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やる気を高める「ドーパミン」との上手なつき合い方

私たちの集中力ややる気をアップさせてくれる物質「ドーパミン」。楽しいことをしているときや、目標を達成したときなどに分泌されますが、最近の研究では、成果が得られなかったときでも、努力し続ける行動を支えてくれていることがわかってきました。

ドーパミンとうまくつき合いながら、勉強や仕事などでパフォーマンスを発揮するためのコツを、滋賀医科大学教授の小川正晃先生に伺いました。

教えてくれるのは・・・
小川 正晃先生
滋賀医科大学生理学講座 生体システム生理学部門 教授

東北大学医学部医学科卒。京都大学大学院医学研究科生理系専攻博士課程修了、医学博士。米国メリーランド大学医学部解剖・神経生物学部門、マサチューセッツ工科大学メディアラボ合成神経生物学グループへの留学の後、京都大学医学研究科神経生物学分野・助教、京都大学 医学研究科 メディカルイノベーションセンター 特定准教授などを経て現職。専門は神経科学。意欲(ドーパミンなど)や意思決定、注意などを担う神経メカニズムの研究を続けている。

やる気を支えるドーパミンの作用と役割

新しいことを始めるときや目標を達成したとき、褒められたとき、恋をしているときなどに私たちは強い快感や幸せを感じ、うれしくなって「もっと頑張ろう!」という気持ちになります。

このようなとき、脳内では「ドーパミン」という神経伝達物質が出ています。

ヒトや動物の脳は、欲求が満たされたときにドーパミンを分泌します。ドーパミンは、褒められたり愛されたりしたとき、食欲や睡眠欲、性行為などの生理的欲求が満たされた場合などに放出され、私たちにやる気や元気を感じさせます。このような神経ネットワークのことを「報酬系」といいます。

報酬系のおかげで、ヒトや動物は、楽しいことや気持ちいいことを何度でもしたくなったり、目標を達成して充足感を得ると、またチャレンジしようと行動したりするわけです。

褒められたいから練習を頑張る、就職に有利になるように受験勉強を頑張るというように、ドーパミンは、何かを実行しようとするときの意欲や動機づけに深く関わっています。また、ドーパミンが増えると集中力がアップして、仕事や学習の作業効率を高めることもわかっています。ドーパミンの作用があるからこそ、人間は成長できるといっても過言ではないのです。

報酬系には脳のさまざまな領域が関与しており、主にドーパミンを分泌するドーパミン細胞があるのが腹側被蓋野(ふくそくひがいや)。腹側被蓋野のドーパミン細胞からドーパミン放出を受け取って、ドーパミンが増えたり減ったりする場所が側坐核(そくざかく)という部分

ドーパミンの主な働き

  • 意欲を生んだり、感じさせたりする
  • 目標を達成したときに喜びや幸せを感じさせる(脳の報酬系を活性化する)
  • 注意力を高める
  • 不安や不快なときに分泌され、集中力や記憶力を高めるホルモン「ノルアドレナリン」をつくる
  • 運動、認知など脳の中枢機能を調節する
  • 体内の循環を調整する(血管の拡張、胃の運動の緩和)
  • 母乳をつくるホルモン「プロラクチン」を抑制する

ドーパミンは神経伝達物質? それともホルモン?

ドーパミンは神経伝達物質である一方、別名「やる気ホルモン」と呼ばれたり「幸せホルモン」の仲間に分類されたりします。同じドーパミンでも、脳のなかの神経細胞同士で情報を伝え合うものは神経伝達物質、血液を介して運ばれるものはホルモンと呼ばれます。つまり、働き方の違いによって呼び名が変わるのです。

ドーパミンは適切な分泌量であることが大事!

ドーパミンは過剰に分泌されても、少なすぎてもよくありません。

報酬系により分泌されるドーパミンには中毒性があり、ドーパミンが過剰に分泌されると、ギャンブル依存、買い物依存、過食などになることも。幻覚や妄想が出現しやすくなる統合失調症が生じる原因のひとつとも考えられています。また、薬物のなかにもドーパミンを分泌させるものがあり、ときに薬物乱用を招くこともあります。

反対に、ドーパミンの分泌が減少することで発症する病気がパーキンソン病です。パーキンソン病になると、体の動きがにぶくなり、手足が震えたり、認知機能が低下したりします。

新発見! 期待外れを乗り越える脳の仕組みとは?

ドーパミンが私たちのやる気や動機づけに関係しているのはたしかですが、それならば私たちは快楽や報酬を得られなければやる気を出せないのでしょうか?

