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睡眠デバイスであなたの健康はどう変わる?専門家に聞いてみた

スマートウォッチやスマホアプリの普及によって、睡眠の計測がぐっと身近になりました。睡眠時間のグラフを見ては、「よく寝たなぁ」「あんまり寝られてないなぁ」と、一喜一憂している人も多いのではないでしょうか。

一方で、どうやって睡眠の量や質を測っているのか、毎日計測したデータをどう扱ったらいいのかなど、よく分かっていないことも。

今回は、高精度な睡眠デバイスを開発・提供する東京大学発のスタートアップ、株式会社ACCELStarsの宮原禎さんに、睡眠デバイスの仕組みや、睡眠データが日常生活や医療にもたらす影響についてお話を伺いました。

教えてくれるのは…
宮原 禎さん
株式会社ACCELStars 代表取締役CEO

リクルートでソフトウェア開発や事業開発に従事した後、複数社の企業経営を経験。2015年よりヘルスデータ・プラットフォーム社の立ち上げに携わり、睡眠領域へ興味を持つ。2021年より現職。
 
[監修者] 宮原禎さん:https://www.accelstars.com/company/
株式会社ACCELStars:https://www.accelstars.com/

睡眠デバイスが「睡眠の状態」を計測する仕組み

―私も毎晩スマートウォッチを着けて寝ているんですが、睡眠のデータが溜まるばかりで、特に何にも活かせてなくて……。今日はいろいろとお聞きできればと思います。そもそも、こうした腕に装着するタイプのデバイスは、どのような仕組みで睡眠を計測しているのでしょうか?

宮原さん

一般的な睡眠デバイスは、加速度(腕の動き)と脈拍をセンサーで読み取り、そのデータから睡眠の様子を推定しています。たとえば、深い睡眠では体の動きが止まり、脈拍もゆっくり下がっていきます。睡眠の状態が、加速度や脈拍に表れるわけですね。

―なるほど。加速度は、スマホでも腕の動きに合わせてアプリの動作が変わるので、そういうセンサーがあるんだろうなと想像できます。脈拍はどうやって測っているんですか?

宮原さん

脈拍は、「フォトセンサー」と呼ばれるセンサーで計測しています。スマートウォッチの裏側が、たまに緑色に光るときがありませんか?

―そういえば、「なんかピカピカ点滅しているな」というときがありますね。

宮原さん

それです。フォトセンサーは緑色の光を肌にあてて、反射する光の量を計測しています。血液中の成分には光を吸収するものがあり、血管のなかで血液がドクン、ドクンと脈打つたび、反射する光の量が変わってくるんです。このデータを連続して計測することで、脈拍を推定できます。

―あの緑色の光は、脈を測るためのものだったんですね! ……あれ? ちょっと待ってください。このACCELStarsさんのデバイスは、緑色の光がずっと点灯していませんか?

ACCELStarsが開発した、睡眠状態を計測するウェアラブルデバイス

宮原さん

宮原さん:そうですね。当社のデバイスは医療分野での活用を前提としており、AI技術などを用いて、より高精度に睡眠の状態を計測できるように設計しています。睡眠中の脈拍も、常時モニタリングしているんです。

一方で一般向けのスマートウォッチは、睡眠中はバッテリー消費を抑えるために、特定のタイミングでのみ脈拍を計測しています。だから「たまに光る」わけです。普段の睡眠状態を手軽に知りたいのか、医療向けに高精度なデータが必要になるかで、計測の仕方も変わってきます。

睡眠の計測データは「量」と「リズム」に注目

―睡眠デバイスで計測したデータには、眠りの深さをグラフで表したものがあります。グラフを見ると、浅い眠りと深い眠りを繰り返しているように見えるのですが、これはいわゆる「レム睡眠」「ノンレム睡眠」と呼ばれるものなのでしょうか?

