「汗の量がとても多い」「脇汗による汗ジミで困っている」「手汗でスマホの操作がしにくい」など、汗のことで悩んでいませんか? 日本人の7人に1人は多汗を自覚しているというデータがあり、多汗で悩んでいる人は意外と多いもの。頭や顔、手のひら、足の裏、脇の下から大量に汗が出るのであれば、それは「多汗症」という病気かもしれません。じつは近年、多汗症の治療に保険適用の外用薬が増え、治療の選択肢が広がっています。この記事では、多汗症の診断基準や治療法、受診方法などについて詳しく解説します。
- 教えてくれるのは…
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- 稲澤 美奈子先生
- 小杉町クリニック院長
金沢大学医学部卒業後、東京医科歯科大学 助教(外来医長)を経て、2020年より小杉町クリニック勤務。日本皮膚科学会 認定皮膚科専門医、医学博士。発汗異常など汗の疾患の治療を専門とし、子どもから高齢者まで幅広い世代の悩みに寄り添う皮膚科医。
[監修者] 稲澤美奈子先生:https://yism.or.jp/kosugicho/about/doctors/
小杉町クリニック:https://yism.or.jp/kosugicho/
多汗症ってどんな病気?
多汗症とは、汗がたくさん出る病気のことで、大人だけでなく子どもにも起こります。医学的には「頭部・顔面、手掌(手のひら)、足底、腋窩(脇の下)など体の局所に、温熱や精神的負荷の有無いかんに関わらず、日常生活に支障をきたす程の大量の発汗を生じる状態」とされています。

暑いときや緊張したときなどに汗をかくのは自然なことです。しかし、たくさんの汗をかくことで日常生活に支障が出るほど困っている場合には、「多汗症」という病気の可能性があり、たとえば脇の場合には腋窩(えきか)多汗症、手のひらなら手掌(しゅしょう)多汗症などと診断されます。
多汗症によくある悩みごと
- 手汗でスマホやPCが操作しにくい
- 手汗で紙の書類やノートをだめにしてしまう
- 手汗がひどく、握手や手をつなぐことに抵抗がある
- 頭や顔から汗が流れてきて、仕事や勉強に集中できない
- 汗で衣類が濡れてしまうので、着替えを持ち歩かないと安心できない
- 汗が多いため、洋服の素材、色などに気を使う
- 足の裏の汗で床や靴下が濡れる
- 靴の中が蒸れていると感じたり、足が滑ったりする
単に汗が不快というだけでなく、汗が多いために精神的ストレスやコンプレックスを感じ、日常生活や社会生活にさまざまな支障が出るのが多汗症です。
たとえば、手の多汗症は看護師や美容師など人のケアをする職業、スポーツ選手、音楽家、建築現場で働く人などにとって仕事に大きな影響が出ることがあり、深刻な悩みにつながることもあります。
多汗症の種類
ひとことで多汗症といっても、その症状や原因はさまざまです。多汗症は「全身性多汗症」と「局所性多汗症」に分けられ、多くは顔汗、脇汗、手汗など体の一部で汗が多く出る局所性多汗症です。
- 全身性多汗症:お腹や胸、お尻などを含めて、全身から大量の汗が出る
- 局所性多汗症:手のひらや足の裏、頭部、顔面、脇の下などから部分的に汗が出る
局所性多汗症は部位によって、自覚する時期に特徴があるといわれています。
- 掌蹠(しょうせき)多汗症:手のひらや足の裏から発汗する。幼少期や思春期に自覚することが多い
- 腋窩(えきか)多汗症:脇の下から発汗する。第二次性徴期の脇毛が生えるころに自覚する
- 頭部や顔面の多汗症:高校生以降に自覚することが多い
さらに全身性多汗症と局所性多汗症には、ほかに原因となる疾患がない原発性と、他の疾患に合併して起きる続発性があります。
続発性局所多汗症には、糖尿病、自律神経異常、神経性疾患、低血糖、甲状腺機能亢進症(バセドウ病)、肥満などによる内分泌代謝異常などの疾患が原因となる場合のほか、感染症、薬による副作用、更年期障害などが含まれます。
多汗症の診断基準とは?
