インターネットやパソコン・スマートフォンなどのデジタルデバイスの普及により、私たちの生活はとても便利になった一方、近年はネット依存症、あるいはゲーム依存症、スマホ依存症という言葉もよく耳にするようになりました。それに伴い、日本では2011年にネット依存の専門外来が登場し、より専門的な治療が受けられるようになりました。
本記事では、ネットに関連した依存症とはどのような病気なのか、そして「ネット依存外来」の特徴や、受診の目安などについて、長年ネット依存の診療・研究に携わっている樋口進先生にお聞きしました。
- 教えてくれるのは…
-
- 樋口 進先生
- 独立行政法人国立病院機構 久里浜医療センター名誉院長・顧問
1979年東北大学医学部卒業。ゲーム依存やギャンブル依存、アルコール関連問題の予防・治療・研究などを専門とし、2011年に国内初のネット依存治療の専門外来を設立。依存症対策全国センター長やWHO物質使用・嗜癖(しへき)行動研究研修協力センター長などを歴任。著書に「ゲーム・スマホ依存から子どもを守る本」「Q&Aでわかる子どものネット依存とゲーム障害」など。
[監修者]樋口 進先生:https://kurihama.hosp.go.jp/hospital/doctor/higuchi.html
久里浜医療センター:https://kurihama.hosp.go.jp/
ネット依存とはどのような状態?どこからが依存?
ネット依存やゲーム依存、スマホ依存、SNS依存という言葉を聞いたことがある方は多いと思います。では、具体的にどのような状態をネット依存と呼ぶのでしょうか。
大きく4つの項目に当てはまる場合、ネット依存(あるいはゲーム・スマホ依存、SNS依存など)であると考えられます。
1.ネット使用のコントロールができない(利用時間を減らす・必要に応じて途中でやめるなど)
2.日々の生活でネットが最優先になる
3.ネットによって明確な問題が起きている(学校に行けない・仕事のパフォーマンスが落ちているなどの事態)
4.こうした問題が生じているにもかかわらずネットをやめられない
身近な人がネットに依存しているかも……と思った場合には、スクリーニングテスト(特定の病気である可能性が高い人を発見するために行うテスト)を試すよう促してみるのもよいでしょう。
ただし、じつはネットにまつわるもので医学的に依存症として定義されているのは「ゲーム依存(ゲーム行動症)」のみ。しかし、医学的な言葉として定義がされていないだけで、実際にはネットやスマホの使用に依存してしまう人がいることは問題視されています。
ネット依存外来の受診は特に10代の男性が多い
2023年度の実態調査では、ネットやゲーム依存の専門医療機関を受診した人のうち、特に10代の男性が多いことが分かっています。ついで多いのが、20代男性、10代女性です。

受診のきっかけとしては、以下のような悪影響が生じたことで、家族が連れてくるパターンが多いといいます。
・長期にわたって不登校になっている
・ネット使用などについて指摘した際に、家族に対する暴言や暴力が見られる
・ゲームやライブ配信に対して、過剰な課金をした(あるいは親のクレジットカードを勝手に利用したなど)

ネット依存外来ではどんな検査・治療をするの?
ネット依存外来を受診した際に行われる検査や治療の流れを解説していきます。

ステップ1:問診
初診時には、まず患者本人や家族に、生活習慣や睡眠、ネットやゲームの使用時間、日常生活への影響、対人関係の問題などについて聞きます。
これは、ネットの使用時間以外の状況も把握することで、依存の根底にある原因を探り、治療につなげるために大切なことです。問診をふまえて依存症治療の要否を判断し、必要に応じてほかの医療機関の受診を促すこともあります。

