過食症は、ただの「食べすぎ」とは異なり、自分ではコントロールできない強い衝動により、大量の食べ物を短時間で摂取してしまう摂食障害のひとつです。
過食症は10~20代の女性に多い疾患ですが、近年では男性や小学生にも広がりを見せています。過食症の度合いによっては、治療時間が長期にわたるため、気になる症状があれば、早めに専門機関に相談することが大切です。
本記事では、過食症の診断基準や「食べすぎ」との違い、背景にある心理的・環境的要因、そして治療やサポートの方法まで、専門家のコメントを交えながら詳しく解説します。
- 教えてくれるのは…
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- 岡本 百合教授
- 広島大学保健管理センター
広島大学保健管理センター教授。専門は臨床精神医学・心身医学で、特に摂食障害の病態と治療に注力。精神医学の臨床・研究に携わる。若年女性の拒食症患者を数多く担当した経験から摂食障害の研究を深め、学位を取得。2000年より現職にて学生の心身の健康支援に取り組み、長年の臨床経験と研究成果を教育や診療に生かしている。
[監修者]岡本 百合教授:https://seeds.office.hiroshima-u.ac.jp/profile/ja.c108e2186a39c113520e17560c007669.html
広島大学 保健管理センターHP:https://health.hiroshima-u.ac.jp/
過食症とは?
過食症は摂食障害のひとつであり、専門的な治療が必要な疾患です。ここでは過食症の定義や診断基準などについて解説していきます。
自分ではコントロールできない摂食障害のひとつ
過食症とは、通常よりもはるかに多い量の食べ物を短時間で摂取し、その行動を自分でコントロールできないという感覚を伴う摂食障害です。単なる「食べすぎ」とは異なり、強い衝動に駆られて食べてしまうことが特徴です。
過食症にはいくつかの種類があり、代表的なものに「神経性過食症」と「気晴らし食い障害(ビンジイーティング)」があります。いずれも、心身のストレスや感情の揺らぎがきっかけとなることが多く、適切な理解と専門的な治療などの対応が求められます。
過食症の診断基準
過食症は、通常の食事とは異なる時間帯や連続したタイミングで大量の食べ物を摂取するのが特徴です。また、「自分では止められない」という強いコントロールの喪失感を伴うという点も診断基準の1つです。
神経性過食症は、食べたことへの罪悪感や体重増加への強い不安から、嘔吐・下剤の乱用・過度な運動などの代償行為を行う点が大きな特徴です。
近年では小学生にも増えてきている疾患
近年では、小学生のうちから発症するケースも報告されており、発症年齢の低年齢化が懸念されています。
日本における有病率は、女性で約1.6〜2%、男性で0.5%とされており、年々増加傾向にあります。
この背景には、外見や体型に対する意識の低年齢化があり、SNSやメディアの影響によって、モデルや芸能人のように「痩せていなければならない」というプレッシャーを感じる子どもも少なくありません。こうした社会的な価値観が、過食症のリスクを高める一因となっています。
過食症の特徴と、「食べすぎ」との違い
過食症と食べすぎの違いは、「食べる量」と「自分の行動をコントロールできるかどうか」にあります。
過食症では、一度に大量の食べ物を短時間で詰め込むように食べるのが特徴です。その際、「止めたいのに止められない」「自分の意思で制御できない」といった強いコントロールの喪失感が伴います。
一方で、食べすぎの場合は多少の後悔や反省を伴うことはあっても、自分の意志で食行動にブレーキをかけることができます。「コントロールの喪失感」があるかどうかが、過食症かどうかを見分ける重要なサインとなります。
体重増加を防ぐための「代償行動」がある
過食症では、食べた後に体重増加を防ごうとする「代償行動」が見られるのが大きな特徴です。たとえば、自己誘発嘔吐や下剤の乱用、過度な運動などが代償行動にあたります。これは、食べたことへの強い罪悪感や、体重が増えることへの恐怖からくるものです。
一方で、一般的な食べすぎの場合には、こうした行動は通常伴いません。身体的な代償行為を行う行動が見られないのが大きな違いです。
日常生活に大きな支障をきたす
食べすぎは、一時的にお腹が苦しくなったり、後悔の気持ちを抱いたりすることはありますが、日常生活に大きな支障をきたすものではありません。
一方過食症は、その行動が繰り返されることで心身に深刻な影響を及ぼす疾患です。たとえば、嘔吐時の胃酸による歯の損傷や、電解質の乱れによる心臓への負担、低カリウム血症などの身体的な合併症が生じることがあります。