宮原さん

レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返しているのは事実です。しかし、それらはあくまで睡眠の状態を指すもので、「レム睡眠=浅い眠り」「ノンレム睡眠=深い眠り」ではありません。よく誤解されていますが、睡眠の状態と眠りの深さは、分けて考える必要があります。

就寝後の経過を表すグラフ。就寝直後はノンレム睡眠が多く、起床時間が近づくにつれレム睡眠が増えていく

宮原さん

レム睡眠は、Rapid Eye Movement(急速眼球運動)の頭文字を取ったもので、睡眠中も目の筋肉がピクピク動いています。脳が活発に働いていて、記憶の整理や定着が行われている。夢もたくさん見ます。一方で、体はほとんど動きません。脳だけが忙しくて、体はゆっくり休んでいる状態です。

それとは逆に、脳を休めているのがノンレム睡眠です。ノンレム睡眠はN1、N2、N3という段階に分かれていて、N1とN2が浅い眠り、N3が深い眠りに分類されています。

―ということは、「ノンレム睡眠のなかに深い眠りがある」というのが正しい理解なのでしょうか。

宮原さん

そうですね。N3は深睡眠と呼ばれる状態で、脳波の動きが通常時の何十分の一のレベルまで落ち込みます。外界とは遮断された状態で、体をトントンと叩いても簡単には起きません。

―ぐっすり寝たなと思ったのに、データを見ると、「どうやら夜中に何度か起きたらしい」ということもあります。あれは何が起きているのでしょうか?

ある日の筆者の睡眠グラフ。ちゃんと寝てる?というくらい何度も起きているように見えるが、全然起きた自覚がない。

宮原さん

それは実際に目が覚めているのかもしれませんね。10分20分の単位で起きたらさすがに覚えていると思いますが、数分目が覚めた程度では、覚えていないことのほうが多いんです。

―そうなんですね! では、睡眠デバイスで計測したデータは、実際の生活にどのように活かせばよいのでしょうか。

宮原さん

睡眠は「量」「質」「リズム」の3つの要素が重要といわれています。「質」は脈拍を常時モニタリングしなければ正確に計測できないため、一般向けの製品では正しいデータを取ることが難しいです。計測データの精度を考えると、一般向けの製品では睡眠の「量」と「リズム」に着目するのがよいと思います。

たとえば1週間単位でデータを確認して、平均何時間くらい寝られているのか(量)、何時に寝て何時に起きているのか(リズム)を確認します。「先週よりも睡眠時間が伸びているな」「最近リズムが狂ってきたな」と、データから自分の睡眠を把握して、セルフコントロールをすることが重要です。

高精度な計測睡眠データは、病気の早期発見や診断につながる

―先ほど、ACCELStarsの睡眠デバイスは、睡眠の状態をより高精度に計測するという話がありました。高精度なデータを収集することで、どのようなことがわかるのでしょうか?

宮原さん

まずは、「睡眠障害の検知」です。睡眠障害と一言で言っても、睡眠時無呼吸症候群や不眠症、体内時計の乱れによる不規則睡眠といった症状があります。

こうした睡眠障害は、ほかのさまざまな疾患と密接な関係にあります。たとえば、うつ病などの精神疾患の場合、睡眠中でもストレスがかかっている方がいます。交感神経が高ぶったままなので、寝ても体を休めることができないんですね。全体的に睡眠が浅いので、寝入りもよくないし、早く起きてしまう。

―それはつらいですね……。

宮原さん

アルツハイマー型認知症やパーキンソン病といった中枢神経疾患でも、不眠を訴えるケースは少なくありません。

宮原さん

たとえばパーキンソン病では、睡眠障害のひとつであるレム睡眠行動障害(RBD)が起きる場合があります。本来、レム睡眠のあいだは体が動かないのですが、RBDでは夢に合わせて大声を出したり、激しく体を動かしたりしてしまうんです。

高精度な睡眠のデータが得られれば、こうした症状を早期に発見し、診断や治療につなげられるはずです。現在、当社では医療機関や製薬企業、研究機関などと臨床研究を進めており、一部のサービスは既に実用化もしています。

―ちなみに、睡眠の状態を知るには「脳波を測る」という手段もあります。あえて睡眠デバイスで計測するメリットは何でしょうか?