ステップ2:健康問題のチェック
初診時に問診で状況を確認した後、初診から3回程度の受診時に、心身の健康状態を確かめる各種検査を行います。神経発達症(発達障害)やうつ病がある場合には、その治療も並行して実施し、ネット依存の根本的な問題にもアプローチをしていく必要があるのです。
また、家にこもってネット(ゲーム)に夢中になると、体を動かさない、食事が不規則になるなど、身体面への影響も考えられるため、血液や視力、骨密度、肺機能の検査なども行います。
ステップ3:治療方針の決定・治療
問診や検査の結果を踏まえ、本人や家族と相談しながら治療方針を決定します。現代においてネットやスマホ、ゲームの使用を完全に0にすることは難しいため、基本的な治療目標は「使用時間を減らす」「適切に使えるようになる」になります。ここでは、主な治療方針を4つ紹介します。
定期的な外来受診とカウンセリング
最も多い治療方針は、定期的な外来受診(医師の診察)と心理師によるカウンセリングを行うこと。基本的に、診察は本人と家族、カウンセリングは本人のみで行います。県外から通院される方もいて、通院頻度は3週間から4週間に1回程度の場合が多いです。
NIP(ニップ)
NIP(New Identity Program)と呼ばれるデイケアで日中を過ごし、ネットのない環境で楽しみを見つけるグループ活動もあります。ここでは、朝からネット依存外来に通院する10名前後で集まり、ともにスポーツやランチを楽しんだ後、ネットやゲームの使い方、付き合い方に関するグループワーク(認知行動療法)を行います。
入院治療
生活習慣が著しく乱れている場合や身体的な問題が悪化した場合、また遠方のため外来通院が難しい場合には、2か月ほど入院治療を行うこともあります。入院時、スマホやパソコンの持ち込みは禁止されており、ネットが使用できない環境に置かれます。
まずは生活リズムを整えながら、同じくネット依存の患者さんと交流を図り、自身のネットやゲームの使い方について客観的に振り返るグループワーク、心理師によるカウンセリング、疾病教育などを行います。そのほか、体力をつけるためにスポーツをしたり、勉強や読書をしたりして過ごします。

セルフディスカバリーキャンプ(SDiC)
セルフディスカバリーキャンプ(SDiC)というプログラムもあり、5泊6日のメインキャンプと、約3か月後に1泊2日で行うフォローアップキャンプを行います。キャンプの間、メンターと呼ばれる大学生が参加者のサポートをします。
プログラムはトレッキングや野外炊事などの体験活動のほか、ネット依存について学ぶための講義、自身のネットの使い方について振り返るワークショップ、自身のネット依存についてほかの参加者に経験を語る時間などで構成されています。
そのほか自由時間もあり、このキャンプを通して生活のリズムを整えたり、余暇の時間を1人で、あるいは他者とどのように過ごすかを考えたりすることができるため、日常生活に戻った際の時間の使い方に良い影響を与えることが期待できます。
ネット依存はどんなところで診てもらえる?
では、ネット依存はどのような施設であれば診療できるのでしょうか。

また、各都道府県にある精神保健福祉センターでは、依存症に関する相談を受けつけています。ネット依存の診療が可能な医療機関の情報をもっている可能性もあるので、お住まいの地域のセンターに問い合わせてみるのもひとつの方法です。ゲームへの課金トラブルについては、国民生活センターでも相談に乗ってもらえます。
「ネット依存なのでは?」と不安に思ったら、まずは相談・受診してみましょう。現時点では治療は不要だと判断された場合でも、状況に応じて半年ごとに受診をして経過観察をするなど、早めに手を打つことができます。

日ごろからネットとのつき合い方を考えることが大切

総じて依存症は、依存に陥る根本的な原因を解消する必要がある病気です。子どもに対しては一方的にネット使用を抑圧するのではなく、なぜそれに執着しているのか、まずは子どもの言葉に耳を傾けながらしっかりと話し合ってみましょう。
治療に取り組みながら、根本的な原因にも目を向けよう
若年化が進むネット依存において、予防や治療などあらゆる面で、周囲の大人の関わり方が重要な役割をもちます。専門外来で相談や治療ができるということは、ぜひ覚えておいてください。そして、ネットに依存した根本的な原因がどこにあるのか、自分や周囲の人たちの心の声をきちんと聞いてあげることも大切にしてみましょう。