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10~20代で増えている薬の過剰摂取「オーバードーズ(OD)」とは

近年、よく耳にする「オーバードーズ(OD)」という言葉。一度にたくさんの薬を飲むことを指し、医薬品を本来の目的以外に服用するケースが、若者を中心に広がっています。「気持ちが楽になる」「ストレスから解放されたい」などの理由から、次第にオーバードーズに依存していくケースもあるといいます。

オーバードーズにはどのようなリスクがあるのでしょう。この記事では、オーバードーズに至る背景や実態、健康へのリスクなどについて解説しながら、どのような対策が取れるのかを専門家のアドバイスをもとに考えていきます。

教えてくれるのは…
小林 桜児先生
神奈川県立精神医療センター 所長

日本精神神経学会専門医・指導医 精神保健指定医。平成12年信州大卒。横浜市立大学附属病院・同市民総合医療センターで臨床研修後、NTT東日本伊豆病院、神奈川県立精神医療センター旧せりがや病院、同旧芹香病院を経て、2009年4月から国立精神・神経医療研究センター病院精神科に勤務。2013年4月に旧せりがや病院に戻り、2014年12月の病院統合後は神奈川県立精神医療センター依存症診療科勤務。2025年より現職。専門は物質使用障害(アルコール・薬物依存症)。

[監修者]小林 桜児先生:https://seishin.kanagawa-pho.jp/treat/doctor.html
神奈川県立精神医療センターHP:https://seishin.kanagawa-pho.jp/

オーバードーズ(OD)って何?

オーバードーズ(OD)とは、市販薬や処方薬などの医薬品を、本来決められた適正量(Dose)を超えて(Over)たくさん飲んでしまうことをいいます。

どんな薬にも必ず決められた用法・用量があります。1回1錠を1日3回までとされている風邪薬を一度に10〜20錠も飲んだ場合、それは明らかに薬の過剰摂取(OD)であり、医学用語でいえば薬の乱用にあたります。

近年ニュースでは若者のオーバードーズがよく取り上げられていますが、じつは幅広い年代で起こり得る問題であり、きっかけもさまざまです。

「薬で気持ちまで楽になった」体験が入り口に

小林先生

腰や膝が痛む、頭痛がつらい、けがや手術後の後遺症で痛みがあるなどの場合、医療機関で鎮痛剤を処方されたり、市販の鎮痛薬を買ったりして服用するのはよくあることです。しかしなかには、本来の目的とは別の精神的な理由で薬にハマっていく人がいます。
 
例えば、「薬を飲むと痛みにともなうイライラも解消された。だから次第に量が増えていく、痛くなくても薬を飲んでしまう」というようなケースです。
 
鎮痛剤には睡眠薬の成分が微量に入っていることがあり、多量に服用すると眠気が起きたり疲労感がなくなったり、精神安定剤を飲んだときのような効果が得られたりします。それらは薬の副作用なのですが、気持ちまで楽になった……と感じる。そんないわば成功体験のような感覚がオーバードーズの入り口になりやすいのです。
 
病院に行って処方薬をもらうのは面倒だからと、入手しやすい市販薬で代用するようになり、鎮痛薬の依存症になっていく方もいます。

どんな薬にも、治療の目的となる主作用と、それ以外の副作用が存在します。そのため医薬品は副作用をなるべく抑えて、効果を最大限に引き出すために用法・用量が定められています。

オーバードーズを繰り返していると、そのうち耐性ができて効果を感じにくくなり、使用量や回数が増えていくことから依存症になりやすいことがわかっています。

そして一度依存症になると、薬の効果が切れたときにかえって気分や体調が悪くなったりするため、薬がやめられなくなるという悪循環に陥ります。オーバードーズはとても危険な行為といえます。

若年に増えている市販薬のオーバードーズ

近年オーバードーズが注目されている理由には、10〜20代の若者に市販薬の過剰摂取が増えていることが挙げられます。特に若い女性で増えており、深刻な社会問題になっているのです。

薬物乱用というと、かつては覚醒剤などの違法薬物やシンナー、脱法ハーブなどの危険ドラッグが主な原因薬物でした。しかし、実態調査によると2022年には、薬物関連疾患で治療を受ける5人に1人(10代に至っては65%)が、市販薬によるオーバードーズが原因となっています。

