私たちは日常のさまざまなシーンで汗をかきます。気持ちが良いと感じる爽快な汗もあれば、かきたくないのに出てくるやっかいな汗もあります。また、ヒトやウマなど哺乳類の一部は汗をかきますが、多くの動物は汗をかきません。ヒトの汗はなんのためにあるのでしょう?
本記事では、汗の種類や役割、汗と健康との関わりなど、知っているようで知らない「汗」について解説していきます。
- 教えてくれるのは…
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- 中里 良彦先生
- 埼玉医科大学 医学部 脳神経内科 教授
埼玉医科大学医学部神経内科・脳卒中内科専任講師を経て2019年4月より現職。埼玉医科大学病院 副院長でもある。専門は、自律神経疾患、神経感染症、認知症。自律神経疾患のなかでも特に発汗障害の臨床経験が豊富で、無汗症の診断と治療におけるスペシャリスト。総合内科専門医、神経内科専門医、日本発汗学会理事長。
[監修者]中里 良彦先生:https://www.saitama-med.ac.jp/hospital/division/department/neurology/staff.html
埼玉医科大学:https://www.saitama-med.ac.jp/
汗はどんなときに出るの?
体を動かしたとき、緊張したとき、寝ているときなど、ヒトはさまざまな場面で汗をかきます。まずは、汗が出るメカニズムや汗の種類をおさらいしましょう。
温熱性発汗
汗は自律神経にコントロールされており、その基本的な役割は体温調節です。気温が高いときや運動時、風邪による発熱などによって体温が上昇すると、脳が交感神経に「汗を出して!」と指令を送り、交感神経が汗腺を刺激することで汗が出ます。汗は皮膚上に出てきたのちに蒸発しますが、そのときに体の熱が奪われることで体温の上昇が抑えられるのです。これを「温熱性発汗」といいます。
精神性発汗
精神的な緊張や不安などのストレスでかく汗もあります。これはストレスを感じたときに脳の前頭葉や辺縁系(へんえんけい)という部分が刺激され、瞬時に出る汗です。主に手のひらや足の裏、脇などの局所で汗が出ます。これを「精神性発汗」といいます。精神性発汗は、快適な温度の環境下でも起こります。手の汗は嘘発見器にも使われています。

そのほか、辛いものを口にしたときに顔や頭などにかく汗を「味覚性発汗」と呼ぶことがありますが、実際には脳は「辛い」ではなく「熱い」と感じて汗を出しています。つまり、辛いものを食べて汗が出るのは温熱性発汗が起きているということです。
このように、ヒトの発汗は大きく分けて「温熱性発汗」と「精神性発汗」の2つがあり、メインの働きは温熱性発汗になります。
温熱性発汗はヒトが持つ優れた「冷却機構」
ヒトにとって発汗が重要なのは、熱に弱い「脳細胞」を守るためです。例えば、45度の熱い湯船に入った直後でも体温と同じく45度になることはありません。それは、発汗という優れたメカニズムで体を冷やしているからなのです。全身のなかでも胸や背中などの上半身や、額などに多く汗が出るのは、脳を守るしくみだと考えられています。
2つの汗腺、それぞれの特徴
ヒトの汗腺には、「エクリン汗腺」と「アポクリン汗腺」があり、それぞれに特徴があります。汗腺の数は、暑い国の人のほうが多い傾向にあり、乳幼児期に過ごした環境によって変わります。
エクリン汗腺
- ほぼ全身に分布し、温熱刺激や精神的緊張のどちらでも発汗する
- 約99%が水分で、残りは塩分がほとんど
- さらさらとして無色・無臭の汗
アポクリン汗腺
- 脇の下や外陰部、耳のなか、乳首など局所的に分布して、精神的緊張で発汗する
- 思春期以降、性ホルモンの影響で分泌が増える
- 約70〜80%が水分で、そのほかにタンパク質や糖類、アンモニア、鉄分、脂質などを含む
- やや粘性があり、乳白色の汗