多すぎる汗で悩んでいても、多汗症という病気そのものや治療できることを知らない人は多くいます。どのような場合に多汗症と診断されて、治療が必要となるのでしょうか。
多汗症の診断基準
明らかな原因(病気や薬の副作用など)がないのに、局所的に過剰な発汗が6か月以上続いており、以下の6つのうち2つ以上あてはまる場合には、原発性局所多汗症と診断されます。
□ 症状が現れたときの年齢が25歳以下
□ 両手、両脇など、左右で同じ程度の量の汗をかく
□ 睡眠中は汗が止まっている
□ 家族・親戚に多汗症の人がいる
□ 多汗が原因で、週1回以上、困ることがある
□ 日常生活に支障をきたすほどの汗である
ただし、この基準に当てはまるすべての人に治療が必要なわけではなく、「本人がどれくらい困っているか」も大事な指標になります。現在は、重症度を自覚症状によって判定する「HDSS」という方法が使われています。HDSSでは以下のうち③または④を重症とします。
- 発汗はまったく気にならず、日常生活にまったく支障がない
- 発汗は我慢できるが、日常生活に時々支障がある
- 発汗はほとんど我慢できず、日常生活に頻繁に支障がある
- 発汗は我慢できず、日常生活につねに支障がある
多汗における医療機関への受診経験率は、5%未満ともいわれています(※)。一人で抱えがちな多汗の悩みですが、受診や治療によって軽減することができる、ということをぜひ覚えてください。
※原発性局所多汗症の受診経験率

保険適用も!増えてきた多汗症治療の選択肢
原発性多汗症の治療法には、外用薬(塗り薬)、内服薬(飲み薬)、注射、医療機器、交感神経遮断術(外科療法)などさまざまなものがあり、それぞれに適応部位が決まっています。
なかでも、選択肢が最も多いのは脇の多汗症。以前は、脇汗の保険適用の治療は外科手術と注射のみでしたが、2020年以降はゲルタイプ、シートタイプなどの塗り薬が登場し、クリニックでの治療を受けやすくなりました。
脇の多汗症には、保険適用薬の外用抗コリン薬(エクロックゲル、ラピフォートワイプ)があり、手足には塩化アルミニウム外用薬やイオントフォレーシス治療があります。また、全身性の場合は飲み薬も検討されます。皮膚科外来で処方可能な原発性多汗症の治療薬を紹介します。
保険適用の脇汗の塗り薬①:エクロックゲル
- 汗を出す信号をブロックして過剰な発汗を抑える
- 1日1回、両脇にゲルを塗布する
- 12歳から使用できる
- 保険適用の3割負担で、約3,000円/月程度
保険適用の脇汗の塗り薬②:ラピフォートワイプ
- 汗を出す信号をブロックして過剰な発汗を抑える
- 1日1回、薬剤を含むシートで両脇をひと拭きする
- 9歳から使用できる
- 保険適用の3割負担で、約2,000円/月程度
保険適用の手汗の塗り薬:アポハイドローション
- 汗を出す信号をブロックして過剰な発汗を抑える
- 1日1回就寝前に、適量を手のひらに塗る
- 保険適用の3割負担で、約3,000円/月程度

塩化アルミニウム溶液(塗り薬)
- 汗腺をふさいで発汗を抑える
- 頭部・顔面・脇・手・足など全身に効果が期待できる
- 院内処方薬は自費となる(100ccで約1,000〜2,000円程度)
抗コリン内服薬(飲み薬)
- 頭部・顔面・腋などの全身に効果が期待できる
- 塗り薬で効果が見られない場合に検討する
イオントフォレーシス療法
- 適応部位:主に手足
- 特徴など:水道水を貯めた容器に手のひらや足の裏を浸して、そこに通電して水素イオンの働きにより発汗を抑制する。電気刺激により痛みが伴う。頻回な通院が必要、使用できる施設が限られる
