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健康や生殖、心にも作用する「性ホルモン」

卵巣や精巣から分泌され、体の女性らしさや男性らしさ、生殖などに関わる「性ステロイドホルモン」(以下、性ホルモン)。近年は見た目・体の若々しさや考え方、メンタルにまで関与するホルモンとしても注目されています。

本記事では、性ホルモンの種類や特徴、健康への影響について解説しながら、「なぜ女性の体にも男性ホルモンがあるの?」「ホルモンは性自認にも影響するの?」など素朴な疑問を紐解いていきます。

教えてくれるのは・・・
金子 律子先生
東洋大学 生命科学部生命科学科

医学博士。専門分野は、脳神経科学、神経科学、神経解剖学・神経病理学。東京大学理学部動物学教室卒業、同大学理学系研究科動物学専攻修士課程修了。山形大学、カナダ・アルバータ大学、聖マリアンナ医科大学を経て、2006年より現職。書籍に「ホルモンのはたらき パーフェクトガイド」(キャサリン・ウィットロック/二コラ・テンプル 著、金子(大谷)律子 日本語版監修、日経ナショナル・ジオグラフィック社)などがある。

性ホルモンってなに?

性ホルモンとは、主に性腺(卵巣・精巣)から分泌されるステロイドホルモンのことをいい、男性ホルモンのテストステロン、女性ホルモンのエストロゲン(卵胞ホルモン)や、プロゲステロン(黄体ホルモン)などが知られています。性ホルモンは、脊椎動物ではヒトも動物も同じように働き、その最大の役割は生殖機能の調節です。

男性ホルモンは男性の体で、女性ホルモンは女性の体でつくられるというイメージが強いかもしれません。もちろん、男性ホルモンは男性に、女性ホルモンは女性に相対的に多いという特徴はありますが、じつは男女ともに量的な差はあるものの両方の性ホルモンを分泌しています。

ヒトの場合、性ホルモンの影響がはっきりと目に見えるようになるのは、生まれたときの外性器の特徴(第一次性徴)と思春期(第二次性徴)に起こる体の変化です。

思春期に男の子は精巣から男性ホルモンが出され、声変わりや体毛、陰茎が長くなるなどの変化が起こり、精子形成と射精能力を獲得します。一方、女の子は卵巣から女性ホルモンが出されて胸がふくらむ、体毛が生えるなどの変化が起こり初経を迎えます。つまり、思春期に生殖機能が働き出す際に、性ホルモンの分泌が高まり体が変化します。

男女ともに性ホルモンの量は20代でピークに達しますが、性成熟期の初期(10代初めから中頃まで)には生殖可能な体の環境が整います。思春期以降、女性ホルモンの分泌には周期(月経周期)があり、これは男性にはない特徴です。

男性は死ぬまで精子をつくり続ける!? 〜生殖能力の男女の違い〜

女性は約200万個の卵子のもとを持って生まれ、思春期以降は周期的に排卵をするようになります。生殖能力がピークに達した後、生殖能力は徐々に低下し、閉経を迎えると排卵と月経が完全に停止します。これに対して、男性の精子形成は基本的には思春期以降、老年期まで続きます。

男性ホルモン、女性ホルモンそれぞれの役割や分泌の特徴

男性ホルモン、女性ホルモンの受容体(※)は血管や骨、脳、生殖器、皮膚など全身に存在しているため、性ホルモンは体のいろいろな所で働いて、健康維持などに重要な役割を果たしています。

※受容体とは……ホルモンを受け取る窓口のこと

女性ホルモンの役割

エストロゲンの主な働き

  • 女性的な体づくり
  • 下垂体から分泌される生殖腺刺激ホルモンの分泌調節に関わる
  • 生殖器を受精に適した環境にする
  • 妊娠の維持
  • 皮膚の潤いやハリ、髪の発育などを保つ
  • 骨粗しょう症の予防
  • 血管をしなやかに保つ(動脈硬化予防)
  • 善玉コレステロールを増やし、悪玉コレステロールを減らす
  • 認知機能の維持に役立つともいわれている

