なかなか指摘しにくい他人の「ニオイ」。しかし、体臭や口臭、香水、柔軟剤などのニオイによって周囲に不快感を与えることを「スメルハラスメント」といい、社会問題にもなっています。相手を傷つけずにうまく伝えるには、どんなコミュニケーションを心がけるとよいのでしょうか。ニオイのことを本人に伝える際のコツや注意点を、コミュニケーションの専門家に聞きました。
- 教えてくれるのは…
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- 大野 萌子さん
- 一般社団法人日本メンタルアップ支援機構 代表理事
公認心理師、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士。企業内カウンセラーとしての長年の現場経験を生かした、人間関係改善スキルを得意とする。内閣府をはじめとする官公庁や大手企業、大学などでコミュニケーション・ハラスメント・メンタルヘルスに関連する行動変容に直結する研修・講演を6万人以上に実施している。
[監修者]大野 萌子さん:https://japan-mental-up.biz/staff/
日本メンタルアップ支援機構:https://japan-mental-up.biz/
体臭が苦手、香りが不快……ニオイが悩ましいのはなぜ?
職場や学校など、大勢の人が過ごす場でのニオイの問題は、じつはとても深刻です。ニオイの感じ方は人それぞれで個人差が大きいもの。ある人にとっては「いいニオイ」でも、他の人にとっては「不快なニオイ」や「耐え難いニオイ」になることもあるからです。
人の「嗅覚」は、五感のなかでも特に感情や記憶に結びつきやすいといわれています。ネガティブな記憶ほど強く残りやすいため、一度不快なニオイを感じ取ると、気持ちを切り替えることは簡単ではありません。我慢していると体調を崩してしまうことさえあります。
ニオイの問題は、本人が気づいていないケースもあれば、本人が自覚していて人知れず悩んでいるケースもあり、伝え方によっては相手を傷つけてしまう可能性もあります。一方で、身近な人からの指摘がきっかけとなって、改善につながるケースもあるでしょう。ニオイは目に見えないもので、感じ方も人それぞれだからこそ、相手への配慮や伝え方の工夫が必要なのです。
ニオイ問題を本人に伝える?伝えない?の判断基準
他人のニオイについて、そもそも指摘していいものか迷う人は多いのではないでしょうか。伝えるべきか、それとも一旦様子を見たほうがいいのか。伝える際の目安にしたいのが、「日常生活や業務に支障をきたしているか」という点です。
ニオイ対策を促す伝え方のヒント
口臭や体臭は非常にデリケートな問題だけに、伝え方について迷うことは多いでしょう。ニオイ対策を促す際に気をつけたいことや伝え方のヒントをまとめました。
1職場の場合
「直接伝える」以外の方法もあると知っておこう
職場のニオイ問題であれば、個人間の問題として本人に伝える前に、「職場全体へのアナウンスを検討してほしい」と上司などに相談する方法があります。ニオイの問題を、身だしなみなどと同じようにマナーのひとつとして扱い、メンバー全員に「対策をしましょう」と伝えてもらうのです。これなら、特定の人を名指しで注意することにはなりません。
前述のように、職場には従業員の衛生面や健康面に配慮する義務があります。たとえば、朝礼のときに連絡事項として上司から職場全員に伝える、社内メールや配布物を使ってマナーとして啓発するなど、さまざまな方法が考えられます。
「本人に伝える」場合にも相手を気遣うことは大切
個別の問題として本人に伝える場合には、上司から伝えてもらうのも一案です。その際には「ニオイの問題が起きていて困っている人がいるので、〇〇(上司の名前)さんから本人に会社の方針を伝えてもらえませんか?」といった申し出の方が言いやすいでしょう。
あるいは、上司から保健師や産業医に仲介を依頼し、本人に直接アドバイスをしてもらうという方法が考えられます。専門家が間に入り、健康問題のひとつとして対処してもらうことで、本人がニオイの問題を自覚したり受け止めやすくなったりして積極的な対策につながるかもしれません。この場合にも、あくまでも衛生問題として伝えるという姿勢が重要でしょう。上司を含めた同僚社員の心理的ハードルも下がります。
直接伝える際は、「相互交流」になっていることを意識
自分で直接伝える場合は、ほかの人がいる前は避けて、「生活習慣について話したいことがあるんだけど、ここでいい? 別室がいい?」「生活習慣について、保健師(または産業医)と話してもらいたいんだけど、場所はどこがいい?」などと、先に相手の意向を聞くようにします。
