「最近、生え際が後退してきたような…」「以前よりも抜け毛が気になる…」など、人知れず薄毛に悩んでいる男性は少なくありません。まずは市販の育毛剤を使って、周囲の目が気になってきたらクリニックで治療を受けよう、と考えている方もいるでしょう。でもじつは、AGA治療は始めるタイミングが重要です。
この記事では、AGA(男性型脱毛症)の原因や髪の毛が抜けるメカニズム、専門のクリニックを受診するタイミングや治療法などを詳しく解説します。
- 教えてくれるのは…
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- 箕輪 薫瑠子先生
- 自由が丘クリニック
2019年に聖マリアンナ医科大学医学部医学科卒業。同大学で研修後、2021年に獨協医科大学の埼玉医療センター麻酔科に所属。AGAクリニックでの勤務を経て、2022年から自由が丘クリニックで常勤医として診療に携わる。薄毛治療では1万人以上の診療経験があり、現在はAGAオンライン診療の担当医として遠隔診療を行っている。
なぜ髪の毛が抜けていくのか?
AGA(Androgenetic Alopecia)とは「男性型脱毛症」のことで、男性ホルモンの影響で髪の毛が薄くなっていく症状をいいます。思春期以降に、額の生え際や頭頂部のどちらか一方、またはどちらもの髪の毛が薄くなっていきます。AGAは、男性ホルモンである「テストステロン」が、5α-還元酵素によって「ジヒドロテストステロン」に変換されることで引き起こされます。ジヒドロテストステロンは、髪の毛が抜けるように指令を出す悪玉ホルモンで、この悪玉ホルモンが増えていくと、髪の毛が抜けて少なくなっていくのです。
AGA(男性型脱毛症)の原因の一つには遺伝があります。悪玉ホルモンを受け取るアンドロゲン受容体というものがあり、その活性度が上がると毛が抜けやすくなります。アンドロゲン受容体の活性度は、遺伝すると考えられています。
ただ、AGAはさまざまな要因が組み合わさって引き起こされるため、遺伝はあくまでも原因の一つ。ほかには、食生活の乱れやストレス、睡眠不足、喫煙などが要因として挙げられます。
脱毛の種類には、抗がん剤の投与や、タリウムなどの中毒、甲状腺疾患の症状など、一気に髪の毛が抜けていくものもありますが、何年もかけてゆっくりと生え際や頭頂部のあたりが抜けていくものはAGAと診断されます。
髪の毛が生え変わるメカニズム
髪の毛は、一定期間成長すると自然に抜け落ち、再び新しい髪の毛が生えるしくみになっています。一般的に、1本の髪の毛が生え変わるサイクルは2~6年ほどといわれています。しかし、AGAを発症すると、悪玉ホルモンが増えて髪の毛が生え変わるサイクルが短くなり、半年~1年ほどで抜けていきます。
髪の毛は一度抜けると、また毛根から生えてきますが、1つの毛根から髪の毛が生え変わる回数は、15〜40回ほどと毛髪によって差があります。15回生え変わると、寿命を迎える毛髪もあるのです。
たとえば、生え変わる回数が15回しかない毛髪の場合を考えてみます。
髪の毛が生え変わるサイクルが6年であれば、30歳になるときにはすでに5回は生え変わっている計算になります(6年×5回=30年)。もしそのまま6年のサイクルを維持することができれば、生え変わりは残り10回。あと60年は髪の毛が生え続けます(6年×10回=60年)。
しかし、AGAになると生え変わりのサイクルが半年~1年ほどになるため、5~10年で毛根が寿命を迎える可能性があります。つまり35〜40歳で髪の毛が育たなくなるかもしれないということです。
髪の毛1本1本には寿命がある。まずはそれを知っておくことが、AGA治療をするうえではとても大切なのです。
AGAになりやすい人、進行しやすい人の特徴
AGAは、30代半ばから40代にかけて発症する人が多い傾向にあります。個人差はありますが、20代前後から始まり、30代で20%、40代で30%、50代以降で40数%の男性に何らかの脱毛症状が現れます。一概に何歳からということはなく、なかには10代から症状が出始める人もいます。
発症のタイミングは遺伝や生活環境が影響します。前述のとおり、悪玉ホルモンを受け取るアンドロゲン受容体の活性度は遺伝するもので、活性度が高ければ髪の毛は抜けやすくなります。
また、生活習慣もAGAの進行に大きく関わります。暴飲暴食や睡眠不足、喫煙習慣、ストレスが多いなど、不規則で乱れた生活を送っていると、髪の毛の生え変わりの周期が短くなり、AGAが進行していきます。ただ、進行スピードにも個人差があります。AGAの進行度合いを測るのには、1~7段階に進行パターンを分類した「ハミルトン・ノーウッド分類」が使われています。
気になり始めたときが受診のタイミング
AGA治療は、早ければ早いほど効果があります。というのも、毛根には寿命があるため、一度生えなくなってしまうと、いくら治療をしても自然には生えてこないからです。薄毛が気になり始めたらまずは育毛剤でケアをして、クリニック受診は数年後でいいかなと思っている人もいるかもしれませんが、気になり始めたタイミングで治療をスタートさせるのがベストです。治療を始めるのが早いほど、髪の毛が抜けるのを予防したり、育毛を促進したりする効果が期待できます。
もし、「いつかはAGAの治療を」と考えているのであれば、これらのポイントが気になり始めたときが受診のタイミングの目安です。
□ 生え際が後退してきた
□ 髪の毛の質が柔らかくなった
□ シャンプーやスタイリングのときの抜け毛が増えた
髪の毛は、もともと1日に平均100本は抜けるので、多少の抜け毛で気にしすぎる必要はありません。ただ、以前と比べて抜け毛の量が増えていると感じたら、受診を検討しましょう。
最近では、AGA治療についての認知も広まり、ご自身で気になって早めにクリニックを受診される方も増えています。育毛剤でケアをしてからクリニックへ、という流れではなく、AGAの治療をしながらホームケアとして育毛剤を使っていただくと、より効果的です。
また、遺伝的な要因がある人は、症状が出ていなくても予防的な治療を行うことができるため、専門の医師に相談してみてください。
皮膚科、専門クリニック、育毛サロン…、どこを受診すればよい?
