然に身を委ね、日々の緊張感から解放されよう
―1時間ほどの森林浴で、すっかり童心にかえって楽しめましたし、リラックスもできました。
小野:今回、五感の使い方を中心にレクチャーしましたが、森に入った時点で五感は自然とフル稼働するものです。なので「五感を使おう」と気張らずに、ぜひマイペースに森林浴を楽しんでみてください。
また、マインドフルネス瞑想もおすすめ。軽い運動をして体をゆるめたり、深呼吸したりするのも良いですね。深呼吸をするときは肩の力を抜いて、「森の美味しい空気をいただき、体中に届ける」とイメージして、自分のペースで繰り返しましょう。
(マインドフルネスについては、『子どもと一緒にできる「マインドフルネス」実践法』で詳しく解説していますので、ぜひそちらの記事もあわせてご覧ください。)
―少し体を動かすと、気分もすっきりしますね。森林浴をする前には気づかなかった森の香りや色がわかるようになった気がします。
小野:森林浴のあとは感性が研ぎ澄まされています。帰り道では日常の感覚がどう変わったか、意識を向けてみてください。街の音やにおいが、いつもより鮮明に感じられるはず。
―最後に、これから森林浴を始める方に、メッセージをお願いします。
小野:「ちょっと綺麗な景色を見に行こう」とか「森のなかに良い空気を吸いに行こう」とか、気楽にやってみることが大切です。ふらっと行くだけで、なにもしなくても大丈夫。ぜひ「気分が向いたら行ってみる」ことを習慣にして、心地よく健康になりましょう。