「自分はまだ若いから大丈夫」「もう年なんだから」「いい年をして」など、つい年齢を軸に考えてしまうことはありませんか? それらは誰もが持つ考え方のクセ、「バイアス」の一種といわれています。
そうした年齢の受け止め方は、将来の健康や幸福感にどのような影響を与えるのでしょうか。本記事では加齢に対するバイアス(先入観)やエイジズム(年齢による差別や偏見)の影響に注目しながら、よりよく健康に年を重ねるための加齢の受け止め方について考えていきます。
- 教えてくれたのは…
-
- 中川 威先生
- 大阪大学人間科学研究科 准教授
大阪大学人間科学部卒、同大学院人間科学研究科修了。チューリッヒ大学、国立長寿医療研究センターの研究員などを経て2024年4月より現職。生涯発達心理学を専門とし、成人期における健康と幸福(ウェルビーイング)をテーマに研究を行っている。
[監修者]中川 威先生:https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/bedad49647951a6f.html
大阪大学 人間科学研究科/人間科学部:https://www.hus.osaka-u.ac.jp/ja/
加齢に対するバイアス(先入観)の正体とは?
人生100年時代の到来と人口減少社会を同時に迎えた日本では、人がどう年をとっていくのか、シニア世代は社会の戦力になっていけるのかなど、年齢をどう捉えるかに関心が高まっています。
「実年齢」と「主観年齢」の捉え方
実年齢と主観年齢(自分は何歳だと感じているか)にズレが生じ、人が「自分は実際の年齢よりも若い」と感じやすい傾向があることは、国内外問わず多くの国で報告されています。
「加齢」についての捉え方
「もうおじさん(おばさん)だから」と自虐的に振舞ったり、「まだまだ若いから大丈夫」と自分の変化からあえて目を背けたり。また、若いほうが魅力的だ・得だと考える人にとっては、加齢は怖いことに思えるかもしれません。
このように、私たちは「年齢」にとらわれ、振り回されてしまうことがあります。それはどうしてなのでしょうか?
背景にある「バイアス」に注目してみます。バイアスとは、考え方のクセ、これまでの経験や先入観によって偏見を持った判断をしてしまう心理的傾向のことをいいます。
加齢に対してネガティブなバイアスがなぜ起こるのか? たとえば次のような3つの説があります。
説①:「生老病死」の概念が影響している
日本には「生老病死」(避けることのできない4つの苦)という言葉があり、老いは苦しみと捉えられてきた。この言葉が表すように、加齢は死を思い起こさせるため、老いることは不安なことで、基本的にはネガティブに捉えられることが多いという説。
説②:過去の記憶や印象が影響している
子ども時代に、社会やメディアなどでお年寄りがどう扱われていたか、昔の良い記憶や悪い記憶、それに伴う感情などが年齢の捉え方に影響する。否定的な見方だけでなく、「高齢者は温かい人」という肯定的な見方も含まれる。国や文化、時代によって年齢の捉え方は変わっていくものだとする説。
説③:高齢者を自分とは違う集団だと区別している
中年期にあって「自分はまだ若い」と考える人にとって、高齢者は自分と違って弱い存在であり、触れたくない、考えたくないというネガティブな心理が働く。高齢者は距離を置きたい存在であり、自分とは違う集団として区別する傾向にあるという説。
加齢に対するバイアスは若々しさの維持にどう影響する?
年をとることを否定的に感じている人は、心身の健康が悪くなりやすいという知見が、日本を含む多数の研究で報告されています。
逆に、年をとることを肯定的に感じている人たちは、そうではない人たちと比べて平均で4年長生きだったことを示す研究もあります。
出典:加齢に対するポジティブなステレオタイプは高齢者において長寿を予測する
また、気力や体力がまだある中年期であれば、「加齢に抗おう」というモチベーションを持つのもよいことです。「自分はまだ若いから大丈夫」と過信して、無理をしすぎたり、健康管理を怠ったりすることは避けるべきですが、「もう年だから」と諦めず、積極的に活動することはプラスに働きます。
加齢には3つの種類がある
加齢は大きく3つの段階に分けられます。
- 健常加齢 :年齢とともに進む自然な加齢、70代ぐらいまでゆっくりと老いが進む
- 病的加齢 :がん、動脈硬化などの生活習慣病などにより体が老いていく現象
- 終末期加齢:人生の終盤(80代以降)に起こる急激な老化
健常加齢は、生まれたときから少しずつ進むもので、すべての人に起こります。多くの人でその自覚が高まるのは中年期であり、そこからの老い(健常加齢)はゆっくりとしたスピードで進んでいきます。
高齢者や若者の活躍を阻む「エイジズム」の課題とは?