全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査(2022)

市販薬を入手すること自体は違法ではなく、誰でもドラッグストアやネットで購入できるため、オーバードーズで使われる頻度の高い風邪薬や咳止め薬などは、入手のハードルが比較的低くなっています。

※一般用医薬品には乱用等のおそれのある指定医薬品があり、個数制限や購入理由の確認、年齢・名前の確認などが行われています。

若年に増えている市販薬のオーバードーズ
小林先生

現代はSNSで流れてきたオーバードーズの投稿を見て真似をする若者も少なくありません。ただしきっかけはどうであれ、背景には学校や家庭で感じる「生きづらさ」、いじめなどによる「孤立感」、試験や部活でいい成績を取らなくてはという「プレッシャー」などがあり、そうしたつらさを乗り越えるためにオーバードーズを行うケースが多いといわれています。
 
ふわふわ気持ちよくなって嫌なことを忘れられるオーバードーズは社会のなかでうまく生きていくため、または人に頼らず問題にうまく対処するための手段のひとつになっているのです。

こんなことが若者のオーバードーズのきっかけに

□ 親しい先輩や友達がODしているから、自分もやってみたくなった
□ 推しが「イライラしたから飲んだ」と咳止め薬の写真をSNSにアップしていたので真似をした
□ エナジードリンクで集中力を高めていたが効かなくなり、カフェインが含まれる風邪薬を飲むようになった
□ 摂食障害で過食を繰り返すなかで太ることが怖くて、気づいたら下剤の乱用がやめられなくなっていた

知っておきたいオーバードーズのリスク

風邪薬や咳止め薬には、中毒性のある成分がごく微量に含まれていることがあります。また、多くの市販薬に含まれているカフェインには、眠気を覚ましたり集中力を高めたりする効果があり、依存性を高めるので注意が必要です。

ドラッグストアで買える市販薬は効き目が穏やかで、比較的安全な薬だと思うかもしれません。しかし、安全と思われる医薬品でも、大量に飲めば体に大きなダメージを与え、健康被害につながります。肝臓や腎臓など臓器に障害が生じ、服用法を誤ると予想もしない重篤な症状を引き起こすケースもあります。

市販薬でも、大量に飲めば健康被害につながります
小林先生

オーバードーズというと、薬の過剰摂取で若者が緊急搬送されるようなシーンを思い浮かべるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。ある男性はエナジードリンクを高校受験時から飲み始め、その後大人になってからも仕事でプレッシャーやストレスを感じる場面があると、毎日のように飲むようになりました。
 
こうした習慣を何十年と続けた結果、40歳近くになって受けた健診診断で、脂肪肝(※)が見つかりました。そこで初めてオーバードーズによる薬物依存であることも発覚し、依存症の治療につながったのです。このように、若いうちは大きな健康被害が表に出てこず、本人が自覚していないケースもあります。

※脂肪肝:肝臓に脂肪が異常に蓄積される状態。症状はほとんどなく、健康診断や人間ドックで見つかることが多く、放置すると脂肪肝炎や肝硬変といった深刻な病気に進行していきます。

依存症かも?に気づくためのヒント

「毎日がつらい」「孤独を強く感じる」「悩みを打ち明けられない」「もっと頑張らなくては」など、誰しも生きていれば多かれ少なかれ「生きづらさ」を感じることはあるもの。自分を含めて、家族や周囲の人がオーバードーズをしてしまってもおかしくはありません。次のことが当てはまれば、薬物依存の問題を抱えていると考えられます。

□ 意図的に用量・用法を超えて薬を繰り返し服用している
□ 薬を2倍、3倍量飲むことが1年以上習慣になっている
□ 薬を飲むと会話がおぼつかない、正しい判断ができない、意識を失うことがある
□ 薬に頼るのをやめたいけれど、誰にも相談できない、打ち明けられずに困っている

小林先生

オーバードーズがやめられなくなるのは、なんとなく気分が落ち着く、高揚感がある、よく眠れる、イライラせずに人に優しくなれるなど、心配事や悩みが和らぎ、人生が良い方向に進む気がするからです。
 