エクリン汗腺は独立して皮膚に開口しており、アポクリン汗腺は毛根に開口部がある
汗が臭うのはなぜ?
どちらの汗も汗腺から出た時点では無臭とされています。しかし、汗に含まれるタンパク質や糖類、アンモニアなどが雑菌や常在菌により分解されることで、独特のニオイが発生します。
特に脇は特殊な部位で、エクリン汗腺とアポクリン汗腺の両方が存在し、温熱性発汗と精神性発汗の両方が起こります。さらに、腕が下がった通気性が悪い状態では、汗が蒸発しにくくたまりやすいうえに、アポクリン汗腺から出る汗が雑菌によって分解されると独特なニオイ(ワキガ)が発生します。そのため脇は、ニオイが気になりやすい部位といえます。
暑さを感じなくても汗をかきやすい部位は?
手のひら、脇の下、頭部は低体温でも発汗が始まる部位。体のほかの部分が汗をかいていなくても、汗をかきやすい部位といえるでしょう。
汗をかきやすい人、かきにくい人の違い
汗をたくさんかくことを「汗っかき」といったりしますが、汗のかきやすさにはどんなことが関係しているのでしょうか。
女性より男性の方が汗をかきやすい
子どもは発汗量に男女差はあまりないものの、思春期以降になると、男性の方が女性よりも低い温度で汗をかきはじめ、発汗量も多くなる傾向があります。
また、普段から運動量の多い人や暑い環境下でトレーニングを続けている人は「汗をかける」ようになっていきます。暑さに慣れることで、早く汗を出せるようになることを「暑熱純化(しょねつじゅんか)」といいます。
汗の量は加齢によっても変化する
汗腺や交感神経の機能は年齢とともに低下します。一般的には、女性の閉経年齢(50歳前後)くらいから男女差が少なくなっていき、高齢になると汗をかきにくくなります。ただ発汗量には、体格や職歴(肉体労働)、生活スタイル(運動習慣)なども関係するため、個人差も大きいでしょう。
汗は急には止められない
私たちの体は、交感神経が指令を出すことで発汗します。よって、自分の意思で汗の量をコントロールしたり、急に汗を止めたりすることはできません。
どうしても汗を止めたい暑いときは、涼しい場所に移動しましょう。精神性発汗の場合には、ゆっくり呼吸して緊張を解くことで汗を抑えやすくなるでしょう。
そのほかに効率良く汗を止める方法として、脳を冷やすという意味では、首筋にある頸動脈のあたりを冷やすと良いでしょう。熱中症対策にもなる方法としては、太い血管が流れている部位(首、脇の下、足の付け根など)を冷やすと効果的です。
良い汗をかくって、どういうこと?
汗はたくさんかけばかくほど良いというものではありません。汗は血液からつくられており、温熱性発汗で出る汗は99%が水分です。汗にタンパク質やアンモニアなどが含まれているとしてもごくわずかで、汗とともに老廃物がどんどん出ていくわけではありません。
実際に出る汗の成分に良い・悪いはないものの、汗が出たらすぐに気化して体温が下がり、「涼しい」「爽やか」と感じられたら「良い汗をかいた」状態といえるでしょう。
汗をかきやすくする生活習慣
近年は年間を通じて気温が上昇傾向にあるため、暑熱順化といって体を暑さに慣らしておくことが大切です。普段から運動や入浴を習慣にして、無理のない範囲で汗をかきやすくしておきましょう。そうすると急な気温の上昇にも備えることができ、夏バテや熱中症予防にもなります。
汗ばむ季節には、通気性のいい服を選ぶと心地良く過ごせるでしょう。汗をかいたら脱水症にならないよう、水分補給を忘れないようにしましょう。

意外と知られていない、汗の病気
汗に関わる病気にはさまざまなものがありますが、汗が多く出て困る症状の「多汗症」と、汗が出なくなる状態の「無汗症」の2つに大きく分けられます。
多汗症
「全身性多汗症」のほか、手のひらや足の裏、脇の下、頭部などの「局所性多汗症」があります。いずれの多汗症も発症の原因によって「続発性多汗症」と、原因不明の「原発性多汗症」に分けられます。
続発性多汗症は、甲状腺機能亢進症(バセドウ病)、糖尿病などの内分泌・代謝の異常、パーキンソン病などの神経系疾患、自律神経失調症、更年期障害などが原因となることが多いです。
▼多汗症の症状や治療については、こちらの記事もご覧ください
- 大量の汗が止まらない…「多汗症」の症状や治療法は?
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「汗の量がとても多い」「脇汗による汗ジミで困っている」「手汗でスマホの操作がしにくい」など、汗のことで悩んでいませんか? 日本人の7人に1人は多汗を自覚しているというデータがあり、多汗で悩んでいる人は意外と多いもの。頭や顔、手のひら、足の裏、脇の下から大量に汗が出るのであれば、それは「多汗症」という病気かもしれません。じつは近年、多汗症の治療に保険適用の外用薬が増え、治療の選択肢が広がっています。この記事では、多汗症の診断基準や治療法、受診方法などについて詳しく解説します。https://helico.life/monthly/250708sweat-and-smell-hyperhidrosis-treatment/
汗が多く出る多汗症の治療は、皮膚科や形成外科などで行っています。ただ、汗の異常は神経疾患や内分泌疾患などが原因のこともあるため、症状によっては脳神経内科や内分泌内科の受診を検討しましょう。更年期障害による多汗が疑われたら、婦人科(男性なら泌尿器科)や更年期外来に相談してみてください。
無汗症
生まれつきの「先天性無汗症」のほかに、大人になってから発症する「特発性後天性全身性無汗症」があります。特発性後天性全身性無汗症は、20〜30歳代の男性に比較的多く、汗っかきの人が急に汗をかけなくなってしまうため、簡単に体温が上昇して熱中症になりやすくなります。
幼児期や学童期にみられる「ファブリー病」は、汗をかきにくい、かけない、お風呂が苦手、運動時にぐったりしてしまうなどの症状が特徴的な病気です。
適切な汗をかいて健やかに過ごそう!
ベタつきやニオイが気になってうっとうしく感じることもありますが、汗はヒトが健康に生きるうえで大切な役割を果たしています。日頃からじんわりといい汗をかけるように、生活習慣や服装などを見直してみましょう。また、汗が多すぎる、汗をかけないなど、汗の異常で困っている場合には、医療機関への受診を検討してみてください。