日本は世界有数の温泉大国! 温泉旅行はつねに人気がある旅の定番スタイルです。温泉に入ることで健康の回復・増進を図る「湯治(とうじ)」という言葉があるように、療養に役立つ泉質をもった温泉が、国内には多数あります。近年の研究では、温泉に一定期間入ることで、病気のリスクに変化が生じるということもわかってきているそう。本記事では、温泉(療養泉)の泉質ごとにどのような特徴があるのか、入浴時にどのようなことに気をつけるべきかといった基本から、最近の研究までご紹介します。
温泉のなかでも特に療養に役立つ温泉がある?
日本人にとって身近なリフレッシュ方法のひとつともいえる、温泉。
温泉入浴で体が温まることによるリラックス効果はもちろん、温泉の含有成分や周辺の環境、気候などが総合的に作用することで、体にも心にもよい影響がもたらされます。健康の回復や増進につながったり、一部の体の不調や苦痛を軽減したり、全体的に改善する効用も期待できます。
環境省が定めた「温泉法」では、温泉は「地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、25℃以上もしくは指定成分のいずれかを一定量以上有するもの」と定義されています。
さらに温泉のなかでも、特に療養に役立つ成分を一定量以上含んだものは「療養泉」と呼ばれます。療養泉は、含有成分によりそれぞれ泉質名がつけられており、泉質を問わず共通する「一般適応症」と泉質ごとの「泉質別適応症(効果が期待できる症状)」があります。
すべての療養泉に共通する一般適応症は以下の通りです。
- 筋肉、関節の慢性的な痛み、こわばり(運動麻痺による筋肉のこわばりも含む)
- 軽い喘息、肺気腫(COPD:肺の壁の細胞が壊れてしまう病気)
- 痔の痛み
- 冷え性、末梢循環(血行)障害
- 胃もたれ、ガスが溜まるなど、胃腸機能の低下
- 軽症高血圧
- 自律神経不安定症やストレスによるさまざまな症状(睡眠障害、うつ状態など)
- 耐糖機能異常(糖尿病)
- 軽度の高コレステロール血症
- 病後回復期
- 疲労回復、健康増進

