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「老いパーク」で疑似体験!老いと未来を想像してみた

こんにちは、ライターの井上マサキです。1975年生まれの筆者、いよいよ50歳の足音が近づいてきました。精神年齢は若いつもりでも、体は正直。一晩寝ても疲れは取れず、白髪は増え、老眼も進んでいます。老眼の「老」の字に「老い……!」とおののく今日このごろです。

しかし、どんなに抵抗しても老いはやってくるもの。いまはまだ耳や足腰に不安はありませんが、そうも言っていられなくなるはず。自分たちの親世代も老いに直面していますし、いつまでも目を背けてばかりもいられません。

そこで、今回訪れたのが日本科学未来館。「老い」をテーマにした、その名も「老いパーク」という展示があるんです。老化による体の変化を疑似体験し、老いについて理解を深めることができるそう。

「老いパーク」の企画、制作に携わった小林沙羅さんと一緒に、実際に体験してきました。

小林 沙羅さん

日本科学未来館 科学コミュニケーター。筑波大学生命環境学群生物学類を卒業後、同大学の国際統合睡眠医科学研究機構にて広報を担当。その後、フリーラーンスのサイエンスイラストレーターを経て、2021年に日本科学未来館に所属。「老いパーク」では企画・リサーチから関わる。
日本科学未来館 老いパーク:
https://www.miraikan.jst.go.jp/exhibitions/future/oipark/

そもそも「老い」ってなんだろう?

「老いパーク」があるのは、「未来をつくる」と題された常設展のフロア。インパクト抜群の巨大な「老」の文字が、来館者を迎えます。

お、老いだ……!

さっそく老いパークの中へ……と、その前に。入口の横に「老いってなんだろう?」を考えるコーナーがあります。

「みんなが思う老いって何歳から?」という問いに、マグネットを置いて答えるというもの。ボードには0歳から150歳までの目盛りがあります。皆さんならどこに置きますか……?

どこかな……。60歳だとまだ元気な感じがあるし、70歳ぐらいですかね……

我々取材陣の回答は「50歳」「65歳」「70歳」と全員バラバラ。えっ50歳って僕もう老いじゃないですか、なんて会話も生まれます。小林さんによると「0歳」に置く人も結構多いそう。0歳ですか!?

小林さん

私たちも予想外でしたね。「生まれる前から体は変わり続けているから、老いと成長を分けずに考えたい」という方も結構多くて。ほかにも、「挑戦しなくなったら老い」みたいに、年齢で区切りたくないという方もいらっしゃいます。

たしかに、「40歳で初老」「60歳で還暦」「75歳で後期高齢者」など、よく耳にする老いの基準は年齢で区切られがち。でもこれは、あくまで社会や文化のなかで決められたもの。同じ65歳でも人によって老い方は違うし、昔の65歳といまの65歳では体つきも老い方も違うはず。

あれ……ということは、結局「老い」ってどこからなんだろう……?

老いについてあらためて考えたところで、いよいよパークのなかに入ってみます。

本当に公園にあるような案内板が立っています。なぜならパークだから

「パーク」の名の通り、まるで公園のような見通しのよいつくり。色使いもポップです。4つのエリアに分かれており、目・耳・運動器・脳の老化を疑似体験できます。

ゲームを通して「目」と「耳」の老いを疑似体験!

まずは「目の老化」から。用意されているのは3種類のテレビゲーム。ふむふむ……同じ色を4つつなげると消えるパズルゲーム? はいはい、アレですね。やりましょうやりましょう。

この手のゲームをやってた世代ですからね。連鎖も組んじゃうぞ

順調に得点を重ねていたそのとき、突然「老化モード!」という表示が。急に画面全体が黄ばんでしまい、何が何色か見えづらくなってしまいました……。

無理ですよ……

じつはこれ、「加齢性白内障」の見え方を体験するゲーム。白内障は視界が黄ばんで見えてしまうので、色の区別がつきにくくなってしまうそうなんです。ほかにも、「ものが二重・三重に見える」「光をまぶしく感じる」といった白内障の症状を疑似体験できるゲームも。

光がやたらまぶしく見えるドライブゲームもプレイ。ギャー! 街灯がまぶしい!

