中年期に入り、「毎日が楽しくない」「若い頃の自分に後悔がある」「これからどう生きていけばいいかわからない」……とモヤモヤした気持ちを抱えていませんか。それは「ミッドライフ・クライシス」と呼ばれる、中年期特有の心の危機かもしれません。これから中年期を迎える人も、真っただ中という人にも知っておいてほしい、中年期の心の課題とその乗り越え方について紹介します。
- 教えてくれるのは…
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- 岡本 祐子先生
- HICP東広島心理臨床研究室代表
広島大学名誉教授・教育学博士。臨床心理士、公認心理師。青年期より中年期の発達と危機を中心とした、成人期のアイデンティティの発達臨床的研究に携わる。並行して臨床心理士として、子どもから高齢者までのカウンセリング・心理療法を実践。2012年8月、これまでのアイデンティティ研究・ライフサイクル研究の成果が国際的に認められ、アメリカ合衆国Austen Riggs Centerより、Erikson Scholarの称号を授与された。
[監修者] 岡本 祐子先生:https://home.hiroshima-u.ac.jp/yokamoto/profile.html
広島大学:https://www.hiroshima-u.ac.jp/
中年世代が陥りやすい「ミッドライフ・クライシス」とは?
人生の折り返し時期である40〜50代ごろに、多くの人が直面する「ミッドライフ・クライシス(中年の危機)」。中年期に起こり得る心理的危機で、さまざまな経験をきっかけにこれまでの価値観が見直され、心が揺らぐことをいいます。場合によっては、無力感や焦燥感、後悔や抑うつ感などの症状が現れることも。不安定な心理状態が続くことから「第二の思春期」とも呼ばれています。
なぜ中年世代の心が揺らいでしまうのか?
中年期は一般に40歳〜64歳とされ、身体的、社会的、そして家庭的にも変化の多い時期です。体力の衰えや見た目の変化、更年期や閉経をきっかけに老いを実感する人もいれば、病気を経験する人も出てきます。
家庭では子どもの受験や巣立ちを迎え、夫婦関係に変化が出てくる人も。仕事では出世や能力の限界を自覚するなど、若いころとはまた違った挫折を経験するかもしれません。さらに近しい人の死を経験し、自分の死を意識し始めるのもこのころです。
そんなミッドライフ・クライシスの背景にあるのは、「自分の有限性」への自覚です。いままでは山を登ることに一生懸命だった人も、中年期に入ると「峠」に差し掛かり、これからは山を下るような感覚になるのではないでしょうか。「残りの人生を頑張ってもこれくらいだろう」という限界が見えてくることから、「自分の人生、このままでよかったのか」「自分の存在意義は?」などと考え、心の不調を抱えやすくなるのです。
なぜいまミッドライフ・クライシスが注目されている?
知っておきたいミッドライフ・クライシスの予兆
ミッドライフ・クライシスは、いわばこれからの生き方を問い直す「人生の分岐点」。将来を前向きに捉えて軽やかに乗り越えられる人もいれば、先行きに希望を見出せずにうつ病など深刻な心の問題に発展する場合もあります。
たとえば、以下のような状況が複数当てはまると 、ミッドライフ・クライシスの可能性があります。自分や家族はどうかチェックしてみましょう。
□何をするにもやりがいを感じられない
□イライラすることが増えた
□老いや体の変化を認めたくない、受け入れにくい
□希望や期待よりも、後悔や寂しさを感じることが増えた
□もうどうにもならないという焦りを感じる
□毎日が楽しくない、何も考えたくない
□悩みを話せる家族や友人がいない
□自分の人生に納得がいかない
ミッドライフ・クライシスの兆候がある人は、まずは自分がいま「人生の分岐点」に立っていることを自覚しましょう。そのうえで、これから紹介する『中年の危機を乗り越える方法』をぜひ実践してみてください。
自分らしさの再構築を。中年の危機を乗り越える方法
ミッドライフ・クライシスは、その人にとっての自己=アイデンティティが大きく揺らぐ体験です。
たとえば、バリバリと働いてきた人は「成長し続ける自分」や「組織での評価」を支えに生きてきたかもしれません。しかし、体力や処理能力などが落ちてくれば、いままでのようにはいかないことに気づかされます。「いずれ第一線から外れる時期がやってくる。どうしよう……」と焦りや迷いが生まれてくるのも当然です。
中年の危機を乗り越えて、再び自分らしく前向きに生きていくために必要なのが、「生き方の問い直し」と「アイデンティティの再構築」です。どうしたら新しく前向きな生き方を見つけられるのか。具体的な向き合い方や心を軽くするコツを紹介します。
1「ライフレビュー」でこれまでの人生を振り返る