- 保険適用:あり
- 平均費用:3割負担で1回660円程度
ボトックス注射
- 適応部位:顔面・脇・手など
- 特徴など:汗腺に薬剤(A型ボツリヌス毒素製剤)を注入することで交感神経に作用して発汗量が減る。脇の場合、片脇あたり15〜20か所に分けて注射することで、高い発汗抑制効果が4〜9か月ほど続く(個人差あり)
- 保険適用:重度の腋窩多汗症のみ適用される
- 平均費用:3割負担で2万円程度(頭部・顔面・手のひら・足の裏は保険適用外で各クリニックでの自費診療となる)
このほかの選択肢として、手のひらや脇の多汗症に対して行われる交感神経遮断術や、 ワキガ(もしくはワキガを合併した腋窩多汗症)に行われる外科療法、汗腺をマイクロ波で焼いて凝固させるミラドライなどがあります。
手術は保険適用となりますが、ミラドライは保険適用外で費用が高額となります。また、合併症(代償性発汗:手術部位以外で多汗症になる)を起こすことがあるため、慎重に検討する必要があります。
なお、続発性多汗症の場合は、原因となる疾患に応じた治療も同時に行うことがあります。
受診や治療の進め方のポイントは?
過剰な汗で困っている場合には、まずは皮膚科を受診しましょう。かかりつけ医がいれば、受診の際に汗のことを相談してもいいでしょう。特に脇の多汗症は手軽な外用薬での治療が可能になっているため、皮膚科以外に内科などで診てもらえる場合もあります。
原発性局所多汗症は原因がわからないため完治は難しく、普通の生活を送れるように汗の症状をコントロールしていくことが治療の目標になります。
多汗症と診断されるには一定の診断基準を満たす必要がありますが、基本は問診で済み、本人が悩んでいるかの主観が重要なポイントになります。また、問診の際に必ずしも汗をかいている部位を見せる必要はありません。汗をかくことによってどう困っているのかを伝えられると良いでしょう。診断されたら、医師と相談しながら、自分の症状や重症度、ライフスタイルに合った治療法を選択していきます。
他の疾患が原因と考えられる場合には、必要に応じて検査等を行ったり、医師から他の診療科の受診を勧められたりすることもあります。
脇の多汗症治療はワキガにも効果がある?
稲澤先生によれば、多汗症の外用薬を使うと発汗量が抑えられることでニオイの軽減にもつながるため、多汗症に合併した軽度・中等度のワキガや衣服の黄ばみ防止にも効果が期待できるとのこと。多汗症とワキガの両方で悩んでいる場合も、皮膚科で相談してみるといいでしょう。
脇の多汗症の塗り薬と市販の制汗剤、効き目に違いはあるの?
脇汗に使用する製品には、医薬品、医薬部外品、化粧品があります。病院やクリニックで処方される外用薬は国が認可した医薬品に該当し、発汗そのものを抑える効果が認められています。一方、ドラッグストアで購入できる制汗剤は医薬部外品に該当し、制汗成分や殺菌成分、消臭成分などが含まれます。効果は「発汗を防ぐこと」であり、医薬品に比べると作用は緩やかです。汗拭きシートは化粧品に該当し、主に脇を清潔にするのが目的です。
多汗に困っているのなら、ためらわずに医療機関の受診を検討しましょう!
これまで汗のことで、いろいろなことをあきらめてきた、という人は少なくないのでは? 治療の選択肢が増えてきた近年は、症状をある程度コントロールできるようになりつつあります。汗の悩みが解消されれば、人の目を気にせず洋服が着られるようになったり、仕事や勉強にも集中できたりと、QOL(生活の質)の向上にもつながります。自分に合った治療法に出合うためにも、気軽に受診してみてください。