小林さん

あえてゲーム風にして症状を理解してもらいつつ、「本人はどう見えるんだろう」と想像したり、症状についてコミュニケーションを促せたりできたらと考えました。ただ、演出がリアルになりすぎないように気をつけています。リアルすぎるあまり、「白内障の人は全員こう見えるんだ」と、分かったつもりになるのも危険だと思うからです。

2つめのエリア「耳の老化」にある「サトウの達人」も、そんな疑似体験ゲームのひとつ。舞台は病院の待合室。受付の人が名前を呼ぶので、「サトウさ~ん」と呼ばれたらボタンを押します。

でもこの待合室、「カトウさん」と「アトウさん」も呼ばれるんです。老化モードに入ると音がこもって聞こえにくくなり、間違いを連発。「……トウさ〜ん」は聞こえるのに……!

サトウ……? カトウ……? アトウ……?

耳は老化とともに高い音から聞こえにくくなるので、「S」や「K」といった子音が聞こえにくくなるそう。補聴器で高い音を中心に大きくなるよう設定すれば、聞こえをサポートすることができるのだとか。

そうか、さっき「トウさ〜ん」は聞こえたということは、すべてを大きな音にすると逆にうるさく感じちゃうんですね。大きな声で話しかける以外の手段も必要なんだろうな。

小林さん

展示では、補聴器や人工内耳だけでなく、筆談や音声認識といったコミュニケーション手段も紹介しています。テクノロジーによる解決がすべてではなく、ある種の「異文化コミュニケーション」と捉えて、相手と一緒に通じ合う方法を探るのも大事なことだと思っています。

負荷をかけて「運動器」と「脳」の老化を体験!

続いて、3つめの「運動器の老化」エリアへ。老化した体をシミュレーションする「スーパーへGO!」では、足首に重りを付け、前傾姿勢でカートをつかみ、スーパーへ買い物に出かけます。

用意された重りは、軽いものと重いものの2種類。ここはあえて重いほうで!

足を引きずりながら、ヨチヨチ歩きでやっとスタート位置に到着。行ってきます!

その場で足踏みすると画面内を進むことができる仕掛け。しかし、重りと姿勢のせいで動きはゆっくり、歩幅も狭くて、なかなか前に進みません。急に自転車に追い越されてビックリしたり、横断歩道を渡りながら信号が赤にならないかハラハラしたり……。

歩きスマホの人が近づいてくるけど、とっさに避けられない……!

目指すスーパーが坂道の上にあると知って愕然とする1コマも

やっとスーパーについたころには気力が限界。これから買い物どころではなくなっていました。街を歩くだけでも、こんなに大変なんだなぁ……。

4つめは「脳の老化」エリア。脳が老化すると、短期記憶や注意力、処理速度が低下するそう。これを疑似体験する展示が、スーパーの陳列棚を模した「おつかいマスターズ」です。

用意されたタブレット端末を手に取ると、おばあちゃんから電話がかかってきて、おつかいを頼まれます。「これを買ってきて」と表示された複数の商品を制限時間内に覚えないといけません。

え~、結構あるな……。あれとこれと、あれね……

電話が切れ、忘れないうちに急いで買い物へ……と思ったら、タブレットから「ここで操作説明です!」と元気よく説明が始まりました。ちょっと、いまからやるの!? 忘れちゃうって!

ほら、わかんなくなっちゃった

タブレットの操作説明が終わったら、ようやく買いものスタート。陳列棚には、オレンジとオレンジジュース、歯磨き粉と歯ブラシなど、紛らわしい商品も置いてあります。それでもなんとか買えそう……と思ったら、またおばあちゃんから着信が。「これもお願い」とさらに商品が追加されました。覚える時間がさっきより短いんですけど!