大切なのは「相互交流」になっているかどうかです。そうすることで相手は「自分の気持ちを尊重してもらえている」と感じ、話を受け入れやすくなります。
呼び出す際の方法は、メールでも直接言葉で伝えるのでもどちらでもかまいません。「ちょっと来てくれる?」と言っていきなり個室に呼び出したり、「部屋をとったから来て」と一方的に依頼したりすると、最初から相手が身構えてしまう可能性があるので注意しましょう。
2親しい間柄の場合
家族、友達同士など、親しい間柄なら、直接伝えるのがよいでしょう。この場合も、重要なのは一方的な命令にならないよう、自分の考えとして伝えること。「私は〇〇してほしいと思っているのだけど、あなたはどう思う?」といったように、まずは自分の気持ちを伝え、あとは相手に判断を任せる伝え方は、相手を尊重したコミュニケーションになります。
話しかけるタイミングとしては、出かける直前など、相手の意識がほかに向いているときは避けること。落ち着いて話ができる状況を見計らいましょう。
同居している場合には、デオドラント剤を買っておいて「これ、いいみたいよ。よかったら使ってみて」と渡したり、洗面所等に置いたりするなどの方法もあるでしょう。
ニオイ問題を指摘する・依頼するときの注意点
事実だけを話す
ニオイ問題をはじめ、相手に言いにくいことを伝える場合には、「事実」だけを話すように心がけるといいでしょう。その上で「〜してもらえませんか?」「〜してほしいです」と、強制ではなく「依頼」をするのがいいでしょう。感情論で話すと、相手も感情的になり、関係がこじれることがあります。
NGワード
「あなたのためを思って」
実際のところは自分のために発しているケースが多い言葉。自己満足のためと受け取られてしまう可能性がある
「こういうこと言われると嫌だと思うんだけど…」「こんなこと言いたくないんだけど…」
だったら言わないでほしいと相手は思う可能性がある。ネガティブなことを伝えるときほど前置きをしたくなる傾向があるが、避けたほうが賢明
OKワード
「伝えたいことがあります」
「こういう声が上がっています」「問題になっています」
「衛生面の配慮が必要なので、伝えます」
「仕事に関わることだから話します」
相手の反論に耳を傾ける
事実だけを伝えるといっても、デリケートな問題だけに相手への配慮が必要です。一方的に話し終えればいいというものではなく、相手の思いや反論に耳を傾ける態度がとても重要になります。
たとえば、「こういう指摘が出ているのだけれど、あなたはどう思いますか?」と相手の意見を聞いてみます。すると「じつは気にしていたんです」と打ち明けられるかもしれません。
相手が腹を立てて怒りをぶつける可能性もありますが、その場合には思いを吐き出してもらうことが大切です。「傷ついた、ショックです」と言われたら「そうですよね」と、相手の思いを受け止め、「(怒っている)理由をもう少し聞かせてもらえますか?」と話を聞く時間を持ちましょう。「そんなに怒らないで」などと言って、場を収めようとするのは逆効果です。
アドバイスは、相手から「どうしたらいいですか?」と尋ねられたときに伝えると、相手も耳を傾けやすいでしょう。こちらから一方的に提案するよりも、相手の気持ちに沿って伝えることができます。伝えたあとも、普段と変わらない態度で接することも大切です。
一度で解決しようと思わずに、対話を続けることを心がけてください。そうすることで、双方向のコミュニケーションが続いていきます。その先に解決の糸口が見えるはずです。
話の内容と表情を一致させる
人は他人の表情からあれこれと想像をめぐらせ、ときに邪推をすることがあります。愛想笑いなどはせずに、真剣な表情と態度で誠実に向き合うようにしましょう。少し低めの声でゆっくり話すと、相手に安心感を与え話が伝わりやすくなります。
信頼関係があればコミュニケーションはうまくいく
ニオイの問題に限らず、人に指摘をする際、人間関係がこじれるのではないかと尻込みしてしまう場合もあるでしょう。事実、同じ言葉をかけても、素直に受け入れてもらえる人もいれば、そうでない人もいます。その差はどこにあるのでしょうか。
お互いを尊重し合える関係性を目指そう
相手を思うからこそ言葉が出てこない、ということもあるかも知れませんが、ニオイを指摘されたことがきっかけで、本人が悩みを相談しやすくなった、対策ができるようになったというケースもあります。気持ちよくニオイ対策に取り組んでもらうためにも、自分のことも相手のことも尊重する、相互尊重のコミュニケーションを心がけましょう。