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「ダメ。ゼッタイ。」のその先へ 依存症予防教育アドバイザーとは

依存症の予防や早期発見、再発防止に日々尽力している人たちがいます。ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)が認定する「依存症予防教育アドバイザー」という資格を持つ人々です。彼らは、依存性のある物質や行為についての正しい理解を広め、依存症に対する社会の偏見をなくすことを目的に活動しています。

今回は、かつて薬物事件で逮捕経験もあり、現在はアドバイザー兼同団体の理事も務める塚本堅一さんに、依存症予防教育アドバイザーの活動内容や、依存症を知るための大切な視点についてお話を伺いました。

教えてくれるのは…
塚本 堅一さん
ASK理事/ASK認定 飲酒運転防止上級インストラクター/ASK認定 依存症予防教育アドバイザー

明治大学卒業後、NHKに入局。アナウンサーをしていた2016年1月、違法薬物の所持・製造の罪で逮捕され懲戒免職となる。回復経験を生かし、依存症予防教育アドバイザーとして活動。各地での講演、予防講座の企画、イベントの司会などを務める。著書に『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』(KKベストセラーズ)がある。

[監修者]塚本 堅一さん:https://www.a-h-c.jp/lecturer/13366
認定特定非営利活動法人ASK:https://www.ask.or.jp

依存症の「正しい知識・回復の実感・ライフスキル」を伝える専門家

依存症予防教育アドバイザーは、アルコールや薬物、ギャンブルなどへの依存症を予防し、回復を応援する社会をつくるために、全国で活動をしています。

認定NPO法人ASK(※)が運営する「ASK依存症予防教育アドバイザー養成講座」を受講し、審査に合格した人が依存症予防教育アドバイザーとして活動しています。教育機関や企業、自治体で開催される依存症にまつわる講演会で講師を務めるだけでなく、独自に啓発イベントを開催したり、協力しあってオンラインの自助グループを運営したりと、活動はさまざまです。

(※)認定NPO法人ASK(アスク)……1980年代前半からアルコール関連問題の解決に取り組んでいた市民団体を基盤とし、現在はアルコール健康障害、薬物依存症、ギャンブル依存症、ゲーム依存症など、さまざまな依存症の予防・啓発活動に努めている団体

依存症予防教育アドバイザーの主な役割は、以下の3点を社会に伝えることです。
(1)依存症についての「正しい知識」
(2)依存症からの「回復の実感」
(3)依存症予防に必須の「ライフスキル」

日本はまだ、依存症が病気であること、そして回復が可能なこともあまり知られていないのが現状です。依存症の予防を進めるとともに、社会に根強く残る依存症への誤解や偏見を取り除き、回復を応援する社会をつくる人材として、依存症予防教育アドバイザーの活躍が期待されています。

約350名の多様な背景を持つアドバイザーが全国各地で活躍

依存症予防教育アドバイザーは、全国各地で活動しています。ギャンブル、薬物、アルコールへの依存に苦しんだ経験を持つ当事者や家族もいます。また、近年社会的な認知度が高まっているクレプトマニア(窃盗症)や、多くの依存症とも関連する摂食障害を経験した当事者も活動しています。

依存症予防教育アドバイザーは全国各地で活動しています

そのほかにも、医師や看護師、福祉関係者、学校教員やスクールカウンセラー、企業のメンタルヘルス担当者や人事担当者、弁護士、マスコミ関係者など、さまざまな専門性を持った人々が集まり、それぞれの異なる視点や経験を持ち寄り、問題の解決に取り組んでいます。

塚本さん

この多様性こそが依存症予防教育アドバイザーの大きな強みといえます。これまで、アルコール依存症の人は薬物の知識が不足していたり、ギャンブル依存症の人はアルコール依存症について十分に理解していなかったりと、依存症の分野はどうしても縦割りになりがちでした。
 
私たち依存症予防教育アドバイザーは、そこに横串を一本通すように、さまざまな依存症に関する知識を共有し、互いに連携して、より包括的な支援の提供を可能にしています。
 
現在、活動しているアドバイザーは348名(2025年3月31日時点)。毎年実施されている養成講座から、年間50名弱の新たな依存症予防教育アドバイザーが誕生しています。多くは、本業を持ちながら、ライフワークとして依存症予防教育アドバイザーをしています。

3つの視点から取り組む依存症予防

依存症予防教育アドバイザーが行う依存症予防教育では、従来とは異なる視点を取り入れています。

従来は依存性のあるものに「手を出さない」という、一次予防に重点が置かれがちでした。現在は、一次予防に加え、依存の進行を食い止める二次予防、再発を防ぐ三次予防という、3つの段階に目を向けた総合的な予防活動を展開しています。

