フレグランスの香りに昔の恋人を思い出したり、おいしそうな料理のにおいを嗅いだ途端にお腹が空いたり…。というように、私たちのカラダや心は香りになんらかの反応を起こしています。
嗅覚は五感の中で唯一、脳へダイレクトに伝わります。その働きを利用する「アロマテラピー」は、花や樹木、フルーツの香りによってリフレッシュを促します。においが届くメカニズムや香りの活用法を、ハーブやアロマテラピー関連のアイテムを扱う「生活の木」のゼネラルマネジャー・佐々木薫さんに教わりました。後編では具体的な活用法や注意点などを掘り下げていきます。(前編はこちら)
- 教えてくれるのは・・・
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- 佐々木 薫さん
- 「生活の木」カルチャー事業本部 ゼネラルマネージャー
香りの持つ力に魅せられ、世界各国の産地を飛び回る。アロマテラピーの黎明期からシーンを見つめ続ける第一人者。著書に『アロマテラピー図鑑』『きほんのアロマテラピー』(ともに主婦の友社)などがある。
生活の木 公式サイト:https://www.treeoflife.co.jp/
Instagram:@treeoflife_ksasaki
毎日の暮らしでエッセンシャルオイルを楽しむ
― アロマを楽しむための方法と必要な道具を教えてください。
佐々木:基本的にアロマテラピーは、ディフューザーを用いて空気中に香りを拡散させます。芳香器には4つのタイプがあります。
まずは、精油(エッセンシャルオイル)の微粒子でしっかりとアロマを広げるもの。原液をそのまま使用することで、植物の芳しさをダイレクトに感じられます。空気振動によってオイルを微粒子化し、噴射する仕組みですね。オフィスやショップなどの広いスペースに向いています。
次は、電球の熱で精油を温める方法です。ゆるやかにアロマが漂います。ライトを備えた設計も多いので、光のぬくもりによっても心が落ち着きます。手軽に取り入れられるうえに、リーズナブルな製品も多いです。枕元で活用すると良いかもですね。
3つ目は水のミストでやわらかく香りを広げるタイプです。水の中に少量のエッセンシャルオイルを垂らして、霧に含んだ精油を広げています。丸みを帯びた香りを嗅げます。噴射の状況がわかりやすく、視覚からもアロマが行き渡る様子を感じられます。
最後は香りを浸み込ませて置いておくだけのもの。火や電気を使わないため、電源のない場所や小さなお子さんのいる家庭でも安心して利用できます。アロマストーンなんかもそうですね。
種類が豊富になるにつれて、手に取りやすい価格になっているので、ライフスタイルや好みに応じて選んでください。
ちなみに、簡単なのはティッシュペーパーに精油を数滴垂らす方法です。私は染み込ませたものをよくポケットにしのばせています。作業中のデスクに置くだけでもムードは変わりますよ。眠れない夜にはラベンダーを垂らしたものを枕元に。粒子にも変換されない分、鼻にストレートに入ってきます。もっとシンプルに、瓶から直接香りを嗅いでもOKです。
― ディフューザーを活用する以外の方法はありますか?
佐々木:バスタブに垂らしてもいいですよ。ただし、直接湯船に垂らすのはNG! 皮膚トラブルの原因となる成分もあるので、安全に使用するにはお湯に精油がよく混ざるようにする工夫が必要です。たとえば、無香料のバスソルト(天然塩でもOK)や無水エタノール5mlに全身浴なら5滴まで、半身浴なら3滴までの精油を混ぜて使用します。エタノールと聞くと難しそうに聞こえますが、薬局などで手軽に買えますよ。
また、無水エタノールと精製水に精油をブレンドすればルームスプレーに。マスクスプレーにも応用可能です。
ホホバ油をはじめとした植物油と混ぜれば、ボディオイルとしても活躍します。
精油のパワーを享受するのは、芳香浴に限りません。入浴やボディケアといった日常の習慣にも溶け込みやすいんです。
ほのかに感じられるからこそ、いい香り
― エッセンシャルオイルを選ぶ際のポイントは?
佐々木:植物から抽出された100%天然の精油であることを確かめた方がいいですね。
― 精油はたくさん垂らした方が効果を得られますか?
佐々木:過剰な摂取はよくありません。スプレーやボディオイルに希釈する際も1%以下など厳格な濃度が定められています。心身を健やかに保つためにも基準は守った方がいいですね。正しい知識や使い方等は「(公社)日本アロマ環境協会(AEAJ)」のサイトでも紹介されているので、参考にしてみてもいいかもしれません。
― 濃い方がパワーを発揮するものだと勘違いしていました。規定の数値は楽しむためのガイドラインでもあるんですね。
佐々木:1滴でもエネルギーが凝縮されています。だから、ちょっと多めに、なんて必要はありません。感覚としても、全身ふりかけているより、どことなく漂う石けんや柔軟剤のフレグランスに好印象を抱きませんか? 嗅ぐ者の想像力をかきたてるんですよね。そういうワクワクする余白を残しておいた方がいい。ちなみにエッセンシャルオイルに親しんでいると、ほのかな香りでも察知できるようになりますよ。
同僚や家族と香りをシェアするための心がけ
― オフィスやリビングでアロマを焚く際に気をつけた方がいいことはありますか?
