私たちの体と心にさまざまな影響を与えるホルモン。笑ったり、涙したり、キュンとしたり、映画などの作品を通して、さまざまな感情を味わうことも、いくつかのホルモンを活性化させるといわれています。
移動映画館「キノ・イグルー」の代表であり、1日1本は映画館で映画を鑑賞するのが日課だという、有坂塁さんと一緒に“映画の余韻とホルモン”について考えてみました。
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- 有坂 塁さん
2003年に中学校時代の同級生、渡辺順也氏とともに移動映画館「キノ・イグルー」を設立。フィンランド映画界の鬼才アキ・カウリスマキから直々に名付けられた「Kino Iglu」とは「かまくら映画館」の意。東京を拠点に全国のカフェ、書店、パン屋、酒蔵、美術館、無人島などで、世界各国の映画を上映している。Instagramでも毎日作品を紹介している。
▼キノ・イグルー
http://kinoiglu.com/
▼Instagram
https://www.instagram.com/kinoiglu/
余韻が長く続くのは、余白の多い映画
移動映画館「キノ・イグルー」の運営者として、これまで多くのメディアから取材を受けてきた有坂さん。しかし、映画の余韻が、私たち一人ひとりのホルモンをどのように活性化させているのかを考えることは、有坂さんにとっても斜めから投げられたボールだったようです。
学生のころ、友人たちと夏祭りに行く約束をしていたものの、直前に鑑賞した『ショーシャンクの空に』(1994)の余韻にとらわれ、予定をキャンセルしたこともあるという有坂さん。
有坂さんにとって、余韻が深く長いのは、どんな映画なのでしょうか。
「?」が多い映画のほうが、鑑賞後もアレコレと考えや思いを巡らせることになる。だからこそ、映画の余韻が続く。有坂さんは、そのわからなさを「パズルのピース」に例えます。余白の多い映画に散りばめられた、たくさんのピースを、自分が納得できるように当てはめていく。わからないけれども、納得はしたい、という欲が、より映画の余韻を引き立たせるのかもしれません。
多くの人の心に「バッドエンドの映画」として残っているという『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。しかし、物語がバッドエンドかハッピーエンドかは「映画の余韻には関係ない」と有坂さんは言います。余白のある映画、思わず考え込んでしまう作品ほど、私たちのなかで映画の余韻は長引き、さまざまな感情を誘発するのかもしれません。
感想を言葉にするのは、後まわし
映画を観たあとの余韻で味わう気持ちを、うまく言葉にできない。そんなふうに感じる方も多いのではないでしょうか。有坂さんは「映画の感想を、すぐに言葉にできなくても何の問題もないと思います。むしろ僕は、言葉にしちゃいけないとさえ考えているんですよ」と話してくれました。
世のなかには、たくさんの映画と、それらを凌駕するほどの感想が溢れています。「この映画、最高だった!」「私には、ちょっと合わなかった……」「とにかく泣けて仕方なかった」など、鑑賞者それぞれのフィルターを通した言葉に触れるたびに、いつしか「この映画にはこういう感想が正解だ」という、ありもしない“定義”に囚われてしまう瞬間も、あるのではないでしょうか。
映画の余韻を邪魔するもの
映画の余韻をより深く味わう方法について、たっぷり語ってもらいました。ここでふと、有坂さんにとって映画の余韻を邪魔するものはあるのだろうか? という疑問が湧いてきました。
有坂さんにとって、この『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』は、初めてキューバという国やキューバ音楽そのものに触れた、思い出深い作品。ハバナをはじめとするキューバの町の風景はもちろん、ミュージシャンが各々のペースで自分たちの音楽を奏でる、自由な空間に魅了されたそう。
もちろん、その人たちが悪いわけではありません。それでも、せっかくの映画の余韻がキレイさっぱりなくなってしまった……。この経験が、有坂さんにとって「映画の余韻を味わう時間について、しっかり考えないといけない」と感じたきっかけだったといいます。
映画のワクワクも余韻も楽しもう
最後にあらためて、映画の余韻とホルモンの関係性について、有坂さんに問いを向けてみました。映画の余韻を経て、自分のなかで変化を感じる瞬間はありますか? と。
ただの暇つぶしの手段として、映画を観ることは避けたい。およそ2時間で、行ったことのない国へ行き、知らない人の人生を追体験できるのが、映画の持つ特別性。「本当に、気づきだらけなんですよ、映画は」と語る有坂さんの目は、いつまでも、どこまでもキラキラしています。
「たとえば、この映像はね……」と、有坂さんが過去の上映会の動画を見せてくれました。スマートフォンの画面には、とある映画を鑑賞中のたくさんの子どもたちがいました。それぞれ、声を上げたり立ち上がったりと、思い思いに映画を楽しんでいます。
移動映画館『キノ・イグルー』の活動において、有坂さんはさまざまな環境下で、映画の上映会をおこなってきました。街中のカフェで10〜20名ほどで椅子を寄せ合って観る日もあれば、大型商業施設の屋外スペースで何千人規模の人々がピクニックシートを敷いて映画を観るイベントも手掛けるなど、枠にはまらない映画体験を提供し続けています。
「もっと、映画を楽しいものだと思ってほしいんです。『楽しい!』から、すべてが始まると思っているので。名作映画に詳しくなくても大丈夫、たった一つでも好きだと思える映画があれば、一緒にその話をしたいですね」と笑う有坂さんのメッセージは、これからも多くの映画とともに、余韻となって浸透していくのでしょう。