従来、脳内のドーパミン細胞の活動量は、物事が思った以上にうまくいくと増え(ドーパミン放出量も増える)、期待が外れると減る(ドーパミン放出量も減る)と考えられてきました。この仕組みは「報酬予測誤差」と呼ばれ、やる気を出すには期待以上の報酬(ご褒美)が重要だとされていたのです。

しかし、ヒトは仕事や勉強、スポーツなどにおいて高い目標を設定し、たとえそれがうまくいかなくても乗り越えようと努力し続けることができます。またヒト以外の動物も、獲物を探すことや求愛行動において失敗を乗り越えられなければ、種の繁栄に影響してしまいます。

小川先生らの研究グループはその点に注目し、期待外れ(努力したのにうまくいかない状態)を乗り越えて意欲を支える脳の仕組みがあるのではないかと考えました。そこでラットを使った実験を行い、新たに見つかったのが従来型とは違う「新しいドーパミン細胞」です。

実験ではまず、「レバーを操作すると甘い水(報酬)がもらえる」ことをラットに教え、自主的にレバー操作ができるように訓練。その結果ラットは、甘い水が出てこないこと(期待外れ)があっても、レバー操作を続けることができました。つまり、期待外れが生じても、次の報酬獲得に向けて行動を切り替えられたのです。

そのときのドーパミン神経回路の活動をくわしく調べると、甘い水が飲めないという期待外れが生じた直後に活動が増すドーパミン細胞が見つかりました。これを受けて脳の側坐核でもドーパミン量が増加することや、側坐核のドーパミン回路を人工的に刺激するとラットは積極的にレバーを押すことも確認されました。

高い目標がある場合や、なかなか到達できないものに対してやる気を持ち続けるには、今回新たに発見されたドーパミン回路が貢献していると考えられます。

この新発見により、将来的には、意欲が異常に低下するうつ病や、逆に意欲が異常に高まるさまざまな依存症などの治療法につながることが期待されています。

出典:Dopamine error signal to actively cope with lack of expected reward (期待する報酬の欠如に能動的に対処するためのドーパミン誤差信号)

やる気アップ! ドーパミンの働きをうまく使うコツ

仕事や勉強、子育て、部下の育成といった場面でやる気を高めたり、ドーパミンを増やしたりするにはどんな工夫が必要でしょうか。小川先生にアドバイスをいただきました。

子どもにやる気を起こさせたい

小川先生

従来のドーパミン回路と新たに発見されたドーパミン回路の両方を刺激して、バランスをうまく取れるといいですね。ヒトは報酬が期待できることには意欲が湧きやすいので、ご褒美を与えるのも一案です。

 

ただし、毎回ご褒美をもらえてそれが当たり前になると、やる気が出なくなってしまいます。そこで重要になるのが、目標を立てて達成する喜びを子どもに経験させてあげること。

 

失敗してもあきらめずに続けて目標を達成できたら褒めてあげる、目標を達成しやすいレベルから設定してあげる、あるいは、子ども本人が目標を設定できるようにサポートするなども有効でしょう。子どもが自らやりたいと思ったことを、主体的に取り組むことでも意欲は生まれます。

褒められて伸びるは本当? 部下は褒めて育てるべき?

小川先生

褒められることでドーパミン細胞が活性化するので、褒めることはいいことです。会社の組織でも、目標を少しだけ高めに設定してメンバーが頑張れるようにするのと同時に、「頑張ればいいことがある」と思える報酬・昇給を設定し、「アメとムチ」のバランスをうまくとりながら、目標を達成していくことが大切でしょう。

 

また、これは想像ですが、人間は多様な存在であって、ドーパミンが働きやすい人とそうでない人がいてもおかしくはありません。その人の身の丈にあった目標設定も大事ではないでしょうか。

年齢とともにやる気が衰えてきた気がする……

小川先生

ドーパミンは、健康な人でも加齢とともに徐々に減少していくといわれています。ワクワクすることや感動が薄れたと感じるのは、もしかするとドーパミン分泌量が低下しているせいかもしれません。

 

ドーパミンは、自分が楽しいと思うことや何かを達成できて「やった!」とガッツポーズをしているときに大量に放出されます。この仕組みを活用しない手はありません。仕事でも趣味でも興味が湧くものや好きなことに挑戦してみる、または新しいことにチャレンジしてみるなどを試してみてください

ほかにもある! 意欲や気分に関わる物質

神経伝達物質やホルモンのなかには、ドーパミン以外にも、私たちのやる気や集中力、意思決定、認知能力などに深く関わりのあるものがあります。私たちの気分や感情に影響を与える物質をいくつか紹介しましょう。

ノルアドレナリン
ストレスがかかったときに集中力や記憶力を高める。不足すると、仕事や遊びへの関心が薄れたり、持続性が失われたりする。

アセチルコリン
記憶や認知能力、意思決定などに関与すると考えらえている物質。アルツハイマー型認知症患者の脳では、アセチルコリンの減少がみられる。

セロトニン
ドーパミンやノルアドレナリンがバランスよく働くように作用して、心を安定させる。夜間にメラトニンに変換され、睡眠を促す。自律神経を整えるなど。別名「幸せホルモン」。

たとえば、うつ状態になる人の脳では、「ノルアドレナリン」や「セロトニン」の減少が見られます。

ドーパミンの存在を意識して味方につけよう

「やる気」は日々の活力になり、健康に生きていくためにも欠かせないものです。「やる気が出ないなあ」と感じたら、ワクワクするような目標を立ててみたり、興味があるテーマや作業から手をつけてみたりして、ドーパミン細胞を刺激してみましょう。ドーパミンの存在を意識するだけでも行動が変わり、やる気が湧いてくるかもしれません。

CREDIT
取材・文:及川夕子 編集:HELiCO編集部+ノオト イラスト:石山好宏
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