次に、「エイジズム(年齢による差別や偏見)」の影響にも着目してみます。エイジズムは、1969年にアメリカの老年医学者ロバート・バトラー氏によって提唱された言葉。エイジズムもバイアスの一種です。
狭い意味のエイジズムは、「高齢者に対する年齢差別」という意味で使われますが、広い意味では年長者から若年層への差別も含まれ、特定の世代や年齢の人に対する固定観念や刷り込まれている偏見のことを指します。
「あなたは若いのにしっかりしていて立派ね」といった一見褒めているような発言にも、エイジズムが潜んでいるかもしれません。
「エイジズムをなくそう」というWHO(世界保健機構)の提言
2021年、国連の機関であるWHOが、エイジズムがもたらす健康への影響を「老若男女を問わず、すべての人に害を及ぼす世界的な対処すべき課題である」として報告書にまとめました。
このレポートによると、世界の2人に1人が年齢差別的な態度 (固定観念や偏見) を取っており、そのようなエイジズムが人々の健康と幸福に深刻かつ広範囲な影響を及ぼしていると指摘しています。
さらに職場での年齢差別にも言及。高齢者が不利になることもあれば、若者を経験不足だと決めつけるようなエイジズムもあり、アメリカでは、こうした態度が社会経済への数十億ドルの損失につながっていると報告されています。
興味深いのは「エイジズムは、心理的、行動的、生理的な3つの経路を通じて健康に影響を及ぼす」と具体的に述べていることです。
- 心理的:年齢差別がストレスを悪化させる
- 行動的:加齢に対する否定的な自己認識があると、処方された薬を服用しないなど、健康行動を悪化させる
- 生理的:年齢に対する否定的な固定観念により、数十年後の脳に有害な変化が生じる
このレポートが問題にしているのは、年齢で人々を分断してしまう怖さや不公平さであり、偏見的な態度は社会にとってマイナスだということ。バイアスによって、貴重な経験や能力を持つ人を排除しているかもしれないことに気づき、対処すべきだと述べているのです。
エイジズムは私たちの健康や経済に害を及ぼす可能性があることを、知っておくことが大切です。超高齢化社会を健やかに、そして安心・安全に過ごせる社会にするために重要な視点だと、WHOのレポートは教えてくれているように思います。
出典:「年齢差別は世界的な課題:国連」より
加齢への偏見を取り払うには?
自分は若々しいと自信を持つことは素敵なことですが、年を重ねることへの恐れや偏見が大きいと、年をとることが受け入れにくくなるかもしれません。さらにそこに「女性は若く美しくあるべき」などの性差別が加わると、よりインパクトが大きくなります。
自分や周囲の人を苦しめるかもしれない年齢への偏見や固定観念をどうしたら取り払えるのか、一緒に考えてみましょう。
エイジズムをなくす介入は、大きく2つあるとされています。
1教育
何歳からでも、「老い」について具体的に学ぶこと、知ること、教えること。老いとは見た目の変化だけでなく、価値観の変化や人との関わり方の変化を含む、もっと複合的なものです。医学的な教育だけでは、肉体的な衰えや病気のことばかりに目が向いてしまいます。人間としての心の発達や成長、福祉や人権教育も交えた総合的な教育が必要です。
自分と異なる背景を持つ人への理解や尊重は、多くの人が生きやすい社会をつくることにつながります。
2世代間交流
世代を超えてコミュニケーションをとることも有益です。子どものころに祖父母とのいい思い出がある人は、比較的加齢をポジティブに捉えられる素地があるともいわれています。
最近では年を重ねることについて考え、世代を超えて対話するという催し「ダイアログ・ウィズ・タイム」が日本をはじめ世界各地で開催されるなど、関心が高まっています。また、メディアなどで高齢期にまつわる多様なテーマや情報を発信することで理解が広がっていく可能性もあります。
加齢の良いところも悪いところも受け止めていく
中年期には、若さを維持することだけではなく、「どうやったら素敵に年をとれるのか」と、これから先のライフスタイルを想像しながら過ごしていくと、高齢期に入ったときにうまく順応していくことができそうです。良いところも悪いところも受け止めていくのが加齢の一部なのだと思えると、年をとるのが楽しく健やかになるかもしれません。