泉質ごとに異なる! それぞれの適応症とは
現在、日本で療養泉として認められている泉質は10種類。具体的に、それぞれどのような特徴・泉質別適応症があるのかをご紹介します。
なお、飲泉(温泉を飲むこと)は、その成分と体質・持病等の組み合わせによっては体調を悪化させてしまうケースもあります。飲泉をする場合には、飲泉許可を受けている施設であること、禁忌症(1回の温泉入浴又は飲用でも体に悪い影響をきたす可能性がある病気・病態のこと)に当てはまらないかを必ず確認したうえで、飲む量や飲み方などの注意事項を守るようにしてください。
1単純温泉
・特徴
色やにおいなどに大きな特徴やクセがないお湯で、肌への刺激が少ないとされており、老若男女入浴しやすい。
・泉質別適応症
浴用:自律神経不安定症、不眠症、うつ状態
2塩化物泉
・特徴
塩分を含んだお湯で保温効果に優れているため、湯冷めしにくい。別名「熱の湯」ともいわれる。
・泉質別適応症
浴用:きりきず、末梢循環障害、冷え性、うつ状態、皮膚乾燥症
飲用:萎縮性胃炎、便秘
3炭酸水素塩泉
・特徴
皮膚の角質を軟らかくしたり、毛穴の汚れを取り除いたりする作用があり、「美肌の湯」ともいわれる。一方で肌から水分の発散が多くなるため、入浴後は肌が乾燥しやすい。
・泉質別適応症
浴用:きりきず、末梢循環障害、冷え性、皮膚乾燥症など
飲用:胃十二指腸潰瘍、逆流性食道炎、耐糖能異常(糖尿病)、高尿酸血症(痛風)
4硫酸塩泉
・特徴
飲むことで胆のう(脂肪の消化に必要な「胆汁」を溜めておく保管庫)を収縮させて、腸の動きを活発にする。皮膚の脂分を洗い流す作用により、人によっては入浴後に肌が乾燥しやすくなることも。
・泉質別適応症
浴用:きりきず、末梢循環障害、冷え性、うつ状態、皮膚乾燥症
飲用:胆道系機能(消化を助ける機能などの)障害、高コレステロール血症、便秘
5二酸化炭素泉
・特徴
入浴すると小さな泡が体につくのが特徴。炭酸ガスが皮膚から吸収されることで、毛細血管が拡張して血流がよくなり、体が温まる。加温することで炭酸ガスが抜けてしまうことがあるため、基本的にお湯はぬるめ。
・泉質別適応症
浴用:きりきず、末梢循環障害、冷え性、自律神経不安定症
飲用:胃腸機能低下
6含鉄泉
・特徴
元々は無色透明だが、鉄分を含んでおり、空気に触れて酸化することで金色や赤褐色・茶褐色のお湯へと変化する。
・泉質別適応症
飲用:鉄欠乏性貧血
7酸性泉
・特徴
酸性物質を多く含み、殺菌力が強い。酸性が強いと入浴時に肌がピリピリするほど刺激があるため、肌の弱い方は注意が必要。お湯から上がる際にはシャワーなどで軽く洗い流して。
・泉質別適応症
浴用:アトピー性皮膚炎、尋常性乾癬、耐糖能異常(糖尿病)、表皮化膿症
8含よう素泉
・特徴
非火山性の温泉に多く、時間の経過によりお湯の色が黄色く変化する。飲むことで総コレステロールを抑制する。なお、甲状腺機能亢進症がある場合には飲泉に注意が必要。
・泉質別適応症
飲用:高コレステロール血症
9硫黄泉
・特徴
腐った卵のような特有の臭いがする。殺菌力が高く、表皮の細菌やアトピーの原因物質を取り除く。
・泉質別適応症
浴用:アトピー性皮膚炎、尋常性乾癬、慢性湿疹、表皮化膿症
飲用:耐糖能異常(糖尿病)、高コレステロール血症
10放射能泉
・特徴
微量の放射能が含まれており炎症に効果的とされ、ラジウム泉、ラドン泉などともいわれる。含まれる放射能は微量のため安全。別名「万病の湯」。
・泉質別適応症
浴用:高尿酸血症(痛風)、関節リウマチ、強直性脊椎炎
泉質ごとに特定の病気のリスク減少に
このように、泉質ごとにさまざまな適応症がある温泉ですが、最近では研究が進み、泉質ごとに特定の病気のリスクを減らす可能性があることもわかってきました。
九州大学都市研究センターの実験では、140人が異なる泉質の温泉に1週間入浴し、その前後で腸内細菌叢(さいきんそう:腸内にいる細菌のかたまり。体によいものも悪いものもある)を解析。腸内細菌叢は、各細菌が占める割合が変化することで特定の病気のリスク増減に関連することが知られています。温泉入浴によって腸内細菌叢が変化すると、病気のリスクにも影響を及ぼすと考えられているのです。
この実験では、男性が単純温泉に入浴すると「過敏性腸症候群」の疾病リスクが有意に減少。女性では炭酸水素塩泉への入浴で大腸がんリスクの減少などが見られました。
こうした温泉が体にもたらす影響は、それぞれの泉質ごとに含まれる成分によって体に与える「圧」が異なり、その圧によって体に変化がもたらされると考えられています。
温泉入浴による変化がどの程度持続するのか、どの程度の頻度で変化が出るのか等、今後も研究が必要とされていますが「個別化温泉療法」ができるようになる日も来るのかもしれません。

温泉入浴時に気をつけるべきことは?
温泉が体によいことがわかったところで、「たっぷり温泉に浸かって健康になろう!」と思った方も、その入り方には要注意。入浴時には、以下に気をつけてみてください。
入浴前に必ず水分補給を
入浴中は思っている以上に汗をかいています。脱水を防ぐために、季節に関係なく入浴前にはコップ一杯の水分補給をしましょう。これにより急激な血圧低下の予防にもつながります。
かけ湯で徐々に体を慣らす
温泉に浸かる前に、足先など体の末端から順にかけ湯をしてお湯の温度に体を慣らしましょう。熱いお湯にいきなり入ると、交感神経が働き血管が収縮することで、血圧が急激に上昇してしまいます。
長時間お湯に浸かり過ぎず、無理をしない
1回の目安入浴は10分から20分程度。もちろん、その日の体調やお湯の温度等にあわせて「無理をしない」ことが一番大切です。あまり長い時間入りすぎると、疲労感が出てきてしまうこともあるので、注意しましょう。

温泉にどんな特徴や適応症があるのかがわかると、旅の満足度もさらにアップしそうですね。心身ともにリラックスしながら健康にもつながるというのは、温泉ならではの魅力です。温泉に行くときには、ぜひその泉質にも注目してみてください。
- 教えてくれたのは…
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- 馬奈木 俊介さん
- 九州大学大学院工学研究院 都市システム工学講座 教授
九州大学主幹教授、都市研究センター長、ユヌス&椎木ソーシャル・ビジネス研究センター長、総長補佐。
九州大学工学研究院教授、経済産業研究所ファカルティフェロー、農林水産政策研究所客員研究員を兼任。第16回日本学術振興会賞受賞。第25期日本学術会議会員。世界最高峰の研究者として2023年版クラリベイト高被引用論文著者に選出。国連「新国報告書」代表、国連・SDGs報告2023評議員、国連・持続可能性のための新しい資本円卓会議委員、経産省産業構造審議会臨時委員、環境省中央環境審議会臨時委員、日本学術会議「サステナブル投資による産業界のインパクト」代表などを歴任。