「ライフレビュー」とは、人生を振り返って、過去に成し遂げたことを再認識したり、未解決だった問題と向き合い解決と再統合を図ったりすることで、人生への自信や自己肯定感を取り戻す心の作業のことをいいます。
初めは受け入れがたくても、次第に「人生には限りがある」という事実を受け入れていく。その過程では、自分のこれまでの経験を時系列に沿って振り返り、整理していく作業が必要です。自分の人生がどうであったか、これからの人生をどう歩むといいのか、じっくり立ち止まって考えていきましょう。
ライフレビューのやり方
人生を振り返る方法はいくつかありますが、ここではすぐに実践できる2つを紹介します。
①自分が力を注いできたものを振り返る
・これまでにどんな出来事があり、自分はそれによってどう変わったのか
・なぜこの仕事を続けてきたのか
・他人とどう関わってきたか など
②一番古い記憶を振り返る
精神分析学では、最も小さいころの記憶がその人の人生の色調をつくるという考えがあります。「幼いころの母親・父親との思い出、若いころに自分にとって決定的な出会い(親友や恩師との出会いなど)があったかどうか」という視点で振り返るのもいいでしょう。
このとき、「獲得したこと、成長できたこと」と「うまくいかなかったこと、失ったもの」を天秤にかけてみましょう。「まあまあ、いい人生だ」と思うのか、「まだやり残したことがある」と思うのか、自分なりに過去を評価することで心の不安定さは和らいでいくはずです。その上で、「これからどう生きていきたいか」を考えます。
主体的に考え、危機への対応力と柔軟な調整力を持つことが、中年の危機脱出の鍵となり、さらなる心の発達につながります。
2趣味や好きなことを見つけて、生きがいをつくる
人は人、自分は自分と割り切り、自分の好きなことをしながらエネルギーを養い、人生を振り返る作業を続けていくという生き方もあります。
「自分が本当にやりたいことをやろう」「今度はこれをやっていくんだ」というものを見つけられた人は、ミッドライフ・クライシスの心配はほぼありません。趣味に生きるケースや、転職してやりたかった仕事に就くケースなどもこれにあたるでしょう。
3自分も他者も幸せにできるような、新たな役割を見つける
自分の仕事や役割に頭打ちの感覚があったとしても、できることがまだあるのではないかと、可能性を探ってみましょう。
中年期は、本来他者への関心が出てくる時期であり、次の世代を育てる役割を果たすことで、達成感を得ることができます。同じ仕事をするにも「自分の経験やスキルを、後輩や若者の育成に使おう」と思えると、ひとつ先のステップに進めるでしょう。
「自分だけでなく他者も幸せにする生き方」の発見は、新しいアイデンティティの獲得とともに、人間としての成長につながります。中年期に「他者や次世代に対する関心と責任を持つ力」を獲得できると、自分にとって大事な人が生き生きと暮らしていることが「安心の土台」になっていきます。
4悩みを話せる相手を持つ
人生を振り返るときに、パートナーや親友、信頼の置ける部下など、聞き上手な人がそばにいると心理的な危機を乗り越えやすくなります。一生懸命話を聞いてくれる人の存在は、安心感を与えてくれます。
自分が話を聞く側になったときには、話者の語りを聞くことに集中し、アドバイスはしないようにします。ここは大事だなと思ったところで「私はこんな風に感じたけど、あなたはそのときどう感じたの?」「そのときは大変だったよね」などと質問したり相槌をうったりして、話者が考えを深めていけるようにサポートします。
人は情報の整理ができれば、自分自身で何をすべきか自ら気づくことができるので、そのときを待ちましょう。人生を丁寧に振り返った先に、「トータルで見れば悪くない人生だった」「自分なりに頑張った」という感覚が得られればOKです。
5必要に応じてカウンセリングを受ける
中年の危機を迎えている自覚はあるけれど、誰にも相談できない、相談できる人がいない。そんなときは専門家による心理カウンセリングを受けるのも一案です。カウンセラーに話を聞いてもらいながら、ライフレビューを行います。悩みの内容によっては、親子カウンセリングや夫婦カウンセリングが役立つ場合もあります。
「人生の岐路」にいることを自覚し、自分らしい人生を考える
最後に、岡本先生はミッドライフ・クライシスについてこのように語ってくれました。
「私は、中年の危機がまったくない人はいないと思っています。順風満帆な人生に見える人でも、大病をしたり、突然配偶者が亡くなったり、子どもが問題を起こしたりなど、小さなことから大きなことまで何かしらあるわけで、なんとなくやり過ごせるものではありません。『自分はいま人生の岐路に立っている』という自覚があるのとないのとでは、人生の後半戦がまったく違うものになっていきます。自分の人生にも、そして家族の危機にも敏感になり関心を寄せてほしいと思います」