しかし、良い効果と思っていたものは、薬を多量に服用したことによる副作用であり、一時的な作用です。オーバードーズを繰り返すうちに量が増えていき、次第に良い面よりも悪い面(副作用)が上回ってきます。

□ 朝起きられなくなって遅刻する
□ 集中力を欠いて失敗する・事故に遭う
□ 嘘をついて薬を大量購入したり万引きしたりして逮捕される
□ 容態が急変し病院に搬送される

など、おおごとになって初めて家族や周囲の人が気づくことが多いのも、オーバードーズの特徴です。

オーバードーズに気づいたら……当事者や家族、周囲の人ができること

自分、または家族や友達など親しい人がオーバードーズをしているかもしれないと気づいたら、何ができるでしょうか。

当事者・本人の場合

自分から助けを求めるのは苦手かもしれませんが、公的機関の相談窓口や、学校ならスクールカウンセラー、養護の先生など、安心できる人や信頼できる人に話してみることが大切です。自分が困っているのはどんなことなのか、解決するためにできることは何なのか、一緒に考えてくれる人を探してみまししょう。

子ども、友人など親しい人の場合

「困っていることない?」「一緒に考えよう」などと声をかけてみましょう。何があっても寄り添い、耳を傾けてくれる人の存在が支えになります。やってはいけないことは、当事者を疑ったり、否定したり、責めたりすることです。関わり方がわからない場合には、無理をせずに、メンタルヘルスの専門家や専門の相談窓口(下記リスト参照)に相談してみましょう。本人でなくても相談は可能です。

オーバードーズ(OD)の当事者や周囲の人ができること
小林先生

オーバードーズや薬物依存症の根っこにある本当の問題は、薬以外に自分を楽にしてくれるものがないことです。やめろと叱ったり、精神科で治療を受ければ必ず治るというものではありません。もし治療につながったとしても、その人の病態、重症度、何に困っているかによって必要な支援や治療は異なります。こうすれば治るという明確な答えはありません。
 
家族や子どものオーバードーズに気づいたら、周りの人ができることは、その人に関心を持って接することに尽きます。「何も言わないから、いま困っていることについて話してごらん」と伝えて、一切の批判や価値判断を取り去って、本人の言い分を聞く姿勢で向き合ってください。本人の話に耳を傾け、少しでも助けようとしながら関わることが何よりも大切です。
 
依存症の場合、家庭環境や親子関係に問題がある場合も少なくありません。親が急に関係性を深めようとしても難しいことが多々あります。そんなときは、地域や学校などで本人と関わりのある大人が代わりに話を聞いてもいいと思います。とにかく薬の力がないと楽になれない、いまの生活状況を理解して、周囲の人がそれを少しでも楽にしてあげるお手伝いをすることが大切です。

知っておきたい、相談窓口

オーバードーズの問題については、専門の相談窓口が設けられています。友達や周りの大人には相談しづらい。家族のオーバードーズにどう対処していいかわからない。そんなときには専門家に話を聞いてもらえます。

・精神福祉センター、各都道府県薬務科等(薬物乱用防止相談窓口一覧/厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/other/madoguchi.html

・まもろうよ こころ(困ったときの電話・SNS相談の窓口リストが探せるサイト/厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/

・孤独・孤立対策ウェブサイト「あなたはひとりじゃない」(孤独・孤立で悩んでいる方の相談先が探せるサイト/内閣府)
https://www.notalone-cao.go.jp/support/

・あなたのミカタ(困難な問題を抱える女性のための相談窓口)
#8788(はなそうなやみ)

悩みや不安は1人で抱えないで

オーバードーズを繰り返してしまうのは、体の不調というよりも、どうにもならない心の悩みや痛み、ストレス・不安を日々強く感じているからかもしれません。信頼できる人がいて頼ることができたら、本当の問題が解決できる可能性があります。周囲に相談できる人がいない場合も一人で悩まずに、相談窓口などを利用して傷ついている心のケア・回復を目指していきましょう。

CREDIT
取材・文:及川夕子 編集:HELiCO編集部+ノオト イラスト:あなんよーこ 図版:新藤麻実(linen inc.)
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