いや、あれはさっき買ったから違うんだよ。えーっと……

小林さん

いじわるですよね(笑)。操作説明が後から始まったり、途中で買いものが追加されたり、あえて脳の処理に負荷がかかるような演出をして、記憶力の低下を体験してもらっています。認知症の検査にも、いくつか質問をしたあとに別の質問を挟んで、「先ほどの答えはなんですか」と聞くものがあるんですよ。

意地になって頑張った結果、最終的にすべて正解しました。老化を体験すべきなのに大人げなくてすみません

なお、各エリアには疑似体験のほかに、老化のしくみを解説するパネルも展示されています。

たとえば「目の老化」コーナーには、見えるしくみの基本や、老化による変化の解説が

眼内レンズや読み上げデバイスなど、医療やテクノロジーなどを使った解決手段も合わせて紹介されていて、研究開発中の「見ているものに自動的にピントが合うメガネ型デバイス」も並んでいます。

疑似体験を踏まえて、どんなメカニズムで老化が起こり、どんな対処法があるか。そして、どんな未来が期待できるかを知ることができるわけです。ちょっと安心しますよね。

「老い」は近いようで遠く、遠いようで近い「未来」

4つのエリアを体験したところで、あらためて小林さんにお話を伺いました。

井上

そもそも、この「老いパーク」を企画したきっかけは、なんだったのでしょうか?

小林さん

2021年に現館長(浅川智恵子氏)が就任したタイミングで、日本科学未来館は「あなたとともに『未来』をつくるプラットフォーム」というビジョンを打ち出しました。このビジョンを実現する取り組みとして、いくつかの展示をリニューアルすることになり、そのひとつがライフの分野だったんです。
 
取り上げるテーマとして、食や医療などの候補が挙がるなか、最終的に選ばれたのが「老い」でした。近いようで遠く、遠いようで近い。そんなつかみどころのない距離感にありながら、生きているかぎり、誰しもに訪れる「未来」である老いについて、あらためて向き合うきっかけになればと。完成までは約2年かかりました。

井上

「老い」をテーマにしながら、ポップな色使いの「パーク」としてデザインされているのが印象的でした。このコンセプトはどのように決められたのでしょうか。

小林さん

当初は、もう少し落ち着いた感じの案もあったんです。色でいうと、ブラウンやシルバーのような。ただ、そうなるとターゲットが絞られてしまいますし、お子さんや若い方々に体験してもらえない可能性もあります。なので、あえてカラフルで、風通しのいい空間をつくりました。
 
「老いパーク」というタイトルも、最後まで悩んだんですよね……。「老い」と聞くだけで嫌悪感を抱く人もいますから、「年輪」や「道」のように言い換える案もありました。でも、ここで直接的な言い方を避けたら、「老いはネガティブなもの」という姿勢を示すことにもなる。ここは強気でいこうと思って、「老い」を前面に出すことにしたんです。

井上

なるほど。その結果が、あの巨大な「老」の文字なんですね。

小林さん

はい。インパクト大でいこうと(笑)。

井上

ほかに、展示を作る際に心がけたことや、配慮されたことはありますか?

小林さん

主に2つあります。
 
1つは、高齢者を揶揄したり、ステレオタイプを助長したりする表現はしないこと。たとえば、おばあちゃんをイラスト化すると、「白髪のお団子ヘアに眼鏡をかけ、腰を曲げて杖をついている」みたいな、画一的な描き方になりやすいです。いまはそういう人ばかりではないですから、こうした表現はしないようにしています。
 
もう1つは、老い方の「正解」を出さないこと。老い方は人によって違います。さらに、社会的に背負うものも、これから歩む人生も、それぞれまったく違うわけです。世の中には老いの「正解」や「理想像」のようなものも見られますが、そうした生き方ばかりではないですし、理想から遠いからといって優劣がついてはいけません。多様な老い方があることを念頭に置いて、言葉の選び方や展示の見せ方に気を配りました。

目の前にいる人が、どういう世界に生きているのか知る

井上

「老いパーク」のオープンから約1年が経ちました。来館者の皆さんが老いを体験される様子を見てきて、思うことはありますか?