佐々木:同じ空間で過ごす人の居心地が悪くなるような香りは選ばない方がベターです。特にオフィスでは性別も世代も異なる人が集まっていますよね。そういう場所では自分の好みを主張し過ぎない方が良いかも。誰もが心地よく過ごせるアロマの筆頭株はやっぱり、オレンジですね。レモンやグレープフルーツも◎。
思いのほか、男性からも好評なのはゼラニウム。ストレスでガチガチになった心をほぐしてくれるようです。
また、ほんのりとした甘さにシソ科特有のシャープな切れ味を持つマージョラムもいいですね。鎮静作用があるとされています。ラベンダーが苦手な方におすすめすることも多いです。家族の場合も同様です。
個人的には男性もぜひアロマテラピーを取り入れてほしい。日々、仕事や家庭に対する責任感を背負っており、自覚をしていないところでも重圧と戦っていると思います。そんな人にこそ植物が持つエネルギーは有効。固まった頭と心をほぐして、次のステップへと進めてくれるはずです。
― 小さい子供がいる家庭でもアロマテラピーは実践できるのでしょうか?
佐々木:3歳未満の幼児には、芳香浴以外は行わないようにしましょう。嗅覚はお母さんのお腹の中にいる頃から発達し、この時期は大人よりも敏感です。ママの存在やおっぱいをにおいで判別しています。そのため、ベビーマッサージで使用するホホバやアーモンドといった植物オイルには精油を混ぜず、素材が持つ本来のにおいを楽しんでみましょう。
3歳以上の子どもであれば、精油の使用量は、成人の使用量の10分の1程度から始め、多くても2分の1程度で。いずれにしても、においの良し悪しを自己判断できる年齢ではないですよね。親の好きな香りを浴びせても本人が心地よくなければ、あまり意味はないです。草木や花のアロマを嗅がせてあげたいときは、自然の中に連れ出してあげましょう。
― 自己判断ができないうちは触れさせない方がよさそうですね。大人が使用するうえでの注意点を教えてください。
佐々木:精油を原液のまま肌につけないように。精油は有効成分が凝縮されているので、薄めずに塗布するのは刺激が強すぎます。必ず希釈しましょう。万が一、手についた場合は大量の水ですぐに洗い流してください。また、ベルガモット、グレープフルーツ、レモンなどには肌につくと紫外線と反応し、しみや赤くはれるなどのトラブルを起こす性質があります。光毒性と呼ばれていますが、肌についた場合は必ず丁寧に洗浄してください。トリートメントや入浴など肌につける使用方法の際は、紫外線にさらさないように注意してください。
つづいて、飲用はNGです。内服するのはとても危険です。フランスでは専門家の指導下での内服療法もありますが、決してマネしないでください。
― ペットを飼っている家庭で精油を使っても大丈夫ですか?
佐々木:初心者の方は控えた方がいいですね。嗅覚が敏感なため刺激が強いです。子どもと同様にいいにおいの区別がつかないし、不快だと感じていても伝える術がない。特にケージやカゴ内で飼育している小動物(鳥やフェレットなど)のいる空間では使用しないでください。猫を飼っている場合は特に注意です。肝臓の解毒作用がヒトとは違うため、精油に含まれている成分の一部が体内に蓄積される報告が上がっています。においを嗅ぐだけでなく、舐める可能性もありますし。正しい知識を得てからにするか、市販のペット用に作られたアロマ製品を利用するのがおすすめです。
ざわつきの絶えない時代を生きるためのお守りに
― ビギナーが取り入れやすい精油は?
佐々木:親しみやすいのは柑橘系ですね。オレンジ、レモン、ベルガモット、柚子など。あとは、歯磨き粉などによく用いられるペパーミントも。少し慣れてくると、ローズ調の華やかさとすっきりとしたハーブの系統を感じるゼラニウムや、甘さの中にほろ苦さが漂うネロリなどに挑戦してみてもいいかも。ちなみに、弊社の20代男性の間でこの2つは浸透しているようです。入浴剤やハンドクリームから取り入れてみるといいですね。
― 1984年から精油の販売を行い、さまざまなアイテムを開発されています。アイセイ薬局のヘルスデザインブランド〈KuSu〉とコラボレーションしたハンドクリームと入浴剤も発売されますね。
佐々木:コクのある甘さと柑橘系のような爽やかさを併せ持つゼラニウムに、ウッディーでスパイシーなフランキンセンス、ゼラニウムを少しやわらかくした甘さがあるパルマローザ、フレッシュな芳香を放つベルガモットを調合しています。大人の女性に似合う奥行きのある香りになっています。ただ、甘過ぎない香りなので男性やお子さんにも合う。家族のみなさんでシェアできる心地のいい香りを目指しました。
商品詳細はこちらから(KuSu公式EC)
― 本日の舞台でもある「生活の木 薬香草園」は広大なメディカルハーブガーデンを有しています。植物の魅力と直に触れられる場所で近所の方々が憩われている姿も印象的でした。アロマテラピーと暮らしが密接に関わる理想像ですね。
佐々木:本当にありがたいことですよね。1996年に開園してからというもの地元に住む方々のサポートによって、ここまで発展ができました。ガーデンは犬の散歩コースや隣接する学校へ登校する子どもたちの通学路にもなっています。お昼時にはベーカリーや庭でのランチに訪れる近所の方も多いですね。
ここでは200〜300種のハーブが生育されていますが、開園当初は地域の方達が苗付けを行ってくれた経緯もあります。おかげさまで豊かな土壌が形成されています。また、コンポストも早い段階から設置しています。植物と向き合っていると自ずと地球にやさしいアクションになりますね。2014年からは養蜂も始めました。ガーデンの蜜を吸った蜂蜜は香りも豊かと好評をいただいております。
2020年に見舞われたパンデミックを機に、ガーデニングに精を出す人が増えたと耳にします。暮らしが激変したことで、草木の持つエネルギーに目が向けられている潮流を感じています。都会に住んでいると、残念ながら、自然は身の回りに溢れているものではない。植物の力や緑が恋しくなったときに、精油を活用するのも一つの手だと思います。まだまだ落ち着かない時代に、アロマテラピーは心の平穏をもたらしてくれますからね。