 
プロゲステロンの主な働き

  • 体温を上げる
  • 子宮内膜をふかふかにして妊娠の準備をする
  • 妊娠の維持など

男性ホルモンの役割

テストステロンの主な働き

  • 男性的な脳(情動や行動)や体づくり
  • 性欲や生殖機能を高める
  • 精子をつくる
  • 筋肉量を増やす
  • 骨の成長や骨量の維持
  • 内臓脂肪をつきにくくする
  • 増血作用を促進する
  • 動脈硬化を防ぐ
  • 皮脂を分泌する
  • 体毛を生やす
  • 判断力や記憶力をサポートするともいわれる

性ホルモンをつくる主な部位と種類

性ホルモンは主に生殖器から分泌されますが、副腎や脳、脂肪組織、妊娠中の胎盤でも合成されます。

●卵巣:エストロゲン、プロゲステロン(黄体ホルモン)、一部は男性ホルモン(アンドロゲン)として分泌される
●精巣:テストステロン、一部がエストロゲンになる
●副腎:糖質コルチコイド、コルチゾール、DHEAや男性ホルモン
●胎盤:エストロゲン、プロゲステロン
●脂肪組織:副腎皮質から分泌された男性ホルモンをもとにしてエストロゲンをつくる
●脳:アンドロゲンやエストロゲンなどを合成している

女性でも男性ホルモンが分泌されているワケは?

ヒトの性ホルモンの合成には複雑な経路があります。簡単にいうと男性ホルモンが先につくられ、卵巣や副腎では、男性ホルモンからアロマターゼという酵素の働きによって、女性ホルモンのエストロゲンがつくられます。そのため、女性の体でも男性ホルモンと女性ホルモンの両方が分泌されているのです。

男性の体では、テストステロンの約95%が睾丸(精巣)でつくられますが、その一部がエストロゲンに変わります。また、筋肉を動かすことでテストステロンの分泌が増えるともいわれています。

女性の体では、卵巣のほかに脂肪組織などから女性ホルモンがつくられます。テストステロンは卵巣、脂肪組織、副腎でつくられますが、男性よりも分泌量はかなり少ないです。

性自認にも影響する? 性ホルモンの不思議な力

人間をはじめ生き物の性別は、男か女だけではなく多様な性が存在します。ヒトの場合、体の性(外性器や戸籍上の性別)のほかに、心の性(性自認)、好きになる性(性的嗜好)、表現する性などさまざまなバリエーションがあり、体の性と一致することもあればしないこともあります。では、性ホルモンは性の多様性にどのように関わっているのでしょうか。

生命の神秘! 性分化のしくみ

それを知るには、まだ母親のお腹のなかにいる胎児期までさかのぼる必要があります。性ホルモンは、胎児の生殖腺や外性器・内性器が男性型・女性型のどちらになるかという「性分化」の過程に影響を及ぼします。

妊娠2か月ごろまでの胎児は体も脳も男女の違いはなく、初期設定は女性にセットされています。「性分化」の第1段階は染色体に基づいて、精巣や卵巣が発育していく段階です。胎児期に遺伝子の情報に基づいて精巣が発育すると、男性ホルモンのテストステロンが分泌され、テストステロンのシャワーを浴び続けることで、外性器が男性になり、脳や生まれてからの性行動も男らしくなると考えられています。

一方、卵巣が分化した場合には子宮や卵管ができていきますが、このときは卵巣から女性ホルモンはまだ分泌されません。女の子は思春期になり脂肪が体についてくるようになると、脳から性腺刺激ホルモンが出され、卵巣が活動を始めます。つまり、ヒトでは胎児期に男性ホルモンが効いた場合に「男性化」が起こり、外性器、内性器、脳の男性化が進みます。男性ホルモンが効かなければ、女性は女性のままになるわけです。

また、性分化の過程で何らかの変化が生じると性腺(卵巣や精巣)、内性器、外性器の分化や脳の分化において典型的な型ではなくなる可能性もあります。生命誕生のしくみはそもそも複雑で多様なもの。人それぞれに個性があるように、染色体や胎児期のホルモン分泌や受容体などの状況によって、生殖器の性別や脳の性別(性自認)の多様性が起こり得るのです。