小林さん

世代を越えてたくさんの方に楽しんでいただき、とてもありがたいですね。入口のマグネットの前で、学生さんのグループや若いカップルが「なんでそこに貼ったの?」と、話しこんでいたりするんです。若者も老いに興味を示してくれるんだ、と嬉しくなりました。
 
老いについて話すと、お互いの人生観が見えてきます。小さい子を連れた親御さんの場合、まず子どもに「老いとは?」から説明する必要があって、その説明の仕方にその人の「老い観」が現れるんですね。「老い」という言葉のなかに、本当にいろいろなものが詰め込まれているんだなと、日々実感しています。

井上

たしかに、ほかの人たちの「老い観」も聞いてみたくなりますね。それでは最後に、「老いパーク」を訪れる方に、どんな経験を持ち帰ってもらいたいか教えてください。

小林さん

「スーパーへGO!」を体験していただいたとき、井上さんは「街を歩くだけでもこんなに大変なんだ」っておっしゃってましたよね。同じ100メートルでも、近いと感じる人もいれば、遠いと感じる人もいる。自分の「当たり前」と他人の「当たり前」は違うということを、老いに関わらず、気づいてもらうきっかけになればと思っています。
 
目の前にいる人がどういう世界に生きているのかを知ったり、話し合えたりできたら、すごく楽しいと思うんです。世界が広がりますし、もっと優しくなれる人が増えるかもしれない。
 
これは自分に対してもそうで、自らの老いについて知り、その変化を楽しめたら、毎日の生活が少し楽しくなるのではと思います。体の状態や物事の捉え方が変わっても、「大丈夫、前に進んでいける」と思えていただけたら嬉しいです。

「自分らしい老い」を考えてみる

さて、「老いパーク」には、4つの「老い」を体験したあと、「自分らしい老い」を考えるコーナーがあります。

モニターに流れているのは、65歳以上の方々に「将来やりたいことはなんですか?」と聞いたインタビュー。「仏像彫刻の個展を開きたい」「旅行に行きたい」「好奇心を絶やしたくない」など、望む老い方は人によってさまざまです。

では、自分の場合は?

ここでは、「70歳になったとき、将来やりたいことはなんですか?」「そのために、いま何を大切にしますか?」という2つの問いに答え、投稿することができます。

小林さんによれば、「定年まで我慢していることがたくさんある」という人もいれば、「やりたいことをすぐやるタイプだから思いつかない」という人もいるそう。

僕はというと……正直、めちゃくちゃ悩みました。70歳になる前にできることだって、たくさんあるし。そもそも、70歳まで生きられるんだろうか。そのとき自分は、世の中は、どうなってるんだろう。でももし叶うなら……。

「老いパーク」を体験した前と後では、世界の見え方が変わった気がします。科学的な解決と多様な老いの形を知ったことで、「老い」という言葉に恐れるわけでも、強がるわけでもない、極めてフラットな心持ちになれました。老いはいつか来るし、来てもなんとかなると。

明日は今日より、またひとつ老いているはず。いろいろと変化するのは当たり前だと思って、「老い」とうまくつき合っていけたらと思います。これからもよろしくな、老い。

日本科学未来館 常設展示「老いパーク」

■住所:〒135-0064 東京都江東区青海2丁目3−6
■展示エリア:3階常設展示ゾーン
■休館日:火曜日、年末年始(12月28日〜1月1日)
■開館時間:10時~17時(入館券の購入および受付は16:30まで)
■入館料:大人630円、18歳以下210円、未就学児は無料
■公式サイト:https://www.miraikan.jst.go.jp/

CREDIT
取材・文:井上マサキ 写真:小野奈那子 編集:HELiCO編集部+ノオト
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