依存症予防教育アドバイザーが行う3つの依存症予防教育

一次予防

依存症にならないようする発生予防。依存症の知識を正しく伝える啓発的なアプローチ。
例)学校・企業・自治体での依存症予防教育・啓発セミナーなど

二次予防

依存症予備軍に対する進行予防。依存症の可能性がある人を、早期発見や治療につなげるアプローチ。
例)早期発見・治療に関するセミナー、近隣の治療・相談機関や自助グループの紹介、オンライン自助グループの発足など

三次予防

依存症への理解を広げ孤立を防ぐ再発予防。回復の実感を伝え、社会全体で回復を応援していくアプローチ。
例)回復・再発防止に関するセミナー、当事者の体験により依存症の誤解・偏見を正す講演会、依存症当事者と家族を支援する人材の育成など

「ダメ。ゼッタイ。」の呪縛を解放し、依存症予防につなげる

薬物のように、ある程度接触を避けられるものに対しては、「手を出さない」という一次予防が一定の効果を発揮します。しかし、従来の予防啓発で多く見られた「ダメ。ゼッタイ。」「覚せい剤やめますか。それとも人間やめますか」という強硬なメッセージは、時に当事者やその家族を深く傷つけ、社会から孤立させてしまう可能性があります。大切なのは、一方的な脅しや恐怖感を煽ることではなく、科学的な根拠に基づいた正確な情報を提供し、依存症に対する正しい理解を深めることです。

また、アルコール、カフェイン、インターネットやゲーム、買い物といった行為は、日常生活と深く結びついており、一次予防だけでは依存を防ぐことが難しい側面があります。だからこそ、依存の発生、進行、再発という段階的な視点に基づいた予防アプローチが必要なのです。

塚本さん

私は放送局のアナウンサーだったため、薬物事犯を起こしたことが報道され、会社を解雇されました。社会復帰に向けてハローワークに行こうとしたある日、地下鉄で危険ドラッグ防止のポスターを見かけました。そこには、「危険ドラッグをやったら人生の終わり」といった文言が書かれていて、そうした考えがあることも理解できますが、当事者だった私としては深く傷つき、懸命に社会復帰を目指していた心が折れました。その後、支援につながった先の依存症回復施設の人々がサポートしてくれたことが非常にうれしく、いまでも生きる糧になっています。
恐ろしさを伝えるだけではなく、たとえ依存症になってしまったとしても、そこから立ち直り、再び歩き出せることも伝えることで、本当の意味での予防教育になると、私自身の経験からも思います。

依存症は他人事じゃない。「当事者の話を聴く」ことの大切さ

依存症というと、「自分には関係ない」と考える人もいるかもしれません。しかしながら、私たちの身の回りには依存につながる可能性のあるものが意外と多く存在します。

たとえば、「この1週間で違法薬物を使ったことがある」という人はほとんどいないと思いますが、コーヒーやエナジードリンクを日常的に飲む人は多いでしょう。「アルコールを飲んだ」という人も少なくないはずです。これらも、過剰な摂取により依存症につながる可能性があります。

塚本さんは講演後によく、「じつは家族が依存症で悩んでいる」という相談を受けるといいます。依存症は決して他人事ではなく、私たちのすぐそばにある問題です。

私たちが依存症についてより深く、正しく理解するには、具体的にどのような方法が有効なのでしょうか。

その手段のひとつが、「当事者の話を聴く」ことです。たとえば、ASKのホームページやYouTubeチャンネルでは、さまざまな依存症を経験された当事者の方々の声が紹介されています。

そうした生の声に耳を傾けることは、依存症への理解を深めるだけでなく、私たちが無意識のうちに抱いているかもしれない偏見や固定観念を払拭するきっかけにもなります。塚本さんもまた、多くの方々の経験談を聴くことで、依存症に対するイメージが大きく変わったといいます。

依存症予防・回復のために当事者の話を聴くことの大切さ
塚本さん

依存症予防教育アドバイザーの勉強を始めたころの私は、「アルコール依存症になるのは、年齢を重ねた男性が多いだろう」といった、無意識の思い込みがありました。いまは、性別や年齢に関わらず誰もがなりうるものだと理解していますが、当時はそうした偏見のようなものが少なからずあったと思います。
 
依存症という病気そのものへの理解を深めることも大切ですが、依存症を抱えた方が適切な治療へと進めるよう、医師や専門家につなぐことも同じくらい重要です。そのためにも、実際に依存症を経験された方々の話を聴き、生身の人間がどのような悩みを抱え、どのような状況に置かれているのかを知ることが大切なのです。

依存症について知ることは、自分も、周囲の大切な人も救うことにつながる

依存症に関する正しい知識を持つことは、自身が依存症にならないための備えとなるだけでなく、身近な人が依存症になったときに、適切な理解とサポートをするための第一歩となります。私たち一人ひとりが依存症について正しい知識を深めることで、偏見のない理解を広げ、依存症を予防できる社会を目指していくことが理想といえるでしょう。

CREDIT
取材・文:HELiCO編集部+ノオト イラスト:園内せな
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