私たちが認識している「男らしさ」「女らしさ」というのは、社会通念や習慣によってつくられた性差であり、「性」というのはもともと色々なバリエーションがあるものなのです。

生殖器と脳の性転換

金子先生

私は、性ステロイドホルモンが生き物の行動にどのように影響を及ぼすか研究しています。

前述したように、人間のデフォルト(原型)は女性のようです。哺乳類では生まれる前あるいは出生前後に脳のオス型・メス型が決まりますが、魚には成魚になってからも生殖腺や脳の性転換が可能な種類がたくさんいます。

たとえば、クマノミという魚は群れのなかで最も大きい個体がメスになるという特性を持っています。クマノミの群れからメスを取り除くと、次に体の大きい個体が性転換してメスになるという現象が見られるのです。

ほかにも人工的に雄ホルモン(魚の男性ホルモン)を注射することで、メスがオスの生殖行動である巣穴掘りをするティラピアのように、魚の生殖行動を性転換させられることはよくあります。自然界に目を向けると、脳や生殖腺の自由度が高い生きものがいて、性ホルモンは生殖腺の性や行動まで変えてしまう力を持っていることに驚かされます。

加齢とともに減っていく性ホルモンとの上手なつき合い方

ヒトの場合、人生のどの段階にいるかによって性ホルモンの分泌量が変わってきます。性ホルモンはほかのホルモン同様、体内環境を調節する働きを持ちます。そのため分泌量が減ってくると、心身の状態や健康にも影響が及びます。

女性の場合、一般的に40~50歳ごろに訪れる更年期には、エストロゲンの分泌が急減することで、ほてりや発汗、抑うつなどのいわゆる更年期特有の症状が起きやすくなります。

また、閉経後は卵巣からのエストロゲン分泌がほぼゼロになるため、骨粗しょう症や心血管の病気にもなりやすくなります。女性ホルモンは、脳内のニューロンの生存やニューロン同士を連絡する「シナプス」の形成にも関係しており、女性ホルモンの減少とともに記憶力の低下や認知症を発症しやすくなることも考えられています。

一方、男性は女性の閉経にあたるイベントは起こりませんが、男性ホルモンの減少とともに、疲労感や性欲低下、抑うつなど男性更年期障害や、骨粗しょう症、サルコペニア、認知症を発症しやすくなります。

医学が進歩した現代では、男女ともに更年期障害の治療ではホルモンの補充を行ない、更年期の不調やホルモン減少の影響をカバーして体の状態を改善することも可能になっています。

金子先生

性ホルモンの分泌には加齢だけでなくストレスも強く影響します。バランスよく食べ、活動的に過ごし、十分な睡眠をとること、気分転換を上手に取り入れることなどを心がけて。当たり前のことですが、日々健康に過ごしていくことがやはり大切です。

また、副腎や脂肪組織でつくられる男性ホルモンは、筋肉や骨に対する作用や造血作用などがあるので、エストロゲンの恩恵がなくなる閉経後の女性への役割が注目されています。とはいえ、ホルモンにもさまざまな作用があるのでバランスが大事です。加齢によりホルモンが少なくなってきた場合には、男性ホルモン、女性ホルモンともにホルモン補充療法という治療法があります。そうしたものが使えるか医師に相談して、加齢とうまくつき合いながら過ごしていけるといいでしょう。

ホルモンを知ることでもっと自由に幸せになれる!

性ホルモンは、健康や生殖機能の維持のほか、生き物の「多様性」の鍵にもなっています。体の性、心の性、肌や髪、目の色、身長など見た目の特徴だけでなく、考え方や病気のなりやすさにも個人差があって当たり前。私たちは、遺伝子やホルモンのシャワーのバリエーションによって、多様な能力・個性を持って生まれてきます。

自然界の生き物は自由に性別を変えたりもします。男とは女とはこうあるべきという「らしさ」に当てはめて堅苦しくしているのは、人間だけかもしれません。人との違いこそ個性。そう考えたらもっとたくさんの自由が広がっていきそうです。

CREDIT
取材・文:及川夕子 編集:HELiCO編集部+ノオト イラスト:oyasmur
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