AGA治療を受けるには、AGA治療を専門に行っている医療機関がおすすめです。皮膚科でも、AGA治療を行っているところはありますが、医師によっては専門外のことがあるため、事前の確認が必要です。また、AGA治療で効果の高いミノキシジルという内服薬は国内未承認の薬剤のため、一般的な皮膚科では扱っていないこともあります。
育毛サロンやヘッドスパなどの施設は、リラクゼーションを目的としているため、AGAの治療は行われていません。薬剤での治療に抵抗がある方や、頭皮ケアとしてAGA治療と併用をする目的で利用する方にはよいでしょう。
AGA治療にはどのような種類があるの?
AGA治療で一般的なものは、薬物療法です。現在、国内で承認されている薬剤は3種類あります。脱毛を予防する「フィナステリド」と「デュタステリド」という内服薬(飲み薬)。そして、発毛を促進させる「ミノキシジル」という外用薬(塗り薬)です。ミノキシジルには、国内未承認ですが、育毛効果が高い内服薬もあります。
脱毛の原因物質を抑える
- フィナステリド(内服薬)
作用する範囲:前頭部、頭頂部
副作用:性的欲求の減退、勃起機能不全、精液量減少、肝機能異常 - デュタステリド(内服薬)
作用する範囲:前頭部、頭頂部、頭全体
副作用:性的欲求の減退、勃起機能不全、精液量減少、肝機能異常
フィナステリドよりも効果は高いが、副作用が出やすい
発毛を促進させる
- ミノキシジル(外用薬)
副作用:皮膚のかゆみやかぶれ、稀に頭痛 - ミノキシジル(内服薬)※国内未承認
副作用:全身の体毛が濃くなる、稀にふらつき、めまい
脱毛の原因物質を抑える薬剤
脱毛予防に使われるフィナステリドとデュタステリドは、どちらもAGAの進行を抑制する作用は同じですが、カバーする範囲が違います。脱毛の原因となる男性ホルモンを悪玉ホルモンに変える酵素には、I型とⅡ型があり、I型は頭全体に広く分布し、Ⅱ型は前頭部と頭頂部に多く分布しています。フィナステリドはⅡ型にのみ効果があり、デュタステリドはI型とⅡ型ともに作用します。
AGAで前頭部と頭頂部のみに脱毛が見られる場合は、フィナステリドを選択し、耳の後ろのほうまで全体的に脱毛が進行している場合は、デュタステリドを選択するなど、症状に合わせて使用することができます。
どちらも同じ作用なので、副作用もほぼ同じ。性的欲求の減退、勃起機能不全、精液量減少などの症状が出ることがあります。ごく稀にですが、気分が落ち込むような作用が出ることも。体質によっては、薬が合わずに肝機能異常が出る可能性もあります。デュタステリドのほうが効果が1.6倍高いといわれていますが、その分、副作用も出やすく、特に男性機能の低下に関しては、数%上がるというデータがあります。そのため、前頭部と頭頂部のみの狭い範囲の薄毛の方や、男性機能の低下が気になる方にはフィナステリドを推奨しています。
発毛を促進させる薬剤
一方、発毛を促進させる薬剤がミノキシジルです。髪の毛を形成する毛母細胞を活性化して、毛量を増やします。外用薬は国内でも承認されていますが、より効果が高いのは国内未承認の内服薬です。薬剤の成分を皮膚から吸収するよりも、体内から吸収するほうが効果は高まります。
内服薬は国内未承認ですが、すでに国内外で広く使用されています。2018年には日本人男性約2万人を対象にした研究が実施されており、重篤な副作用は確認されませんでした。ミノキシジルの内服薬は、もともと血圧を下げる薬として使用されていたもので、アメリカでは降圧剤として承認されています。降圧剤の副作用として、髪が生えてきたことから、AGA治療に使われるようになった経緯があります。そのため、未承認ではありますが安全性は高いと考えられているのです。
ミノキシジルの副作用は、外用薬では皮膚のかゆみやかぶれ、稀に頭痛が出ることがあります。内服薬は、全身に効果が出るため、体毛が濃くなることがあります。また、もともと血管を拡張させる薬のため、血圧が下がることで、ふらつきやめまいなどが出る可能性があります。ただ、降圧剤として使うときの用量は10~40mgで、AGA治療で使うのは2.5~5mgなので、ほとんど影響が出ない人のほうが多いです。
ミノキシジルで発毛を促進する場合でも、必ず脱毛を抑制するフィナステリドかデュタステリドは併用します。髪の毛の生え変わりのサイクルを延ばすためにも、抜け毛を防ぐ治療は必須です。
フィナステリド、デュタステリド、ミノキシジルの内服薬は、1日1回の服用。ミノキシジルの外用薬は、スプレータイプと地肌に塗るタイプがあり、1日2回、気になるところに塗布します。
治療の効果はどのくらいで出る?治療にかかる費用は?