宮原さん

もちろん、医学的には脳波を測るのがベストです。ただ、そのためには頭部に脳波計を装着して寝なければいけません。医療機関などで計測を行うので、眠る環境もいつもとは違います。

ですので、たとえ医療機関で脳波を測ったとしても、それが「いつもの睡眠」とは違う可能性もあるんです。「枕が違うと眠れない」という人もいるじゃないですか。

―わかります。これで「不眠ですね」と言われても、「だって枕が……」と反論しそうです。

宮原さん

睡眠デバイスは簡単に装着できますし、自宅でデータを取得できます。眠る環境や心の状態を平常時に近づけた「いつもの睡眠」を計測できるのが、睡眠デバイスのメリットだと考えています。

自分の睡眠を認識できたら、もっと人に優しくなれる

―医療以外に、睡眠のデータはどんな場面で活用できるのでしょうか。

宮原さん

最近は企業の「健康経営」でも、睡眠に対する関心が高まっています。社員の健康管理に積極的に取り組むことで、生産性やパフォーマンスを向上しようというものです。

当社が提供する「SLEEP COMPASS(スリープコンパス)」というサービスでも、実際にその企業の社員に睡眠デバイスを装着してもらい、計測データと問診の結果から、生活習慣改善のアドバイスなどを行っています。

―たしかに、睡眠不足だと仕事のやる気も起きません……。

宮原さん

特にここ数年は、在宅勤務で生活リズムを崩される方が多いですね。健康的な生活には、体内時計の働きが重要です。体内時計は朝日を浴びたり、朝食を摂ったりすることでリセットでき、規則正しい睡眠にもつながります。

ところが、カーテンも開けずに一日中オンラインで仕事を続けるような状態が続くと、体内時計がリセットされません。睡眠のリズムが崩れて夜眠れなくなり、メンタルヘルスにも影響が出てしまうことがあるのです。

―社員の睡眠の状態を把握できれば、パフォーマンス維持や心の健康トラブルを予防できるわけですね。

宮原さん

あと、睡眠が足りないと怒りっぽくなります。睡眠不足によって脳の前頭前野部がきちんと働かず、相手への共感が生まれにくくなってしまうんですね。

周囲の人々への共感が足りなければ、パワハラやセクハラにつながる可能性もあります。忙しくて寝ていない上司ほど怒りやすく、ハラスメントのリスクも抱えているわけです。

―なるほど……。それは会社にとっても避けたい事態です。

宮原さん

そうですよね。そもそも睡眠が足りないと、仕事にも前向きに取り組めませんし。私もこの会社の代表として、毎日7時間は寝るように心がけています。

―将来、誰もがより手軽に高精度な睡眠データを計測できる世の中になったら、どのようなことが実現できると思いますか?

宮原さん

病気の疑いがあるときに血液検査などをするように、睡眠もバイオマーカー(※疾患の有無などを評価するための指標)のひとつとして活用されたらと思っています。

糖尿病などの疾患は、血液検査などをすれば数値に異常があることが明確にわかります。ですが、うつ病などの精神疾患の場合は、定量的な基準がありません。極端な話、患者本人に「大丈夫です」と言われたら、それ以上踏み込むのが難しいわけです。そうしたとき、客観的な指標として睡眠のデータを活用できればと。

―データがあれば、「大丈夫だとおっしゃってますけど、最近ずっと眠りが浅いようですね」と言えますね。

宮原さん

実際に当社でも、ある企業と「メンタルヘルスで休職した社員が復職する前に、睡眠を1週間測ってもらう」といった取り組みをしています。よく眠れていることを確認したうえで復職すれば、うつ病の再発リスクも抑えられます。

―先ほどお話にあった「セルフコントロール」も、より正確にできるようになりそうです。

宮原さん

そうですね。誰もが自分の睡眠を客観的に認識できるようになったら、もっと人に優しい世の中になると思うんです。

それぞれが「よく眠れていない日は怒りっぽいな」というように、自分の睡眠と翌日の状態を自覚できたら、ストレスが減り、人との関わり方も変わるでしょう。

そうした社会に貢献できることは、我々としても大変意義のあることです。引き続き、デバイスの高精度化や臨床研究などに取り組みながら、睡眠データの可能性を追求できたらと考えています。

CREDIT
取材・文:井上マサキ 写真:藤原葉子 編集:HELiCO編集部+ノオト
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