特定の物質の摂取や行動を、ほどほどではやめられなくなる「依存症」。かつての依存症治療は「依存対象を完全に断つ」ということが正しいとされていました。しかし、近年は「状況に応じてコントロールしながら、節度をもった物質・行為への依存とのつき合い方を目指す」ケースも増えてきています。
また、治療にあたっては周囲のサポートもとても大切です。今回は、依存症に長年携わる精神科医・松本俊彦先生に、依存症の治療目標や治療の流れ、周囲に依存症の方がいる場合にできることについて教えていただきました。
- 教えてくれるのは…
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- 松本 俊彦先生
- 国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所 薬物依存研究部 部長/薬物依存症センター センター長
1993年に佐賀医科大学を卒業後、横浜市立大学医学部附属病院や国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所などで精神科医として多くの患者の診療を行う。『酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医が本気で語り明かした依存症の話』(太田出版)、『身近な薬物のはなし―タバコ・カフェイン・酒・くすり』(岩波書店)など著書多数。
[監修者]松本 俊彦先生:https://www.ncnp.go.jp/nimh/yakubutsu/members/
HP:https://www.ncnp.go.jp/
依存することが心の拠り所になっていることも
依存症は、日常生活に悪影響を及ぼしてもなお、ある物質の摂取や行動をやめられない(量や頻度をコントロールできない)状態で、誰しもがなり得る病気です。さまざまなストレスやプレッシャーがかかる現代社会では、日常に対してつらさや息苦しさを感じている人が陥りやすいともいわれています。


依存症になる方は「意志が弱い」「不真面目だ」などと勘違いされることも多いですが、松本先生曰く、多くの依存症患者は、どちらかといえば責任感が強く、まじめで熱心な一方、完璧主義で「人に頼ることが苦手」な方が多いそうです。
治療のゴールや進め方は、患者さんの数だけある

以前の依存症治療のゴールは、依存対象を完全に断つことでした。しかし近年は、その人が置かれている状況や依存対象の性質によっては、完全に依存対象を断つのではなく、状況に応じて上手につき合っていけるようになることを目標とするという選択をすることもある、と松本先生は言います。

なお、依存症の一般的な治療方法としては、以下が挙げられます。
依存症の一般的な治療方法
■ 心理療法
- 再発防止スキルトレーニング(欲求や衝動を刺激されやすい状況・場面を同定し、そうした状況に健康的な方法で適切に対処できるようなスキルを修得する治療法)
- 認知行動療法(自身の偏った考え方などを修正して、ストレスを減らす方法)
- マインドフルネス
- ソーシャルスキルトレーニング(社会において必要なスキルを学ぶことで、社会生活を送りやすくする)
■ 薬物療法(アルコール依存症の場合)
- 抗酒薬(服用後にお酒を飲むと、吐き気や頭痛などの反応が出る薬)
- 断酒補助薬(飲酒欲求を抑えるよう、脳に働きかける薬)
- 減酒補助薬(飲酒に際しての快感を低減し、飲酒量の増加を抑止する薬)
断酒や断ギャンブルが続かないことは「失敗」ではない
お酒やギャンブルなどの依存対象をやめている途中で、一時的に飲酒やギャンブルをしてしまうことを「スリップ」といいます。



スリップした際に周囲から叱責されると、本人はこれまでのように依存対象を頼ってしまうことも多々あります。罰や暴力では依存症は回復しないことは、周囲の方もぜひ忘れないようにしてください。
また、依存症の方に対しては決して「やめなさい」「病院に行きなさい」といった命令ではなく、「私はあなたのことが心配だから病院に行ってほしい」「私はあなたがそうしている姿を見るのが悲しいからやめてほしい」など、「私」を主語にして気持ちを伝えてあげてください。
本人も周囲も「孤独」にならずに、自助グループを活用して
依存症治療においては、自助グループへの参加が良い影響を及ぼすケースが多いため、はじめは勇気がいるかもしれませんが、ぜひ自助グループに参加してみることをおすすめします。

自助グループは、同じ問題・悩みを抱えた人やその家族などが自主的に集まって交流・助け合いをする場です。自助グループに参加することで、自身の置かれている状況と似たような人が見つかったり、これまでの経験を踏まえた話を本人やご家族から聞くことができたりするため、孤独感が和らぎ、前向きになれるケースも多いようです。

松本先生は、依存症の好物は「孤独」と「秘密」だといいます。相談できる人がおらず、本人や周囲が「自分で何とかしなくちゃ」と背負いすぎることで依存症が悪化することも多いため、同じ悩みを抱える人たちが集まる自助グループを活用して、ひとりで抱え込まずに治療に取り組んでいきましょう。
自分の状況に合わせたゴールに向けて、ゆっくりと一歩ずつ進もう
依存症の治療は、これまでの自分を見つめ直す時間でもあります。長期的に依存症と向き合うという意識で、決して本人や周囲の人だけで抱え込まずに、一進一退をくり返しながらも、焦らず一歩ずつ自分なりのゴールに向かって治療に取り組みましょう。