薬剤での治療の効果が出るのは、早い人で4か月、平均では半年ほどです。脱毛箇所によっても生えるスピードが違います。頭頂部は生えやすく、半年ほどで効果が出るのに対して、生え際は生えにくく、効果が出るまでに1年ほどかかることもあります。また、最初の1か月は薬の作用で一時的に抜け毛が増えてしまいますが、そこで挫折してしまうと治療の効果が得られません。一度治療を始めたら、最低でも半年は継続することを目標にしましょう。
AGAの治療法は自由診療のため、薬剤の料金はクリニックや治療内容によって幅がありますが、5,000円〜2万円(1か月分)がおよその目安です。AGAの治療は、脱毛の根本的な原因を解決するものではなく、あくまでも脱毛を抑制し、発毛を促進するものです。そのため服用をやめてしまうと、いずれは元の状態に戻ります。効果を持続させたい場合は、薬を飲み続ける必要があるのです。副作用で肝機能などに異常がなければ、薬を飲み続けても問題はありません。
薬物療法以外の治療法としては、手術による植毛、PRP(多血小板血漿)を使った再生医療などの方法があります。また、ミノキシジルやフィナステリドを液体にして、頭皮に直接注入する治療法もあります。さまざまな治療の選択肢のなかから、医師と相談しながら自分に合った方法を見つけることが大切です。
健やかな毛髪を育てるための習慣
AGAの進行には、先天的な要因である遺伝のほかに、後天的な要因として生活環境も大きく影響します。特に関係しているのが、食事、睡眠、ストレス、飲酒、喫煙などです。以下の点も意識して、毎日の生活を送りましょう。
バランスのよい食事を心掛けよう
髪の毛の成長に必要なのが、タンパク質と亜鉛、ビタミンB群、ビタミンD、鉄分。特に亜鉛は不足しがちなので、レバーや赤身肉、牡蠣などを食事に取り入れてみてください。カップラーメンなどの保存料に含まれるリン酸塩は、亜鉛の吸収が妨げられるので、食べ過ぎには注意が必要。また、アルコールの代謝にも亜鉛とビタミンB群が使われてしまうので、飲酒習慣がある人は不足しがちに。意識して摂取するようにしたり、サプリメントで補ったりするとよいでしょう。
質のよい睡眠をとろう
夜にしっかり睡眠をとると、髪の毛を生やすために必要な成長ホルモンの分泌が活性化されます。特に夜10時~朝6時は、髪の毛を生やすためのゴールデンタイムなので、早めの就寝を心がけてみてください。
ストレスをためないようにしよう
ストレスが多いと、コルチゾールというホルモンが分泌され、それが発毛に悪影響を与えます。適度に発散しながら、ストレスをため込まない生活を送りましょう。
タバコはなるべく控えよう
喫煙には血管を収縮させる作用があるため、頭皮の血流を妨げます。それが発毛・育毛の働きを阻害するので、できれば禁煙を。
日々を楽しみながら、髪の毛にもよい生活を
とはいえ、「あれもこれもダメだ」と思ってしまうと、かえってそれがストレスになってしまうことも。日々の生活を楽しみながら、無理のない範囲で気を付けていくことが大切です。たとえば、禁煙するのが難しいときには、1本でも減らせるようにしてみましょう。飲酒習慣がある人や、栄養バランスが偏っている人は、サプリメントで足りない栄養素を補うのも有効です。あまり気負わずに、まずは自分にできることから始めてみてください。
いまはAGAの治療法が確立され、医療の進歩で治療の選択肢も増えてきています。薄毛の悩みは人には話しづらいという方もいますが、一人で悩み過ぎずに、まずは専門のクリニックで気軽に相談してみてください。