さらに、うつ病や不安、自傷行為、自殺リスクの上昇、さらには食べ物に関する窃盗行為など、精神的・社会的な問題に発展するケースも少なくありません。日常生活に支障をきたしている場合は、迷わず専門医に相談することが大切です。
過食症になる3つの原因
過食症を発症する背景には、主に3つの要因が影響していると考えられます。ここでは、それぞれの要因や過食症との関連性について解説します。
心理的要因
過食症の背景には、自己肯定感の低さが深く関わっていることがあります。「もっと痩せたい」「理想の自分になりたい」といった気持ちの裏には、自分に自信が持てず、他者からの承認を求める思いが潜んでいるケースも少なくありません。
また、寂しさや不安、怒りといったネガティブな感情をうまく処理できず、それを紛らわせるために過食を繰り返しているケースも見られます。
環境的要因
過食症には、心理的な要因だけでなく、日常生活の中で積み重なる環境的な要因も深く関わっています。特に、周囲との関係性や生活習慣、過去の体験などは、症状の背景に大きな影響を与えるといわれています。過食症を理解するうえで、環境的な側面を把握することは欠かせません。代表的な要因は以下のとおりです。
- 家庭や職場でのストレス
- 幼少期のトラウマや性的虐待経験
- 人間関係の希薄化による孤独感
- 思春期の極端なダイエットや家庭での過度な食事制限
- コロナ禍による生活環境の変化
これらの要因は、一つひとつが単独で作用するのではなく、複雑に絡み合いながら症状を悪化させていきます。そのため、表面的な食行動だけに注目するのではなく、背景にある環境や心の状態を含めて理解することが大切です。
生物学的要因
過食症には、脳内の神経伝達物質である「セロトニン」との関連が指摘されています。
セロトニンは、気分の安定や衝動のコントロールに関わる物質であり、過食症に見られる不安や抑うつ、衝動的な行動との関連が研究されています。
衝動性が強いケースでは、セロトニンに働きかける薬剤が治療の補助としても使われます。心理的なアプローチと併用しながら、バランスを整えるための助けとなることもあります。
岡本先生に過食症発症から治療までの道のりを伺いました
過食症はさまざまな過程を経て治療されます。
過食症の大きな問題は、「自分が過食症である」と認識していない方が多いことにあり、自発的に医療機関へ受診しに行く機会が少ないことです。
心あたりのある方は、以下の治療までの道のりを参考にして、症状や精神的問題と照らし合わせてみましょう。
1医療機関の受診
治療の第一歩は、医療機関を受診するところから始まります。しかし、過食症の方の多くは、自分の症状を恥ずかしいことだと感じたり、「意志が弱い」「努力が足りない」と自己責任に捉えてしまったりして、専門機関への相談をためらいがちです。
「自分ではコントロールできない」と感じたり、症状が出ることを恐れて、楽しみにしていた予定を断念したり、人付き合いを避けるようになっていたりする場合は、できるだけ早い段階で医療機関に相談することが大切です。
2治療法の選択
受診後は、過食症に最も影響を与えている要因を見極めたうえで、適切な治療法を選択していきます。過食症の治療で効果が高いとされているのが、「認知行動療法」です。食事日記をつけながら過食のパターンやきっかけを客観的に整理し、感情の処理やストレスへの対処法を身につけていくことが中心となります。
食生活に偏りが見られる場合には、管理栄養士による栄養指導も効果的です。食事日記をもとに、無理のない食習慣を一緒に見直していくことで、過食との向き合い方に変化が現れてきます。
サポートグループへの参加と日常ケア
過食症の回復には、医療的な治療と並行して、サポートグループへの参加や日常生活での工夫も大切です。
同じ悩みを抱える人たちと交流できるサポートグループ(自助グループ)に参加することで、安心感を得たり、回復への意欲につながったりする可能性があります。グループの雰囲気や考え方は様々なので、自分に合った場所を選ぶことが大切です。
また、家族の協力も欠かせません。家族が過食症で苦しんでいる場合は、否定や指摘ではなく、本人の気持ちに寄り添う姿勢が求められます。
つらくなる前に信頼できる人へ相談を
過食症は「食べすぎ」とは異なり、自分ではコントロールできない大量摂取を特徴とする摂食障害です。発症の背景には、心理的・環境的・生物学的な要因が複雑に絡み合っています。
治療には、認知行動療法や栄養指導、薬物療法に加えて、家族やサポートグループの支えも重要とされています。「自分ではもうどうにもならない」と感じたら、まずは専門家へ相談してみましょう。